21話・レッドの覚醒と剥がれるグレイ
レッドが覚醒した俺は、青い髪の昔の友を今更ながら懐かしく感じていた。その友は俺の目覚めを喜んでいて、とても嬉しそうな顔をしていた――。
「最高だな赤井! それだよ! そのレッドこそ俺の――ぐはぁ!」
そんな顔は長続きせず、何度も体育館の床に転がる。ここからはずっと俺のターンだ。ブランクはあっても才能の差が如何ともしがたいようだ。やはり、レッドの俺は最強なんだろう。
「寝てないで立てよ乃定。人殺しがそんな簡単に死ねると思うなよ。自分が望んだレッド復活ショーだ。もっと楽しませろよ。万年ナンバーツーの乃定君よ」
体育館には無慈悲なレッドのショーが続いて行く。
「……」
唖然としている唯はレッドになる俺を見て言った。その手は風祭の腕を握っていて、震えてもいた。
「レッドになった総司は止まらない……疲れるまでは止まらない。今回は相手が一人だわ。体力もまだある……」
「なら、ならどうすればいいんだ西村?」
「このままだと……総司は本当に乃定を殺すかも知れない。昔の総司に戻ったら……」
そう、唯の感は正しかった。
俺は久しぶりに出会った好敵手と拳を交える興奮を覚え、そしてレッドの覚醒によりオートに近い状態にあった。敵を疲れるまで駆逐するレッドとは殺戮マシーンなんだ。
そして、風祭はその俺を止める為に動こうとしていた。
「私は行くぞ西村。あの赤井を止められるのは私しかいない。今のお前には無理だろう」
「私だって止められるわよ!」
キレた唯は風祭の胸ぐらを掴んだ。そして、二人の女は微笑み合う。
「どうやら問題無いな。なら、二人で行こう。東堂の思いは受け取っている」
二人は被弾した東堂の死体を見た。そして、その死体はムクッと起き上がると腹部の血をペロリと舐めた。
「……マズイ。やっぱトマトジュース薄め過ぎてるね。よーし、話は聞いていたわ。なら、三人で止めるわよ。西村さん、風祭さん」
『東堂さん!?』
そして、俺はトドメの一撃を乃定に振り下ろそうとしていた――。
「終わりだ乃定――」
その拳を見た体育館の全ての人間に戦慄が走る。しかし、東と西から猛烈な風が同時に吹いていた。
『赤井総司ーーっ!!!』
背後から迫る三人の女が俺を止める。その姿に体育館の時が止まる。乃定以上に、俺が一番わけがわからなかった。真っ赤に染め上がった視界が一気にクリアになり、背後から抱き締められる女の青い瞳を見て呟いていた。
「い、生きてたのか……東堂?」
「死んだ人間は実は生きている。小説では良くある事だよ赤井君」
やられた……と思う俺は、俺を支える三人の女に感謝した。この三人がいなければ、本当に乃定を殺していたかも知れない。今はとてもクリアな気持ちだ。恐ろしい程に気分が良く、立ち上がっている乃定に負ける気はしない。
「決着をつけるぞレッドの赤井総司」
「あぁ、ブルーの乃定歳青」
皆が見守る中、俺の拳が乃定にヒットして勝ちを収めた。俺の勝利で誠高校襲撃事件は終わりを告げたんだ。
仲間を守る為にかつての自分であるレッドに覚醒した俺は、その仲間に助けられて元に戻っている。乃定にやられた傷もあり、渡されたペットボトルの水で顔の血を流して前髪を上げる。
才造高校の連中は床にへたり込んでいて、誠高校の仲間は体育館から出る為に動いていた。俺は唯、東堂、風祭と共に倒れる乃定を見つめている。
「お前の望みは叶ったか知らないが、お前はレッドの俺にすら勝てなかったんだ。まだ俺のレッドを見たいか?」
「いや、今のが最後のレッドでいいさ。やっぱ赤井はスゲーよ。俺は高校になってもケンカはやめられなかった……変わるお前のようにはなれなかったんだ」
中学を卒業してから俺は転校し、誠高校ではグレイを演じていた。そして乃定は才造高校で中学時代と同じようにケンカをしていた。変化の無い自分と、変化した俺を比べて劣等感を感じたようだ。クールなブルーと呼ばれた乃定が、わざわざこんな所まで来たのはそれが理由だったようだ。
「ま、もうすぐ警察も来るだろう。お前達が劇のセットを壊さなかったから文化祭は出来るはず。まだ気が済まないなら、いつでも相手してやる。今度は水泳で勝負だ」
「クソが……お前は本当に変わったな。けど、俺の気持ちは変わっていなかっようだ」
「……?」
その言葉に、俺は反応したがよくわからない。すると、乃定はさり気なく凄まじい告白をした。
「やっぱ赤井。お前のレッドは最高だぜ……俺はお前のレッドに……ラブだった……」
「……!?」
気を失う前の最後の乃定の台詞で、俺は完璧にレッドから解放された。クスクスと東堂は笑い、風祭は白目になり、唯は乃定にケリを入れていた。
(乃定の奴……気を失う前にとんでもねー事言いやがった。ラブとか……無いだろ! グレイだけど、それは演技だし……もう、俺はグレイを――ん?)
