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16話・風吹く日のデート


 二泊三日の箱根修学旅行は終わり、俺は誠高校での生活に戻っている。重く苦しい経験もしたが、修学旅行自体は楽しかった。いつもと違う場所での生活というのは、刺激的で楽しいものだ。


 ただ、グレイで通して来た日々が壊れて行くのを感じたのが嫌ではあった。二学期になってから中学時代の元カノの西村唯が転校して来た。唯はレッドである暴力的な俺を知っている人間で、それは誠高校の風祭朱音も知っていた。しかも風祭は俺に憧れて風紀委員にもなり、男のような性格にもなってた。


 問題はこの二人だけかと思いきや、まさか無害であるはずの東堂真白までもが俺を探ろうとしていた。自分の小説のネタにする為に――。


「学校の屋上から見える空は、箱根の空ほど広くないな」


「空の狭さが気になるなんて、かなり疲れているね総司。箱根の修学旅行はやっぱ色々有り過ぎたようだね」


「掃除しきれないほどにな」


 誠高校の屋上で勇と話していた。昼休みなので校庭にも人はまばらだ。そして、昼休みに勇が女達といないのも珍しい。


「今日は女達といなくていいのか? 修学旅行明けで二、三年の女達はお前に飢えてるはずだ」


「グレイ仲間の総司が疲れているなら、僕は総司の側にいるよ。だってたった一人のグレイ仲間なんだから」


「グレイ仲間……か。そのグレイの件なんだが……」


 茶色い髪を耳にかける勇は真っ青な空を見上げた。そして、俺もその青空を見上げてから言った。


「俺は風祭と付き合おうと思っている」


 誠高校に入ってから俺はグレイを通していたが、もうグレイは辞めて風祭と付き合うのもアリだと思っていた。わざわざ俺に憧れて強くなろうと努力した女を受け入れるのは悪くないと思ったんだ。


「それはグレイを辞めるという事かい総司? 風祭さんと付き合う為に」


「そうだ。結局、俺はグレイからレッドに戻りつつある。一学期は完璧にグレイを演じていたが、中学時代の人間が現れただけで簡単にグレイからレッドだ。そして今回の箱根修学旅行で俺は唯も、風祭も、東堂の心の内を知った……唯と東堂は自分勝手で許せない面がある。けど、風祭だけは俺を受け入れてくれた。なら、俺はこのまま風祭を選べばいいんじゃないか? と思ったんだ」


「そうだね。そう自分が決めたならそれでいいばずだよ。グレイやレッドで悩むよりも、自分らしくあった方がいい。後悔が無ければね」


「後悔? 後悔なんてしないさ。ここでの判断はこれがベストだ。風祭のような激しい感情は素晴らしいと思った。俺は一人の女を変えたわけだからな。俺は勇とは違い中途半端という意味のグレイだ。いずれこうなるのはわかっていたはずだ」


「そうだね。いずれはグレイを卒業すると思った。けど、それはこんな形ではないと思っていた。総司が誰かの言葉に惑わされずに、自分から生まれ変わると思っていたよ」


「なら、勇は俺の答えに反対なのか?」


 フゥ……と溜息のようなものを吐き出した勇は言う。


「感情に流されて、風祭さんを傷付けるのは良くないよ総司」


 その言葉には勇なりのトゲがあったのに気付いた。どうやら勇は俺の決断が気に入らないらしい。今の俺にはグレイやレッドがどうよりも、俺を受け入れてくれる風祭が必要だと思った。だから言わなければならない。


「唯は俺の周りを壊そうとするし、東堂は俺の周りを小説のネタにするつもりでいた……なら、俺を信頼してくれる風祭の思いに応えてもいいだろう!?」


 そう言ったまま、その場を離れる。

 そして、俺の背中が見えなくなってから勇は雲が流れて来る青空に向かって言った。


「それが、本当の気持ちなら僕はいいけどね」


 俺は風祭と付き合う覚悟だ。

 その答えを出すには、風祭本人と一度二人で会う必要がある。そうして、風祭と週末に外で会う事になった。





 風祭とは誠駅から少し離れた高台の公園で待ち合わせをした。ここは家族連れなどが多く来る場所だが、わざわざ来なければいけない環境でもあり誠高校の連中は来ないだろう。そう考えて誠新選公園を選んでいた。


