前編
ある夜、とある田舎のラーメン屋に楠本健太は来ていた。
彼は知名度のあまり高くない二流雑誌の記者である。
彼は今回、夏の特別企画として最近話題になっている心霊スポットの取材の為にあまり観光客も来ない様な田舎へと足を運んでいた。
健太は空いていたテーブルを見つけ、そこの椅子に腰掛けた。
「ほら。座れ」
健太は入り口の近くで立ち止まっていた連れの男に声をかけた。
男はそれを聞くとそそくさと健太と同じテーブルに着いた。
「あの……どうもすいません」
男は健太にお辞儀をした。
男はまるで死体の様な白い肌をしており、髪は全て白髪で長い。目は少し蛇に似た感じの鋭さを持っているが、目の下にある濃い隈と弱弱しい雰囲気がそれを帳消しにしてしまい、更に身に付けている死装束の様な真っ白い着物が儚げな雰囲気に一層拍車を掛けている。
つまり、とても病弱そうな感じなのだ。
白い男は口を開いた。
「こういう所は初めてなので……」
「初めて?いつもは何食ってんだ?」
「はぁ…野生の生き物を捕まえて……一番よく食べるのは蛙ですね…」
それを聞いて健太は少し顔を引き攣らせた。
「へぇ……つーか、あんたも腹減るんだな」
「勿論ですよ。私だけじゃなくて、仲間達は基本的に全員、物を食べますよ」
白い男はしっかりと言った。
その後、ラーメン屋の店員が注文を聞きに来たので、健太はラーメン二つと答えた。
「にしても…やっぱ信じらんないなぁ」
健太は白い男との話しを続ける。
「それでも事実ですよ。一応ですが…」
白い男は苦笑しながら言った。
「普通は信じられない事だって…今、ネット上で最も恐ろしい妖怪、見た者の精神を完全に崩壊させてしまう正体不明の怪物―くねくねが現在、俺の目の前にいて、これからラーメンを一杯食べようとしているなんて……ナンセンスにも程があるよ」
楠本健太は今、人生初の体験―妖怪と食事をしようとしているのだ。
―何故、こんな事になってしまったのか?
事の発端はわずか数時間ほど前に遡る―。
健太はネット上で本当にくねくねが出ると噂されているこの田舎までやって来て、その夜に出現ポイントと言われている畑の写真を撮っていた。
心霊スポットの写真を撮るなら、やっぱり背景は暗い方が迫力があるな。
健太はそんな事を考えながら、黙々とカメラのシャッターを押していた。
その時だった―。
突然、畑の向こう側に白い案山子の様な物が現れた。
「何だ?あんなのさっきは無かったぞ」
健太は疑問をぽつりと口にした。
その案山子は風も吹いていないというのに勝手にくねくねとまるで踊っているかの様に激しく動いていた。
しかも、それは徐々に健太の方へと近づいて来ていた。
健太は動揺した。
何だこれは?悪戯?いや、どう見てもあれは勝手に動いている。仕掛けなんか無い。
まさか―本物のくねくね?
健太は恐怖のあまり動けなくなった。
くねくねの正体を見て、知った者は精神崩壊を起こし、二度と元に戻れなくなる。
健太はすぐにその場から逃げ出したかった。
しかし、健太はまだ金縛りにあったかの様に動けなかった。
くねくねはどんどん近づいて来る。
白い正体不明のその妖怪は健太のすぐ目の前まで近づいた。
その時―。
白い姿がまるで霧が晴れる様に拡散し、そこから別の姿が現れた。
その姿は白い着物に身を包んだ、病弱そうな白い男の姿だった。
健太は姿を見てしまった。
精神が崩壊する。
健太は自分の人生の終わりを悟り、絶望した。
あれ?
頭はしっかりしている。
身体も―どこも異常は起きていない。
目の前にはまだあのくねくねだった白い男がいた。
健太はどうすれば良いのか分からず、そのまま硬直してしまった。
「…………あの……」
突然くねくねが口を開いた。
「え?」
突然の事に健太は戸惑った。
くねくねが続けて言った。
「その……ポケットの中の……物を…」
バタッ!
くねくねはそこまで言うと、いきなりその場に倒れてしまった。
「はっ?お、おいどうしたんだ?」
健太は混乱しながらも、慌ててくねくねの許へ駆け寄った。
声をかけて、肩を掴んで揺さぶってみたが反応は無かった。
そういえば今、俺のポケットの中に何入ってんだっけ?
くねくねの言葉を思い出した健太は、ズボンのポケットの中に手を入れた。
何かが入っていたので、健太はその何かを取り出した。
ポケットに入ってた物は―飴や一口チョコ等のお菓子だった。
そういえば、いつも出掛ける時は何かと便利だからお菓子を持ち歩いていた。
習慣の様になっていたから、あまり意識していなかったのでつい忘れてしまっていたのだ。
「……お菓子が欲しかったのか?」
健太が疑問を口にしたと同時に、くねくねから空腹を伝える物凄い腹の音が鳴った。
そして―。
その後、健太は放っておく訳にもいかなかったのでお菓子を全てくねくねに与えた。
くねくねはとても喜んで健太に礼を言い、お菓子を全部平らげたが、その直後にまだ全然足りない事を伝える二回目の腹の音が鳴り、放っておけなくなった健太は結局、くねくねに何かを奢る事にした。
そして現在、健太とくねくねはラーメン屋にいるである。
「こんな妙な怪奇体験、世界中探しても絶対に俺しか体験した事ないって」
健太はやはり苦笑しながら言った。
「……私も人間の方に助けてもらったのは、今日が初めてです」
くねくねは微かな笑みを浮かべて返した。
「へい、おまち」
店員が掛け声と同時に出来上がったラーメンを二人の前に置いた。
醤油味のスープの匂いを嗅いで、くねくねの顔が嬉しそうに綻んだ。
「……嬉しいか?」
「はいっ!!」
健太の問いにくねくねは満面の笑みではっきりと答えた。
その様子を見て、健太はなんだか嬉しい気持ちになった。
そして、健太は妖怪と一緒に夕食を食べるという、この上なく希少な体験をする事になった。




