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押すのか引くのか諭すのか  作者: とがみ
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3

いやぁ、恐るべし勉強会。


おしゃべりに花が咲くわけではなく、各々が黙々と問題を解くこと2時間。持参した課題がさくさく進む。

こんな真面目な勉強会が実在するとは。


俺は横目で弥生ちゃんを盗み見る。下を向いて問題とにらめっこしている。この2時間、こっちをチラチラと見るでもなく、親しげに話しかけてくるでもない。

どちらかというと、俺との間には弥生ちゃんから出されている人見知りのピリピリした壁が立ちはだかっているくらいだ。


でも……最初に感じた、好印象は変わらない。もっと色々知りたいし、仲良くなりたい。一緒にいたら穏やかな時間が流れてくれそうな気がする。


「ちょっと休憩しよっか」


俺の集中力が切れてよそ見をしているのに気づいた仲本さんが、上半身をぐーっと伸ばしながら言った。

俺は即座に賛同する。勉強だけでなく、会話もしていきたいしな。


「おー。喉も乾いたしジュース飲も…」

「ごめん。由佳」


視線を問題集に落としたまま、弥生ちゃんが遮った。


「休憩の前にここだけ教えて欲しい。さっきから考えてるんだけど、全然わかんない。この問3」


弥生ちゃんは問題集の向きを変えて、仲本さんが読みやすいように見せる。仲本さんは問題を読むと、「あー、これはねぇ…」と、シャーペンで問題の図形にヒントを書き込んでいく。


弥生ちゃんにとって、この勉強会は分からないところがあれば、その場で解き方を教えてもらえるというメリットがあり、仲本さんにとっては真面目な弥生ちゃんと一緒にする事で、集中して一気に課題が片付けられる。一生懸命勉強している横でだらけるわけにもいかないし、つられて勉強しようという気になってしまう。


この勉強会、なかなか良いかもしれな……


「あぁ!そっか!そこを先に解けば良かったのか~!も~考えすぎちゃったよ~」


弥生ちゃんをぼんやり見ながら、そんな事を考えていた俺は、その瞬間、呼吸する事を忘れていた。


「由佳ありがとう~」


難問が解けた弥生ちゃんが嬉しそうに笑ったのだ。

ぎこちない表情しかしていなかった弥生ちゃんが、初めて見せた笑顔……


ただそれだけの事なのに、俺は息をする事も瞬きする事もできなかった。

え? 女の子の笑顔って、こんな感じだった?笑ったら誰でも可愛いくなるのは当たり前だけど、でも、弥生ちゃんの笑顔は……ありきたりな言葉だけど、まさに、


“花が咲いた” ような笑顔だった。


弥生ちゃんを纏っていた雰囲気がそれだけでとてつもなく明るくなり、圧倒的な存在感を放っている。花と言うより、もはや、


“お花畑の花がいっせいに開花した”


である。


は?何?何が起こったの?


俺は弥生ちゃんの笑顔から目が離せない。

だが、視線を感じた弥生ちゃんと目があってしまったら、一瞬でそらされ表情は元の硬いものに。

突然のあっという間の出来事で、俺はどうする事もできなかった。


なんか、今、めっちゃ可愛く見えたんですけど!?