 しかし、今日という日は人と会うのには向かない日だった。特に高台という広い場所はな。今の髪型は完全にオールバックになっている。


「……ウンザリする程、風が強いな。誠新選公園行きバスの進行時間も少し遅れてやがった。五分前だから少し急ぐか」


 バスから降りた俺は誠新選公園内の待ち合わせ場所に向けて強風に逆らうように歩いていた。風祭も同じバスかと思いきや、乗っていなかった。だから一本前に乗ったと思う。公園内は強風だから近くの飲食店にみんな向かっている。俺も風祭と会って早く室内に入りたい。


「黒髪ショートカット。あれか」


 そのベンチには黒髪ショートカットの白いPコートを着た女がいた。膝丈の水色のスカートに、白いスニーカーを履いている。青いリュックをベンチに置いており、その顔は化粧をしていて明らかに女だった。


(マジか……気合い入れ過ぎだよ。まだ俺達は友達だろうに。今はな)


 そう思いつつ、俺は風祭に声をかけた。


「おはよう風祭。早く着いてたようだな」


「おはよう赤井。私は寒くて死にそうだ。風が強すぎる」


 風祭はスカートの裾を抑えながら言う。


「まぁそうだな。つか、風祭……何故、この風の強い日にスカートを?」


「デート用に買ったんだぞ! なら風が強くても着るしかないだろ! そもそも、早朝はこんな風では無かったんだ。赤井の気合いが足りんのだぞ」


「気合い関係ねーし。そもそも早朝って、お前いつここに辿り着いたんだよ?」


「始発で来た」


「し、始発で……」


 嘘だろ……と俺は唖然とした。

 確かに早朝なら強風では無かったが。


(どんだけこの話し合いに賭けてんだよ。そもそも付き合ってないからデートじゃないだろ?)


 そんなツッコミをしてる場合じゃなかった。あまりの強風で立ち話をするのも疲れる状況だ。


「と、とりあえず室内に移動しよう。公園の奥に二階建のカフェがある。そこの個室を予約しといた。そこなら誰にも見られなくてもいいだろ」


「そ、そうだな……」


「何笑ってやがる? 寒くておかしくなってるぞ?」


「ふふっ……おかしいのは赤井の髪型だ。何だそのオールバックは」


 風のせいでオールバックになってる俺の髪型を見て笑ってやがる。今はそんな場合じゃない。


「この強風じゃ仕方ねーだろ。そもそも、お前だって人の事言えねーぞ?」


「な、何!?」


 自分で気付いていないようだが、風祭もオールバックのような髪型になっている。その事をいじっていると互いに無駄なエネルギーを使っていると気付いた。そして、強風から逃れる為に二階建てのカフェに移動した。


「……ようやく到着だ。この強風は予想して無かったが、ここを予約して正解だったな。ここなら落ち着いて話せるだろう。誠高校の連中も来ないだろうし」


「そんなに私と二人で会ってる所を見られたくないのか」


 やけに刺さる事を言いやがる。化粧をしてるから反応するのにも戸惑ってしまうぜ。俺はホットレモンティー、風祭はホットココアを頼んでいた。風祭が甘い飲み物が好きなのは意外だ。でも、修学旅行の時もイチゴオレ飲んでたな。ま、飲み物の件はいい。


 いいと言いつつも、関係無い話で時間を過ごす。同じマンションに住んでいて、多少の交流はあるがやはり風祭の事は良く知らない。風紀委員会のクソ真面目な面倒な女としか思ってなかった。けど、二学期に唯が転校して来て風祭と接する事も多くなり、色々と考え方も変わった。そして、修学旅行で風祭の秘密を知ってしまった……。