すると、体育館の入口は開けられ、東堂が連絡していたグレイの勇が中心になって現れた。
「お待たせ皆! グレイの石田勇が来たからにはもう大丈夫! こっから誠高校の反撃だよ! ……って、もう終わってる?」
颯爽と現れたつもりの勇に俺は手を上げ、感謝した。これにより、才造高校の不良達と乃定歳青は後から来た警察に補導された。
そうして、赤井総司のグレイという仮面は剥がれたんだ。
※
才造高校襲撃事件について、警察で色々と語った俺はあまり騒ぎにならないようにケンカのもつれという事にしておいた。これは、劇をする人間達からも言われていた事で、文化祭が中止になるよりはいいとの話だった。
実際、乃定がいない才造高校の連中はファッションヤンキーだから少しキレた素振りをすると、向こうは完全に萎縮していて可愛そうなぐらいの連中だった。唯と風祭もすぐに解放され、実際にケンカをした俺は少し遅れて警察署を出た。
「赤井君。今日は災難だったね。でも、スッキリした顔をしているよ」
「東堂……」
どうやら、東堂も今さっき取り調べが終わったらしい。俺はその東堂と帰る事になった。夜の空は星が多く、冷たい風が東から吹いている。俺はこのか細い東堂がどうやって才造高校の連中を倒したのかを聞いていた。
「東堂。お前はどうやって体育館倉庫に侵入して才造高校の連中を倒したんだ?」
「あれはね、体育館倉庫は隠れて見えないけど床下からの扉があるの。体育館での異変に気付いた私はそこから侵入して、待ち構えていた。そして敵が来た――と思ったら自分が体重計に乗っていた事に気付いたの。その体重計の数値を見て……」
「数値を見て?」
「私もレッドになった!」
どうやら、話の通りらしい。俺と同じように才造高校の連中が体育館で何かしてるのを気付き、勇と警察に連絡した。その間、一人で体育館倉庫にある床下扉から侵入して敵を待ち構えた。すると、薄暗くてわからなかったが体重計に乗っていて、その数値を見て一気にレッドモードになったようだ。
「はははっ! そりゃ、才造の連中も驚いただろうな。まさか、東堂にやられる何て思っても見なかっただろーよ。東堂のレッドとか見て見たいな。自分じゃレッドの時は感覚しかわからないからな。東堂の……ひっ!?」
「見たわね……」
一瞬、とんでもない殺人鬼の顔をしていた。この顔は夜中に見たらトラウマになるレベルだ。まだ夜だからギリセーフ……のはず。
(冗談でも体重は聞けないな……東堂に体重の話はNGワードだ。胸以外に脂肪が付いてないとしか思えないが、女は無限に痩せたい生き物だ。ここは沈黙が吉)
そうして、唯と風祭を身体を張って助けてくれた事に感謝した。俺はこの東堂という音は本当に不思議な女だと思った。同時に、これも小説のネタなのか? と聞きたい感じもした。
「東堂は……モテそうなのに彼氏がいないよな。今は小説優先なのか?」
「そうだね。今までは小説優先だったけど、今は恋愛優先してるよ。だって恋愛に興味が出たからね。恋愛は自分の激情が滲み出る大いなるエネルギーだと思う」
「そうか……確かにそうだな」
「恋愛は物語のキャラにさせるものだったけど、私も恋愛に興味が出たね。失敗しても、激情のまま落ちるのも面白い」
「落ちていいのかよ。なら東堂は恋愛を――」
「私と恋愛、してみない?」
そう言われると、東堂からキスをされていた。そのまま東堂は妖艶な笑みを浮かべて去って行き、少し乃定とのケンカでキレた唇から血が滲んで血の味のキスになった。
「血の味のキス。東堂真白……不思議な女だ」
吐く息はとても白く、東堂の白さを求めている自分に困った。俺のグレイからの解放は近い気がした。もう、空に浮かぶ半月のように、グレイの仮面は剥がれ落ちてしまっているからだ。