どういう事? もう一回! 次は真正面から見たい。

心臓がバクバクしてくる。


「あ、弥生の持ってきたおやつ、リビングのテーブルに置いたままだ」


勉強机の方でグラスにジュースを注ぎながら、仲本さんが言った。


「弥生、テーブルの上に置いてある他のお菓子と一緒に、適当なお皿に入れて持ってきて」

「あ。うん。いつものお皿でいいかな?」

「うんうん」


弥生ちゃんは部屋を出て階段を降りていく。


「イケメンのお顔が惚けてますよ?」


お盆をコタツ机に置いた仲本さんが、座りながらニヤニヤと俺の顔を覗き込んだ。

話しかけられて、ようやく我に返る。


「何なん?あれ! 意味わかんないんですけど!?」


俺は混乱したまま、ヒソヒソと早口で問いただした。聞きたい事は色々あるが、のんびりしていたら弥生ちゃんが戻って来てしまう。


「だから、あれが弥生の秘密兵器。弥生ってばあの時、西崎君の存在を完全に忘れてたね。でもまぁ、早めに見れて良かったんじゃない?」


仲本さんは平然とオレンジジュースを飲んでいる。俺はあまりの衝撃に喉の乾きまで消えている。存在を忘れられていたという、落ち込みそうな事もさらっと言われたけど、落ち込むのは後だ。後。今はそんな時間などない。


「良かったけどっ、あれは反則だろっ。あんなん見せられたら、落ちる奴他にもいるって!」


普段は8番目や9番目の顔レベルの子が、笑ったら上位まで可愛さアップするなんて、ギャップありすぎだろう。普通、可愛さの順位は笑っても笑わなくても変わらないものだ。


「幼なじみの私の前では笑顔の大安売りだけど、学校では人見知り激しくて愛想笑いしかできないから大丈夫~」


仲本さんはオレンジジュースを飲み干して、今度はコーラを注いでいる。まるでどこかの親父が晩酌をしているかのような飲みっぷりだ。


「ていうか、紹介したからね。気に入ったのならあとは自力で何とかしなさいよ」

「何とかって言われても……」

「私は弥生が華やかな西崎君と出会って、今より社交性が少しでも良くなったらいいな、と思ってるだけだから」


恋愛に関して来る者拒まずの受け身オンリーできた人間には、攻める恋愛はどうしたらいいのかさっぱり分からない。

しかも、すでに階段を登る音が聞こえている。

勝手知ったる家だからって、段取り良すぎる。


「お待たせ~」


丸い大皿にチョコレートと煎餅と市松模様のクッキーをのせて、弥生ちゃんが戻ってきた。


「おやつ~おやつ~」


仲本さんは早速クッキーを口に放り込む。続いて2個目、3個目、4個目、とクッキーばかりを黙々と食べまくる。

その勢いに、クッキーそんなに好きなのか……と煎餅を一口かじりながら眺めていると、とんでもない事が発覚した。


「今日のクッキーの出来はなかなかいいねぇ~」


仲本さんがニヤニヤとこっちを見ながらさらに食べるスピードをあげた。


「本当に?良かった~ 先輩に渡すやつだから、めっちゃ気合い入れて作ったんだ~」


仲本さんの顔色をうかがっていた弥生ちゃんは、ほっとしたようにチョコレートをつまみ出した。


ん!? 作った? 渡す? 先輩?

何やら考えるべき単語が色々出てきたが、えーとえーと、とりあえずは……!


「全部食うなー!」


俺は慌てて大皿からクッキーの最後の一枚を掴んだ。

最後の一枚って……絶対俺をおちょくって楽しんでいる。

しかし、あぶなかった。一枚だけでも確保出来たことを良しとしよう。

俺はそっとクッキーを口に入れる。市松模様のココアの部分はほんのり苦めで、プレーンの部分はほんのり甘い。普通のよくあるクッキーだろう。

だが、俺にとっては目に見えないものがたくさん加味されて、


「めっちゃ美味しい!」


感激して呟いていた。

過去に貰ったことは多々あれど、市販の方が絶対美味いと思っていた。何とも思ってない子と、気になる子から貰うので、ここまで味が違ってくるとは恐るべし恋愛スパイス。


仲本さんと俺のやり取りをぽかん、と見ていた弥生ちゃんだったが、


「あ、ありがとう」


と照れたように下を向いた。

あぁ、残念。愛想笑いの方だ。

また見たいなぁ、あの笑顔。俺の言葉でも笑ってくれたらなぁ……さっきの笑顔を思い出し、顔が緩みかける。

と、その前に、なんだか気になるワードがあったんだ。


「『先輩』って?」


さりげなく、さりげなく。問い詰めるようになってないよな?にっこり笑って、話の流れで何となく聞いてみた風に。


「あ。部活の先輩達。時々差し入れ替わりに持って行ってて」


うん。やっぱり俺と話しする時は目線が合わない。

でも、『先輩()』って言ったよ! 特定の個人じゃない。良かった!

