19話・才造高校の襲撃
とうとう、文化祭準備のグレイとしての活動は終わった。最後の仕事となった他クラスの演劇の感想は中立的な立場で言えたはず。少しの達成感と共に体育館の後方で佇んでいた。
(ガンアクションがあるなら、ドラマのような感じで発砲音が出る方が良いと提案したらもうそうなってた。おそらく、勇の奴が動いたな。ま、こういう時に頼りになるのが勇の良い所だ)
今日は土曜日だが、唯も風祭も来ていた。客を入れての最終リハーサルという事で呼ばれたようだ。今日は劇の連中は少し残って、文化祭前の軽いパーティーをするようだ。
けど、マコトプールでバイトをする為に、俺は帰り支度をした。最近はバイトも休みがちだから金の問題もあるが、水の無に触れていないからストレスも溜まる。それを解決する為にマコトプールに行くのも重要だ。
「唯に風祭。俺はバイトだから帰るぞ。パーティーに参加するならケンカすんなよ。止める奴がいないからな」
『誰がこんな女とケンカするか』
「同じ台詞。しかも、唯は男という頭文字が抜けてたな。ま、少しは仲良くしろよ」
『……』
仲は良くなるのは難しいな。けど、サラシの呪縛から解放された風祭は男子からも女子からも人気が出て来ている。それが気になって唯も男女と言わなかったんだろう。風紀委員としても、風祭は評価されてて強いと感じているのかも知れない。
けど、文句を言いつつも唯と風祭は一緒にいる時間が長くなっていた。その中にたまに東堂もいる。この三人は全く噛み合わないように見えて、不思議と噛み合うのが魅力に思えていた。
(唯に東堂に風祭。この三人の仲が良くなると、俺の決断も重く辛いものになるな……責任重大だ……?)
ふと、学ランを着た高校生らしき人間達が体育館に向かって行くのが見えた。俺はスクールバックを地面に落として、立ち尽くしていた。そして、先頭を歩いていた前髪を下ろした青いショートレイヤーの男を見て血の気が引く。
「あの青い髪の色……まさか……」
この嫌な予感は最悪の方向で当たってしまう。もう冬なのに背中も脇も、全ての毛穴から嫌な汗が吹き出しているのにも気付かない。その学ランを着た集団は土足のまま体育館に乗り込んだ。
※
「何してやがる!」
俺が叫ぶと、誠高校の生徒を殴っていた学ランの連中の動きが止まる。文化祭で行われる劇の関係者の軽いパーティー会場は、騒然としていた。女子生徒達は体育館の隅で固まっていて、中央には殴られていた男子生徒が数名いる。そして、殴られていた男子生徒が叫んだ。
「赤井逃げろ! 都内の才造高校の連中だ! 外の連中に連絡を――」
「黙れカスがぁ!」
その才造高校の一人に殴られて気絶する。どうやら、この体育館に侵入して来た学ラン連中は才造高校の連中のようだ。だが、俺は都内の男子校である才造高校が何故こんな所にいるのかもわからなかった。部活の試合は文化祭前だから無いし、明らかにコイツ等は誰かを目当てで来てるとしか思えない。
『……』
誠高校の連中は、完全にこの才造高校の不良連中に勝てる感じはしない。ケンカをしに来てる連中だし、争い事に慣れている連中相手じゃ勝つのは難しい。そして、俺は奥にいた青い髪の男の背中を見つめた。
「おい、そこの青髪の男。お前は乃定歳青だろう? 後ろを向いていてもわかるぞ」
「そう、俺は乃定歳青……赤井総司の親友だ」
振り返りつつ、乃定は答えた。久しぶりに見る乃定は背丈こそ伸びているが、鋭い眼光に青い髪は変わっていない。目的は俺のようだが、一体何の用があるってんだ。
「乃定。今更何の用だ? お前はこの誠高校の知り合いは俺しかいないだろ? なら、俺だけを相手にすればいいだろうが」
「おいおい。そりゃ間違いだ。そこに座っている金髪クイーンもいるだろ? お前の元カノだよ赤井」
「……!」
すると、唯と風祭は同じ場所に座らされていた。周囲は才造高校の不良に囲まれている。
(あれを見ると唯だけじゃなく、風祭も俺の知り合いというのもバレてるな。調べたのか、それとも唯が……)
と思っていると床に座らされている唯は答えた。
「私は乃定に何も言ってないわよ」
「わかってる」
少し疑ってしまったが唯が俺の疑問を打ち消した。
体育館にいた誠高校の生徒は合計三十人。残りはもう下校してるから、この異変に気付くのも難しい。しかも今日は休日で教師もいない。陸の孤島となるこの誠高校の体育館では、何か外に助けを求めるならスマホしかない……。
すると、乃定は首を鳴らしながら言った。
