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「俺の事なんか言ってた?」
勉強会があった夜。自分の部屋のベッドの上でスマホを握りしめていた俺は、2時間も前に送ったメッセージにやっと既読がつくと、速攻通話に切り替えた。
弥生ちゃんが今日の感想を仲本さんに言えるように、俺だけ少し先に帰った。打ち合わせはしてなかったけど、仲本さんなら絶対に俺の事を聞いてくれていると信じている。
「本当に変質者だと思って、すごく怖かったって。逃げたいのに腰抜けちゃって、メッタ刺しにされるかと思ったらしいわ~」
思い出し笑いでバカ受けしている仲本さんの声がスマホから響く。バンバン、と笑いながらどこかを叩いている音も聞こえてくる。
メッタ刺しって…あの時俺が持ってたのはシャープペンシルですから! メッタ刺し無理ですから!
そして、聞きたいのはソレじゃない!
「変質者ネタはいいから、他には!?」
「えーっと……あと何か言ってたかなぁ…」
自分が面白かった事はスラスラと出てくるのに、興味ない事だとなかなか思い出せないらしい。
ほらほら、かっこいいとかイケメンとか一目惚れしたとか、ドキドキしたとか!あ、ドキドキはしたよね。違うドキドキだったけど!だから変質者ネタはいいんだってば!
「あー 顔はかっこいいね。って言ってたわ」
うんうん。そうかそうか。いや、待て待て……
一瞬ニヤけそうになった顔を元に戻す。
「顔は、ってなんだよ。顔はって!」
まるで顔だけしか取り柄がないみたいじゃないか。他にもいい所がいっぱいあるんだよ。お買い得なんだよ?人気商品なんだよ?
「そうそう! いかにもクラスの一軍って感じだよね、って嫌そうに言ってたわ!」
思い出したように仲本さんが声のトーンをあげる。
だからなんで俺を貶めるときだけ嬉々として言うかな!
「三軍の人間は一軍が苦手だからねぇ。あーあと。」
仲本さんの声が今度はいっきに低音になる。
「私に彼氏ができて紹介したかったのかと思われてたわ」
「はあぁっっ!?」
俺はスマホを握りしめたまま、思わず起き上がった。
いやいや、それはアカン。そこは何がなんでも全否定しないとダメなとこ!
「ちゃ、ちゃんと否定してくれたんだろうなっ!また面白おかしくしようとして、ま、まさかっ!」
俺と仲本さんが彼氏彼女だと思い込まれたら、どんなに俺が頑張っても弥生ちゃんの目にはクズ男にしか見えないし、後で訂正されても疑惑を変に残すだけだ。
すうぅっと寒気がして、仲本さんにしっかり問いただしたいのに、しどろもどろになってしまう。
「うん。あまりのありえなさに全力で全否定したよ」
スマホからの強い意志が感じられる返事に、俺は安堵し深呼吸のような深いため息をついた。
「あ―――――――っ。良かったっ」
全身の力が抜けて、起き上がった身体をゴロンとまた横にした。
次はいつ会えるかなぁ。一緒に遊びに行くとかしたいなぁ。映画がいいかな。それとも王道に遊園地?水族館?
通話を忘れて妄想しかけたが、手から離れて腰のあたりに転がっていたスマホから、仲本さんらしからぬ気弱な声がした。さっきから声のトーンがコロコロ変わり、その度に俺が振り回されてる気がしてならない。
「で、その、否定したのはしたんだけど…」
「ん?」
俺はスマホをつかみ直し、スマホの画面を見た。ビデオ通話にはしてないので、そこに仲本さんの姿は映ってないのだが、何となく画面を見つめて続きの言葉を待った。
「全力のあまりね、つい、西崎君の彼女になったら絶対女の子達の嫉妬で大変だと思う!という事を、力説してしまいまして……」
「………」
ふるふるとスマホを持つ手が震えてくる。
「弥生をドン引かせてしまいました~。ごめんね? てへっ」
「てへっ、じゃねーだろーーーーっっ!!」
最後には開き直った仲本さんの声に、激しくツッコミを入れて、スマホを布団に叩きつけた。
スマホはぽよんと跳ねて、床に落ちる。
「お詫びにもうちょっと協力するからさ~」
ベッドの下から、仲本さんの呑気な声が小さく聞こえてきた。
✿ ✿ ✿
弥生ちゃんと知り合ってあっという間に3ヶ月が過ぎた。
お互いの高校の文化祭という一大イベントも、全く何も影響のないまま、次のイベントの夏休みまでもが終わろうとしている。
仲本さんはもうちょっと協力してくれた。まぁ、ただ単にお勉強会に誘い続けてくれただけなのだが。
でも、おかけで夏休みはほぼ週一ペースで弥生ちゃんに会えた。
俺の努力、爽やかな笑顔と穏やかな雰囲気の結果、弥生ちゃんの視線が一瞬合うようにもなっていた。
だが、それだけだった。
アドレスの交換すらできていない。前にさりげなく「交換しとく?」と尋ねたら、「ううん。大丈夫」と却下された。大丈夫って何? 連絡する事なんて一切無いから大丈夫、って事? 用事以外のたわいもない会話とかにも使えるんだよ?
