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29話・年末の青い夜


 クリスマスイブの唯、クリスマスの風祭とのデートも終わった。今年のイベントとして残すのは30日の東堂とのデートだけだ。

 年末の東堂は小説関係の編集と会う予定があったようで、連絡をするのも久しぶりだった。30日の午後三時に誠駅西口のミブカフェで待ち合わせの予定だ。


 その日の天気は夜に雪が降る可能性があるとの予報だったが、それは無くなっていた。天気に関する心配は無いとして俺は自宅を出た。スタスタといつもより人が少ない住宅地を抜け、人が多い誠駅に到着する。


 待ち合わせのミブカフェに入り周囲を見渡すと、どデカいイチゴの限定スペシャルパフェを黙々と食べてる黒髪の女がいた。ブルーのコートをイスにかけていて、白のハイネックを着ている。スカートは黒と赤のチェック柄で水色のショートヒールを履いていた。


(あの女だな。やはり東堂は他の女とは違う。普通な感じなのに艶やかで、色っぽい)


 あの人目も気にせず、獲物を食らうような女の食欲に面白味を感じた。やはり小説家を目指している人間は、普通の女の子とは違うようだ。

 男の性を喰らう艶を感じる。


「おっす東堂。細身の東堂が甘いものを食べてる姿はギャップがあって最高だな」


「久しぶりだね赤井君。ようやく会えた気がするよ。ギャップ萌は狙ってないけどね。それに、今は私のベース体重より増えてるの……でも、甘いものには勝てなかった……」


 笑いつつも、細身の東堂のベース体重っていくつだよ? と思う俺は東堂の向かいの席に座る。


「東堂も忙しいと思って連絡するのは昨日まで待ってたからな。小説の話は順調か?」


「うん順調。あ、赤井君も頼みなよ。ネタにしてる以上、代価が必要だし。代価はこれだけじゃないけど」


「なら遠慮なく頼むかな。じゃあ、東堂と同じ甘々のイチゴセップクミブロスペシャルにしようかな」


 そうして、クリスマスイブから甘いものをよく食べている俺は少し甘いもの好きになっていた。目の前でスペシャルパフェを食べる東堂の舌の動きは妖艶で、唯や風祭のようなアタックを仕掛けてこないからこそ注意しないといけないと思った。東堂は単純な仕草で何気なく「性欲」を刺激するモノがある。


(だからこそ気をつけないと、すでに事が終わっていた……という事になりかねない。このスペシャルパフェを無我夢中で平らげてしまったようにな)


 そして、スペシャルパフェを平らげる俺を見てニコッとする東堂は水を差し出して来た。


「少し休んだら少し歩こうか。寒いけどまだ陽は出てるし」


「わかった。食後の軽い運動は大事だな。俺も最近は運動不足だし」


「冬は仕方ないよね! そう思うようにしようよ! ね?」


「おう、そうだな!」


 今の東堂は肯定しとくがベストだろ。ここで余計な体重などの話をするより、肯定して流すのがベストだ。そして俺達はミブカフェを出て街を二人で歩いている時に、俺は出版の可能性がある小説の内容などを聞く。


「東堂が書いてるネット小説が評価されたから出版社の編集と会えたんだよな。その小説の主人公ってどんななんだ?」


「赤井君だよ」


「あ……俺なんだ。じゃあ、グレイ時代の俺が主人公?」


「そうだね。勿論、全くの本人ではないけど似てる部分はあるよ。だって、赤井君のキャラは使えるからね。男も女も好きなグレイゾーンの男が、実はケンカが強くて昔はレッドでした! なんて設定は私としては好き」


「そっか。その小説が出版されたら東堂も大金持ちだな。だって俺が主人公なら売れないわけがない」


「そうだね。じゃあ、赤井君は私といれば大金持ちという事だ?」


 さりげなく私を選んで? という台詞を言う東堂にドキッとする。唯や風祭ではここまで俺の深くに刺さる言葉は多くは無い。やはり東堂真白は人をネタにしようと日記帳を持って日々動いているだけあって、油断ならぬ女だ。


(そういや、東堂とは手を繋いでいないな。これは繋いどかないとフェアじゃない。タイミングを見つけて繋ぐ事をしてみるか……)


 今更ながら、俺は東堂と手を繋いでいない事に気付いた。まさか、こんな初歩的な事に気付かないとは思わなかった。やはり、東堂真白といると自分の中がフワフワしててよくわかららなくなる。そんな事を思っていると、潮風が吹くマコトミライ地区の海沿いまで歩いて来た。俺の髪も東堂の長い黒髪も風で乱れている。


「海沿いだけあってここは少し風が強いな。だいぶ海側まで来たが、海側は寒いけどいいのか? 俺はあまりコッチ方面は知らない」


「人混みは好きじゃないから、そこの先の公園内を回ろうか。夜の誠海外公園はとても静かで通り行く船とかも見えて、意外に穴場スポットだって知ってた?」


「夜に海沿いは来ないからな。やはり東堂は色々と詳しいな」


「青眼の東堂真白ですから」


 青い瞳を輝かせて笑った。すでに陽は沈んでいて、誠海岸公園にも人気は少ない。夜の寒さが肌に染み渡り、東堂の声も冷たく聞こえた。そうして、東堂真白という存在を否応無く知る夜の闇へ足を踏み入れた。


 そして、ふと立ち止まる東堂は空の月を見上げていた。


「今日はとっても青い月だね。ブルームーンだ」


「ブルームーン……?」



 そこまで青いか? と思っていたが、じっ……と見つめていると確かに青くも見えた。


「こんな青い夜は素敵だね。今日の赤井君にピッタリの青い夜だよ」


 そう微笑んでくれているが、よく意味がわからない。喜びに打ち震えるような笑みなので、一応聞いてみた。


「俺が青い夜なら、東堂はあの青いなのか?」


「そう。私と赤井君は交わり合うの。お互いの青さを打ち消すように……奏でるように……」


 どう考えても東堂は自分の世界に入っているとしか思えない。それはこんな形で現れた。


「ねぇ、赤井君。私を捕まえてみてよ。この公園で鬼ごっこしよう。捕まえてくれたら私を抱いていいよ。捕まえられなかったら、私は死んでるかも……それじゃスタートね」


「はぁ? ちょ! いきなり何を言ってんだよ! 東堂!」


 有無を言わせず、東堂は公園内へ走って行った。捕まえたら抱けて、捕まえられなければ死んでるかもだと? いきなり始まった死の鬼ごっこに嫌な汗すら浮き出すが、それと同時に性的な興奮さえ感じていた。


「唯とも風祭とも手を繋いでいたけど、東堂だけは繋ごうともしない理由がわかった。俺は東堂真白を性的な興奮として危険視していたんだ。って、そんな事を言ってる場合じゃねえ! 急がねーと!」


 東堂に対する感情の一部を知ってしまい、それを少し恥じつつも興奮した。心の奥であの白い肌を無茶苦茶にしたいと思っていたんだ――と、必死に駆け出す俺は思った。


(東堂を捕まえれば、それが叶う。捕まえられなければ……)


 歯をくいしばる俺は唇が少し切れていた。

 こうして、東堂への「性欲」が花開いた青い夜は始まった――。

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