「聞けクソ共ぉ! 間違っても外にスマホで連絡する真似はするなよ? その行為は反抗と見なし処分する。何も俺達は誠高校の連中とケンカしに来たんじゃ無い。赤井総司の本性を目覚めさせる為に来ただけなんだよ」
「俺の本性を目覚めさせる……為?」
「そうだ。昔のお前なら暴力事件があれば率先して出向いたはずだ。それが今やこんな文化祭なんぞにうつつを抜かしてやがる。だから俺がこうして出向いたんだろ? 俺の気配にも気付いてないんだからよ」
「悪かったな。俺は昔の俺ではないからそこまではしなかった」
「そう、そこだよ俺の気に入らないのは。変わってしまったお前を知った俺は、偶然にも修学旅行の箱根も一緒だったから俺はお前を探したんだが、どうでもいいカスしか会えなかった。まさか、本当にお前がグレイなんぞになってるとは思わなかったぜ」
「それはお前にはどうでもいいことだ。グレイ云々はどこで知った? 唯は俺の話は中学時代の連中にはしてないはずだぜ?」
「アホだな赤井。西村の誠高校での写真が中学時代の友達のLINEに送られた。その写真をたまたま俺も見た。それですぐわかったよ。穏やかに腑抜けたお前の顔を見てな」
どうやら、乃定は唯が中学時代の友達に送ったLINE画像に写ってる俺を見て、俺の変化に気付いたようだ。昔は乃定とよく一緒にケンカをしていたから、写真だけでも俺の変化がわかったんだろう。
「……するとどうだ赤井。何気無くこの誠高校に来てみると、お前はグレイという男も女も好きなホモ野郎として通っていた。相手の返り血で真っ赤に染まるレッドのお前がだ。俺は焦ったぜ……そして、使命感が湧いた。赤井をまたレッドに戻す……という使命感をな」
この会話を聞いている誠高校の連中は、よくわからない話だろうが冷静に聞いていれば俺がグレイでも何でも無い事を理解したはず。でも、今はそんな事はいい。この状況を打破する必要がある。数は少しコッチが上でも相手はケンカ慣れしてる。俺が乃定を倒しても、その間に他の連中がやられてしまうぜ……。
すると、誠高校の生徒を踏みつける乃定はパンパンパンと手を叩きながら言う。才造高校の不良達は奇声を上げ、誠高校の連中を恫喝し出した。
「どうした赤井? 昔のお前の出番だぜ? 昔のように楽しくやろうや。やっぱお前がいないと俺もつまらんよ。また、ケンカして遊んで人生謳歌しようぜ。青春をよ!」
「そんなものは青春じゃない。いつまで猿山の大将気取りだ乃定?」
「あぁ!?」
「その人間を踏む足をどけろ。一体、何をしに来た? 俺が気に入らないなら、そもそも俺だけを相手にしろよ。俺が相手になってやるよ」
「今のお前を相手にしてもつまらんさ。俺の相手はレッドだ。あのケンカ負け知らずの血塗れレッドの赤井総司。高校入ってつまらねーと思ってたが、やはり俺はお前の側にいたいようだ。それがようやくわかったよグレイ君」
動こうとする俺に乃定の蹴りがヒットした。それをガードした俺は腕を抑える。
「しけたガードしやがって。グレイには興味無いと言っただろ?」
やはり乃定の蹴りは重い。未だにケンカをしてるだけはある。だけど、俺だけが目的なら簡単な話だ。俺が乃定と戦えばいい。
「乃定よ。タイマンしたいなら応じる。だから他の生徒達は解放しろ。むしろ、お前にとっても邪魔だろ?」
「確かに多くの人間を拘束しても、スマホで連絡取られたらアウトだからな。ここから始まるショーは少人数でいいとも言える。でもそうはいかないのが現状だ。ショーには観客が必要だからな。俺と赤井のショーにはなぁ」
『……』
「おいおい、ショーの前に静まるなよ。誠高校側はただグレイからレッドになる赤井総司に頼ってくれればいい。それだけの話だ」
「なら人質は解放しろ! タイマン目的なら人質は不要だろ!」
「シツコイぜ赤井。タイマンなら赤井総司と数人の人質がいればいい。赤井の本性を語ってくれる人質がな。でも、このショーが終わるまでは観客は指定席で見続けるのが義務だ。これはタイマンじゃなくて、ショーだからだよぉ」
そう、乃定は手を叩きながら唇を舌で舐めた。そして体育館に才造高校の不良の奇声が響き、誠高校の人間達は恐怖した。
(やるしかねーか。グレイのままで……勝つ)
決意を決めた俺は乃定とのタイマンショーに挑む。ようやく俺に火が付いたと感じる乃定も高笑いを上げて大きく手を広げた。
「さぁ、赤井総司のレッド復活ショーの始まりだ!」
その言葉が体育館に響き渡ると、ズズズ……と鉄製の扉は閉じられた。