あの時は悲しかった。仲本さんは問題解いてるフリして下向いてたけど、いつまでも肩が揺れてたし。
俺は空気を読まずに勉強会に無理矢理参加してるおじゃま虫なのか、といじけそうになったが、弥生ちゃんの手作りスイーツは毎回俺の分もちゃんとあった。そして、やっぱり美味しかった。だから嫌われてないよね!と自分を鼓舞し、毎度毎度懲りずに弥生ちゃんに笑顔を振りまく。
だが、週一ペースの勉強会も今日が最後。二学期が始まれば、3人の都合で月に1度、運が良くても2度しか会えない。
いや、違うな。俺の都合なんて最初から関係なかった。都合が悪ければ来なくていいよ?だ。それじゃあ、月に1度会えるという保証も怪しくなる。
今日は何がなんでも前進させなければ!と気合いを入れて来たものの、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
気合いだけが空回りして、今日の勉強会はまともに勉強できない気がする。
「そう言えば、西崎君。今日は中学時代のプチ同窓会で、黄色いバナナのテーマパークに行くんじゃなかったの?」
仲本さんが教科書をパラパラとめくりながら、何気なく聞いてきた。3人とも無事に夏休みの宿題はすべて終わり、休み明けのテスト対策でもするか~、といった感じで、ややのんびりした雰囲気である。大きな山を乗り越えると、ちょっと休憩してしまって、次の行動に移しづらいものだ。
「それ、どこからの情報?」
こちらも教科書をめくりながら何ともないように尋ねたつもりだが、内心は舌打ちしまくっていた。なんでここでその話を振るかな!しかも、中学一緒じゃなかったよね?
最初は遊びに行くつもりだったのだが、後から勉強会の日が決まり、先の約束をキャンセルしたのだ。どっちを取るかなんて、決まってるじゃないか!
「八杉君情報。西崎君が行かないと、女子からのブーイングが恐ろしい、って行ってたよ」
恐るべし仲本さん。俺が紹介したのは小河なのに、もう八杉とも繋がっている。この夏休みはそれはそれは充実した毎日だったに違いない。
「テーマパーク、行けばよかったのに。苦手なの?」
ほらっ。だからこの話題は嫌だったんだ。弥生ちゃんが知ったら、絶対そう言うと思ったんだよ。
プチ同窓会蹴って勉強会に参加するなんて、普通ならありえない。でも、俺は君に会いたいからこっちを選んだんだ!と言ってしまいたい。なのに、
「よ、夜に親戚の家に行くから、テーマパークだと帰りが間に合わなくて」
なんて、都合のいい嘘ををついてしまう。
仲本さんはチラッとこっちを見たが、何も言わない。多分、八杉か小河あたりから今回の行く行かない騒動を色々聞いてるに違いない。
弥生ちゃんの事は当然ながら内緒だ。仲本さんと勉強会で頻繁に顔を合わせていることすら言ってない。
だからこそ、キャンセル理由がグダグダで、奴らはいまいち納得がいってないのだ。
だが、そんな事はどうでもいい。今は弥生ちゃんとの関係が一歩進んだものになれるかどうかだ。
それには別の壁もある。
そう。仲本さんだ。
勉強会は常に3人で、2人きりになったことがない。
だから、なかなか思い切った行動ができなくて、中途半端にやらかして笑われるのだ。
いっそ、席をはずしてくれたら……
弥生ちゃんに問題の解き方を説明している仲本さんの横顔に念を送る。30分、いや15分でいいから、2人きりに!
と、仲本さんの目だけがこっちを見たような気がした。そして口の端もわずかに上がったような?
「あー。忘れてた!」
仲本さんがいきなり大きな声をあげた。
「牛乳買うの頼まれてたんだった!弟が帰ってくるまでに買っておかないと!」
チラリチラリとこっちに意味ありげな視線を送ってくる。
「弟君、今も牛乳大好きなんだ?」
弥生ちゃんが笑っている。仲本さんと幼なじみと言うことは弟君とも小さい時からよく知っているのだろう。
って言うか、この流れってもしかして……
「もー馬鹿みたいに飲みまくってるよ!という訳で、ちょっとダッシュで買ってくる!」
おぉー!初めての2人きりにしてくれるんですか!