でも先輩達が男だったらどうしよう。

めっちゃ笑顔で美味しい手作りスイーツ渡されたら、ライバル激増だよ。愛想笑いしかしないと言われても、胃袋だけで落ちるヤツだっているかもしれない。


「弥生ちゃんは何部なの?」


俺の続く質問に、弥生ちゃんはピキっと表情をこわばらせた。

え?聞いちゃいけない事だった?俺もつられて顔がかたまる。


「ほーぅ。会って2時間で下の名前で呼んじゃいますか~」


場の空気を読んだ仲本さんが、原因が分かってない俺をさりげなくフォローしてくれた。


あっ!名前かっ!

本人からは苗字しか紹介されてないのに、弥生ちゃん、と言ってしまっていた。

俺、思った以上に動揺している……


「いや、これは、ほらっ。さっきから仲本さんが『弥生』って下の名前で喋ってるから、ついつられて……」


慌てふためいているのを、仲本さんは楽しそうに見ている。日頃落ち着いた印象を持たれがちな俺が、あたふたしている今の状態は、さぞ面白いことだろう。自分でもびっくりだ。


「……箏曲部」


弥生ちゃんは俺の理由に納得したのかしなかったのかわからないけど、下を向いて呟くように言った。名前の事を触れてないということは、もう、弥生ちゃん呼びでいいってことか?


「そーきょくぶ?」


って何?最後に『部』と付いてるからには何かの部なんだろうけど……


「和楽器のお(こと)だよ。まぁ、文化系の地味な部活の一つだね」


仲本さんが簡単に説明してくれる。


「地味じゃないもん!お箏楽しいし!先輩達は優しくて素敵だし!1年生の部員だってみんな仲良しだし!」


おっとり系なのかと思っていた弥生ちゃんが、仲本さんの言葉に即座に反応し、ちょっとムキになった感じで言い返している。多分、俺みたいに箏曲がなんなのか知らない人が割と多いのだろう。その度に似たような会話を繰り返してきたに違いない。二人の会話はもはや説明口調だ。


「吹奏楽部やコーラスと違って、男子もいないし地味な女の子ばっかりが集まってるんだよね。おかけで、文化祭での発表時はみんな喋ってるか寝てるか」

「地味じゃない子もいるし!けど、私達の演奏を男子は堂々と『さて、昼寝タイムだ』とか言ってるのはムカつく!」

「まぁ、聞いてて確かに眠たくなるしね~」

「眠たくなんかならないもん!由佳だって、中学は箏曲部だったのに、なんでそんな事言うかな!」

「私は部活も色々やってみたいからね~。箏曲はもういいかなぁ」


大好きな部活を地味だの眠いだの言われて、弥生ちゃんはぷりぷり怒っている。

本人は本気でなんだろうけど、傍から見ると「ぷりぷり」もしくは「ぷんぷん」といったひらがなの形容詞がぴったりな腹の立て方だ。

なんだか微笑ましくてついつい笑ってしまう。

仲本さんもわざと怒らせるようなことばかり言って遊んでいる。


「弥生って部活の先輩達が超大好きでねぇ。女子高生というよりは小学生レベルの恋愛してるんだよね~?」

「由佳!何でそんなことばらすのよ!もぅ!」


部活の話がさりげなく暴露話になって、弥生ちゃんは『ぷんぷん』から『ぷんぷんぷん』のお怒りモードになっている。

俺と仲本さんはニヤニヤが止まらない。

弥生ちゃん本人は気づいてないけど、隠れいじられキャラだ。ついついいじりたくなってしまう。


俺、ちょっと頑張るか。


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