『……』


 改まって話すのもどうかと思ったが、確認の為にもレッドの頃の知っていた風祭にその時の事を聞いた。色々と話はしたが、やはりレッドの頃の俺が風祭を助けた事で、中学時代の内気な風祭は今の風祭へと変化して行ったようだ。


「……風祭は昔の俺を好きになり、そして今の俺を愛していると言った。ストーカーなのは問題だが、そこまで好きならば俺は風祭の事をちゃんと考えてようと思っている」


「それには感謝する。私は西村唯や東堂さんは強敵だと思うが、赤井を愛している私が負けるとは思えない自信がある」


 その風祭の答えは明確に俺への好意を示した。やはり風祭には迷いが無い。こうなれば、このまま風祭と交際するのが一番だろう。そうすれば、唯もつきまとわないだろうし、東堂も俺のネタを調べる事も無くなるだろう。俺も晴れてグレイを卒業して終わりだ。


(誠高校での立場は、かなり悪くなるだろうがな……)


 そして、俺は俺の答えを風祭に告げようとする。ホットココアの残りを飲み干している風祭がコップを置くのを待ち、言おうとする。


「風祭……」


「赤井。いいか?」


「あ、あぁ。なら先にいいぞ」


 急に風祭は何か突然人が変わったように話し出した。それは、風祭の今の答えだった。


「今日の話し合いは……修学旅行での私の答えへの返事だよな? 私の気持ちは変わっていない。変えるつもりも無い。けど、赤井の答えはまだ出せる状況じゃないよ」


「俺の答えが出せない? 何故そう言い切れる?」


 いきなりの発言に俺は動揺した。今の俺の答えが読まれているのと、何故俺の答えが出せない状況かがわからないからだ。その答えを風祭は言う。


「赤井の気持ちはまだ完全に固まってない。キスをした時にそれはわかった。赤井の中には……赤井の中にはまだ西村唯がいる。そして、東堂真白という女もいる。赤井は私を含めた三人の女で迷っているんだよ」


「俺が……迷っている?」


 ズキン……と突き刺さる言葉だった。

 それを間違っていないと、反論が出来ない言葉だった。そして風祭は続ける。


「赤井はグレイである一学期から壁があった。女というか、他人を受け付けない壁が。それを突破出来るのは西村唯と東堂真白だけだった」


「……確かにグレイを演じる以上、他人と必要以上に壁を作るのは当たり前だ。あの二人の何が特別なんだ? お前の意見を聞こう」


「一学期は東堂真白だけが赤井の中に入れた。それは東堂の雰囲気もあるが、他の女達と違い東堂真白は赤井に恋愛話はしないし、恋愛的な感情を表さないからだ。あの女の青眼という洞察力は、やはり異質だと思う。それに赤井は惹かれる面があったんだよ」


「確かにそうだな。東堂は他の女とは違う。少し変わった女とも思っていた。だが、互いに恋愛感情は無かったさ」


「そうか。でも、西村唯に関しては自分でもわかっているだろ?」


「まぁ……な」


 それは、グレイからレッドに簡単に戻ってしまう事からも認めていた。そもそも、俺がグレイになったのも唯との関係が原因だからな。風祭は続けた。


「西村唯は側にいれば昔の自分が出る。東堂真白は近くにいれば、あの独特の雰囲気に流されてしまう。二人は赤井にとっての壁の中に入る術がある。そして、私もようやく赤井の中に入れた」


「……」


「だからキチンと二人の問題を解決してから、私を選んで欲しい。私はお前が思っているより嫉妬深いんだ」


 その風祭に俺は何も言えない。

 確かに、俺は唯と東堂が大きな存在として居座っている。その事実は否定出来ない。その風祭の顔は俺の苦悩の顔を見て、納得していた。そして呟いた。


「本当は……今すぐにでも付き合いたいんだからな」


 最後に男を落とす無意識の笑みを浮かべ、風祭は去った。


「アイツ……あんな顔をするのか。女は怖いな」


 そうして、俺は唯と東堂とも時間をかけて答えを出す事にした。文化祭までの日々で、そのチャンスはあるだろう。この日、風祭朱音という女は俺の中で特別な存在として固定された。

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