希望通りに事が進んで、テンション上がってくる。
「いってらっしゃ~い。気をつけてね~」
弥生ちゃんが手を振り、仲本さんが出ていくと、途端に部屋の中に緊張した空気が漂う。
と、思っているのは俺だけなんだろうか。
だが、夏休み最後の勉強会。次はいつ会えるかわからない。アドレスも知らない。夜に電話したり、おはよう、とかおやすみ、とかメッセージもこのままじゃ送れない。
ここで言わなかったら、もう、もう!
あー。俺って駄目だなぁ。焦りがどんどん大きくなって、冷静な思考回路がショートしている。
仲本さんが戻ってくるまでに、という時間制限ありの状況がさらに拍車をかける。
そして、
「好きなんだ」
いきなり、唐突に、何の前触れもなく声に出してしまった。
あ―――――! 俺ってば何を口走ってるんだ!
もっとかっこよく、余裕ある風に言いたかったのに!
クーラーが程よく効いている部屋なのに、こめかみのあたりに汗が流れる。クーラーの風量の音だけが部屋の中に静かに響いている。
俺にいきなり告白された弥生ちゃんは、問題集から顔を上げ、ちょっと嬉しそうに笑った。
あ、笑ってくれてる……これは……ガチガチに緊張していた身体の力が抜け、口元が緩み出す……
「西崎君も牛乳好きなんだ? うちのお父さんもそうなの。 男の人って牛乳好きだよね~」
は?
緩み出した口元が途中で固まる。牛乳パックが目の前をチラつく。え?返事の意味がよくわからないんですけど…
「私はちょっと苦手……」
なんて言いながら、弥生ちゃんはまた問題集に目を落とす。
「いや、そっちじゃなくて!」
牛乳の話なんか仲本さんが買い物に出かけた瞬間に終わってるから!誰もそんなの引っ張らないから!
俺は慌てて、修正をかける。
弥生ちゃんは俺を見てきょとん、としている。少し首が傾いて、頭の中で何かを考えている。
そう!牛乳じゃなくてそっちの好き!
俺はもう1度くり返す。
「好きなんだ! 付き合って下…」
「ムリムリムリムリムリ!」
ハッ!と何かを気づいた弥生ちゃんが、キッパリハッキリ、自分の顔の前で手を振りながら、拒否をしている。
え? 考えるでもなく拒絶ですか?
しかも、今まで会話してた中で一番大きな声ですよね……
実は、俺の事めっちゃ嫌いでした?
俺はもう、へこむと言うよりも、泣きそうだった。
「いや、あの、私っ!そうじゃなくて……」
あまりの俺の落胆ぶりに気づいた弥生ちゃんは、慌てて言葉を繋げだした。
「私、ジェットコースターとか3Dライドとか、乗り物酔いするから、テーマパーク無理なの!」
は?
じわりとにじみ出した涙が途中でとまる。黄色いバナナがジェットコースターに乗って頭の中をかけめぐる。
やっぱり返事の意味がよくわからないんですけど……
「だから、もう一度、同窓会をしてもらった方が…… 西崎君が声かけたらみんな集まってくれると思うし……」
弥生ちゃんは段々小さな声になっていき、目線もどんどん下がって問題集の上でやっと落ち着いた。
え、えぇっと。テーマパーク? テーマパークの話なの? 牛乳よりももっと時系列が前だよね? 弥生ちゃんの中では牛乳じゃなかったら、テーマパークなの?
「ぶはっ!」
静かな部屋に吹き出す音が聞こえてきた。だが、その音源はこの部屋ではない。廊下からだ。よく見れば、部屋のドアが少し開いている。
俺は素早く立ち上がって、ドアを大きく開けた。
「買い物行くんじゃなかったのかよっ!!」
廊下には案の定、仲本さんが笑い転げていた。笑いが頂点まできてるようで、声が全く出ていない。だが、お腹を抱えて、涙を流している。
「いや~ えーと。さ…財布忘れて?」
よろよろと起き上がって部屋の中に入ってくると、勉強机の引き出しから長財布を取り出した。
「今度こそマジで行ってくるわ」
仲本さんは弥生ちゃんに向かってサムズアップし、ドアの横で脱力している俺には肩を軽く叩き、
「がんばれ~」
と、もうそれ以上口は横に伸びないよ、ってくらいニヤニヤ顔を見せつけて出て行った。
弥生ちゃんは訳がわかってないから、つられてサムズアップしたものの、ぽかんとしたままだ。
「はあぁぁぁ―――――」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
もう一度やり直す気力など残ってるわけがない。
相変わらず仲本さんにおちょくられて楽しませただけだ。
弥生ちゃんは想像以上に手強いし。
でも……
俺は立ち上がると自分の席に戻り、とりあえず目についた数学の計算問題をガンガン解きだした。
俺はまだまだあきらめない!
押すのか引くのか諭すのか?
頑張れ俺! くじけるな俺!
初投稿完結です。
ありがとうございました~




