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13話・エソラ旅館泥棒事件発生


 温泉から上がると、今度はエソラ旅館での泥棒事件に巻き込まれた――。


 エソラ旅館内の生徒達には、自分の荷物に関して何か無くなっていないかの確認を求められていた。唯の親戚の旅館とは言え、泥棒が出た以上唯も余計な事は出来なくなるだろう。


(唯の気持ちを知れたのは良かった。そして、貸し切りのような露天風呂も満喫出来た経験も楽しかった。今度は泥棒かい……)


 泥棒事件が発生していたので、俺も自分の荷物を確認しに行く。教師達にそれぞれのクラスの班長が報告すると、男子の被害は無かったようだ。女子の部屋からの被害はそこそこあった。


 赤井班の女子は、三人共全て被害を受けていた。


 東堂・日記帳

 西村・五千円の下着

 風祭・サラシ


 という被害だった。


「三人共……泥棒に盗まれたのは残念だが、すでに警察に連絡はされている。犯人はこの旅館内にいるかどうかはわからないが、一応男子生徒達が旅館の周囲を見張っているようだ」


 現在、エソラ旅館は生徒達が封鎖している。外にさえ逃げてなければ、いつかは捕まるだろう。犯人が暴れなければいいが。


「それぞれの持ち物が戻るかはわからないが、何かあるか?」


『はい』


「三人共か……じゃあ左から順番に行こう。東堂はどうした?」


「私の日記帳は他の人に比べれば大した物じゃ無いけど、見つかったら中は見ないでね。星が描かれた青い日記帳だからすぐわかると思う」


「わかった。見つかり次第、すぐに返却するよう伝えておく。唯は?」


「私の下着は五千円のヤツだから無くなると困る。予備もあるわけじゃないし、見つからないと困るのよ」


「それは、誰かに借りるしかないな。東堂か風祭の予備があれば借りしてやってくれ」


「総司アホなの! この二人の胸のサイズは私より大きいの! スカスカのブラジャーなんてしなく無いわよ!」


 かなり唯は怒っているようだが、仕方なく東堂の下着を借りる事にしたようだ。風祭はブラジャーをしているのか? という疑問はすぐに解決された。


「私はサラシを奪われた……ブラジャーをしてからサラシを巻いているから、問題は無いがやはり胸の大きさがバレるから問題がある」


「そうだな……」


 サラシなら他の布でも代用出来るだろ?

と考えたが、辞めた。個人的なこだわりがあるのかも知れないからな。そうして、犯人探しをしたいような三人に俺は言う。


「犯人を無理に探すのも疲れるだけだ。そもそも犯人がまだ旅館にいるとも限らない。持ち物が盗まれたのは悲しいし、ムカつくだろう。けど、切羽詰まった犯人が刃物で暴れたりしたら危険過ぎる。今は警察に任せて落ち着いていた方がいい」


 そうして、泥棒事件は警察に任せる事になった。エソラ旅館で夕食を済ませると、就寝までの自由時間になり部屋でくつろいでいた。部屋の男達とトランプをしていたが、やはり班の人間が気になったので部屋に行った。


「特に用は無いけど見回りに来た。東堂と風祭だけか?」


「そうだ。私と東堂さんだけだ。西村の奴は夕食後から消えている。どこかで男子と遊んでいるんだろう」


「いや、風祭さん。西村さんは露天風呂方面に向かったのを見たよ。だから赤井君。露天風呂にいるかも知れない」


「露天風呂に?」


 東堂に言われた通り、俺は閉まっているはずの露天風呂に向かう。すると、確かに扉は開いていて誰かが掃除をしていた。


「唯……」


 何と、唯は露天風呂の清掃をしていたんだ。おそらく、露天風呂の貸切をしたから取引としての掃除だろうな。ま、この俺に掃除姿を見せたなら黙ってはいられないさ。起きて掃除の赤井総司を舐めるなよ。


「じゃあ、俺も手伝ってやるよ。モップとブラシはどこだ?」


「そ、総司!? モップとブラシはそこのロッカーだけど……あー、私が今使っているから用具室行かないと無いね。鍵は渡すよ。ほい」


「サンキュー。んじゃ、とっとと終わらせるか」


「別にアンタがやる必要は無いわよ? それなのにやるの?」


「覚えて無いのか? 起きて掃除は赤井総司という事を」


 まさか、自分から過去の話をするとは思わなかった。やはり、唯といると俺はグレイよりもレッドに近くなるのかも知れない。


「私の事は……そこまで嫌いじゃないようだね。ありがと」


「ん? どした?」


「何でも無いわよ。早く掃除手伝ってよね総司君!」


「掃除は総司の得意分野だ。任せておけ」


 用具室の鍵を使い、俺は内部に入る。電気のスイッチを入れ、周囲を見回すと掃除用具入れのロッカーがある。その前に行き、ロッカーを開けると奥で何かが動いた。


「ん? ネズミか?」


 一応確認する為に見ると、そこにはウインドブレーカーの上下を着た中年の男が横になっていた。


「何だ……寝てる人間がいるぞ。しかも、そこのデカイバッグは怪しい。従業員じゃないよな?」


「……ん? んあ!? そのバッグに触るな小僧!」


「おい、待て!」


 男は一目散に用具室から大きなバッグを持って逃げ出した!

