26話・三本の道
クリスマスデートをする予定は決まった。唯も東堂も風祭にも納得してもらえる答えが出せた。後は風邪などを引かずに当日を迎える事が大事だ。すでに12月も下旬になり、街はクリスマスソングしか流れていない状況だった。行き交う人々は白い息を吐き出しながら無言でイルミネーションに彩られた街を歩く。
西村唯が転校して来た最悪の誠高校での二学期ももうすぐ終わる。ナイトプールに修学旅行に文化祭。あまり人と深く関わり合わない事をモットーにしていたグレイの俺が、唯との再会により色々な人間と関わるようになっていた。
そこでは昔の人間との再会など色々な事があった。それは結果的には良い方向へ向かったと思う。それはこれからもその方向へ向かってほしいとも思った。
全てはクリスマスから年末にかかっているだろう。
「……だよな勇?」
「ん? 今日は特に寒くて鼻水出る。僕は冬は苦手だ」
「ハンカチとティッシュは常に携帯しろ。それでもホストか」
「はーい。総司ママ」
「ティッシュはいらないようだな」
そんなやり取りをしつつ、寒さに弱い勇と誠駅方面に向かって歩いていた。俺はマコトプールへのバイト前で、勇はホストのバイト前だ。夕方近くで太陽が落ち出していて外の風は冷たく、プールの水の方が暖かいと感じてしまう。鼻水をかんだ勇は身震いしながら言う。
「クリスマス前の最後の休みなのに、誰にも会いに行かないのは僕がその答えだからかい?」
「クリスマスに会うからこそ、その前は俺の自由時間なんだ。今はお互いただバイトへ向かう途中だろう。お前もクリスマスは色々大変なんだろ?」
「まーね。グレイも一人になってしまったし、寂しくなるよ」
「しばらくは無理かも知れないが、勇にもいい彼氏が出来るといいな。出来たら紹介しろよ」
「あれ? 応援してくれるんだ?」
「当然だろ。グレイという中間地点にいる人間の苦労は一学期で良くわかったからな。俺はそこまで人を近づけてなかったけど、人を近づけている勇は凄いと思ってたからな。俺は勇に感謝している」
「そんな事を言われると、総司に惚れてしまうよ。でもありがとう。僕も総司がグレイを演じる事には疑問だったけど、西村さんが来てから本当の総司を見れたから僕も感謝してる。迷いも情熱のある人間は人間らしくて好きだよ」
フフ……と互いに微笑んだ。誠駅に着く頃には太陽も落ち切ってしまうだろう。暖かいお汁粉が飲みたい勇は、自動販売機で買う。俺はバイト前の気合いを入れる為に冷たいコーラを選んだ。冬空らしい灰色にくすんだ空を見上げながら熱いお汁粉を飲む勇は言った。
「……今年中に三人の女子の中から一人を選ぶ予定なのかい?」
「殻に閉じこもった俺に、こうまで深く関わろうとしてくれたんだ。簡単に答えは出せない。だからもう、全員に好きと伝えた。そして、デートを終えてからの日々でその答えを出そうと思う。今の俺にはそれが精一杯だ。恋と性欲と愛の区別はその期間でわかるだろ」
「恋と性欲の区別……ねぇ」
「ま、恋と性欲の区別なんて、わざわざするものじゃないとも思うけどな。今更だが」
ぐっ……と一気にコーラを飲んだがむせた。その時、「答え出たじゃない」と呟いていた勇は微笑んでいたが俺には聴こえていない。お汁粉の熱さで舌がヒリヒリしてるらしい勇はやっちゃった! という顔をしている。
「……でも総司は凄いよ。自分を好きな子が自分の小説のネタにしてくれる子もいて、自分が社長の会社に入れようとしてくれる子もいて、一途さあまり華麗に変身させてしまう子もいる。来年の総司が楽しみだ」
「その女達の中で、勇は誰が一番俺と合うと思う?」
少し意地悪な質問をした。これは少しではなく、結構意地悪な質問だが、聞いてみたい質問でもある。俺としての今の答えはあるが、勇の答えも聞いてみたくなったんだ。茶色の長い髪をかきあげた勇は少しマジな顔をして答えた。
「一時的じゃない、人生のパートナーとするなら……」
「……」
「やっぱり風祭さんは総司と一番対等な気がする」
人生のパートナーは風祭がいいと言う事か。つまり恋と性欲と愛の中での「愛」のポジションだな。
「やっぱり勇の判断は正しいな。俺も風祭はそんな相手の気がしてた。けど、本当の答えを出すのはこれからだ。これからの付き合いで、三人のポジションは変化するかも知れない……まだ答えたクリアだ」
その答えに勇は微笑んでいた。そして、三本の道に分かれる路地で立ち止まった。夕陽はかなり沈んでいて、勇の茶髪も少し黒く見えていた。
「んじゃ、僕はバイトだからこっちの道だ。これから総司は三本の道をどう行くかだね」
「おう。気をつけてな」
ふと、勇の背中を見送りながら俺は呟いていた。
「三本の道か……」
目の前には三つに分かれた道がある。
そして、俺の心には西村唯、東堂真白、風祭朱音という三本に分かれた道がある。
それは恋と性欲と愛の区別がわからない俺にとって、未知の道である。
その一つの道を歩き出した。
近道でも遠回りでも無い、普通な道を。
それはグレイかどうかはわからない。
クリアな俺はまだ何色に染まるかもわからない。
そうして、クリスマスイブを迎えた。