 慌てて俺も後を追う。明らかにあのオヤジが泥棒事件の犯人だろう。今捕まえないと、まだ警察が気付いて無い以上かなりマズイ事になる。


(すぐそこに唯もいる。ここは俺が何とかしないと……目の前が赤く染まる……)


 そして、グレイからレッドに変化する俺は犯人を追跡しつつ叫んだ。


「唯! そのオヤジが泥棒事件の犯人だ! 逃げろ!」


「えぇ!? って、今更逃げられるわけないでしょ!」


「人質には丁度いいぜ女ぁ!」


「誰が人質だオッサン!」


 怒る唯は持っているブラシで突いた――はずがブラシを奪われてしまう。おい! と思いつつ、オヤジに追いついた俺は拳を繰り出すと、ブラシで防がれた。


「おいオヤジ。観念しろ。旅館内には警察もまだいるはず。逃げ場は無いぞ」


「うるせーガキが! こっちはリストラされて行き場が無いんだ! 逃げ場なんてどこにも無いんだよ!」


「ならあの世に行けよ」


「クソガキーーーッ!」


 激情のまま繰り出されたブラシの袈裟斬りを回避し、冷静にオヤジのアゴに足蹴りを叩き込んだ。吹っ飛んだオヤジは温泉の中に落ち、浮かんだ。そして、唖然としている唯に言う。


「大丈夫か唯?」


「アンタこそ……大丈夫なの?」


「あぁ、問題無い」


 不審げな顔をした唯に微笑んだ。そして、警察が現れて俺達は事件の事情聴取をされた。泥棒被害を受けた女生徒達の物も問題無く返却された、唯の五千円の下着と風祭のサラシも戻って来た。勝負下着のような感じの二人は返却された事を喜ぶ。しかし、東堂の日記帳だけはまだ見つかっていない。


 犯人が言うには、東堂の日記帳はいらないと思い、どこかに投げたらしくまだ見つからなかった。東堂にとっては残念であるが明日になればどこかから出てくると説得し、その夜は明けた。





 翌日の箱根は暑くも寒くも無く、快晴であり歩くには最高の日だった。今日は芦ノ湖に向かう事にした。特に駅伝には興味は無いが、芦ノ湖は箱根駅伝のゴールスポットのようだ。歩いていると外人などもいてカメラで撮影して盛り上がっていた。遊覧船に乗って景色を見たり、足湯に浸かってまったりして過ごした。


 芦ノ湖周辺の変わりゆく景色を見ながら、俺達赤井班の心はリラックスしていた。そして、四人で記念撮影をした。そうして、箱根の旅を終えた俺達はエソラ旅館に戻った。


「おう、勇。今日は会わなかったな」


「ん、そだね。僕は芦ノ湖方面に行かなかったからね。というより、他の修学旅行生達に少し絡まれて面倒だったのさ。都内から来てた高校生のようだけどね。まぁ、警察が通りかかって何も無かったけど、向こうの一部の人間はウチの制服を見て誠高校だとわかったみたいだった。目をつけられてるのかも知れない」


「都内の高校生か。確かに関わっても仕方ないな。余計なトラブルになるだけだ。俺もそいつ等に遭遇しなくて良かったぜ」


 と、言うと勇はまた俺にトラブルを持ち込んで来た。また唯から頼まれた事だ。


「2日連続で温泉の誘いか。しかも、今度は女三人もいる。勇……お前唯の言う事を聞いているけど、まさかヤッて無いよな?」


「ヤッて無いよ? だって西村さんはお客様じゃなくて友達だし。何せ、総司の友達の言う事なら聞いてしまうのが僕なのさ。それが総司の為になるならね」


「俺の為になる? ……勇、お前またトラブルを産もうとしてないか?」


「トラブルを産んだのは総司だよ。泥棒事件の犯人は捕まったけど、あれは不用意に動いて犯人逮捕までをしてしまった総司が目立つ結果になってしまった。あのまま何もしてなければ、物置小屋にいた犯人は寝たまま朝を迎える前に逮捕されてたはず。総司……やはり君はレッドに戻りつつあるよ。西村さんが来てから君はまた変化している」


「俺が……レッドに?」


 確かに、ナイトプールで目の前が真っ赤に染まる感覚はあった。二学期なってから、東堂にも唯といる俺は違うとも言われた。けど、俺としてはそれは一時的なものだと思っていた。


(俺は……恋と性欲と愛の区別のつかない獣のレッドに戻りつつあるのか? せっかくグレイとして穏やかに歩み始めたのに、また同じ苦しみを味わおうとしてるのか?)


 そうして、俺は勇に連れられて露天風呂に行く事になった。タオル一枚で三人の女子の前に出るのが恥ずかしいが、グレイという立場上股間の反応は隠さないとならない。

 恋と性欲と愛の区別がつくのがグレイだからな。


「……」


 温泉には東堂、唯、風祭の三人がすでに湯に浸かっていた。この修学旅行に水着を持って来てる人間はいないだろうから、全員タオルの下は裸だ。だが、乳白色の湯だから肌は隠せる。

 そして、修学旅行最後の夜は互いの過去を語る温泉での夜になった――。



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