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「え? もしかして今日俺が来ること知らないの!?」
仲本さんは約束を守る女子だった。そして、行動が早い。
友達を紹介してもらう約束をしたその週末の土曜日の午後。俺はチャリで30分かけて仲本さんの家にたどり着いていた。
両親は共に仕事、弟は部活に行った、という漫画やドラマでは美味しいシチュエーションの家に気軽に招き入れられて、これまたさくっと一人部屋の女の子の部屋に通された。ちょっとはドキドキするかと思ったが、仲本さんの部屋に入るのは、友達の部屋に遊びに行くのとなんら変わりがなかった。
ありきたりな勉強机と本棚。寝室が別なのか布団派なのかわからないが、部屋にはベッドが無かった。ベッドが無いせいで、部屋の真ん中にコタツ机が置いてあっても狭さを感じさせない。
「うん。知らない~。教えたらパスされそうだから。共学だけど、昔から男子が苦手でね。あ。差し入れありがとう~」
来る途中で買ったジュースを受け取ると、コタツ机の奥側に座るように勧めてから、俺の左斜め横に座った。俺の右斜め横にもクッションが置いてある。ドアを開けると俺が正面に座っている感じだ。一応、俺がお誕生日席?両手に花席?になるようにしてくれている。
折角紹介してくれるのなら、2対2とかでどっか遊びに行く?そう提案したのだが、仲本さんはふっ、と鼻で笑ってその提案を拒否した。
弥生が知らない男子とわざわざ出かけるわけないでしょ、と。
友達の名前は弥生ちゃんと言うらしい。
じゃあ、どう紹介してくれるのかと思ったら、二人で時々やってる「お勉強会」なるものに誘ってくれた。「お勉強会」という名の「女子会」かと思ったが、意外とガチのやつだそうだ。
なんだかんだ言っても、うちの学校は県ではトップクラスの進学校。課題宿題小テスト。土日にやらなくちゃいけない勉強は山ほどある。
「弥生は人の倍やって、やっと人並みになれる子なんだよ。だから、弥生の高校でも、あの子にとってはやる事たっぷりになっちゃうんだよね。まぁ、良く言えば、真面目にコツコツ。悪く言えば、要領が悪い。おまけに運動音痴で鈍感でど天然ちゃん」
「悪い方多すぎないか?」
俺はさりげなくツッコミを入れる。いくら幼なじみでもそこまで言っていいものなんだろうか?
「ついでに見た目は、10人女の子がいたら8番目の可愛さ」
「8番目……」
下から3番目じゃねーか!
いや、贅沢は言わない。見た目より性格重視だ。俺は自分に言い聞かせる。見た目でつき合うのはもう中学時代でうんざりだ。
「たーだーし、8番目の弥生は秘密兵器を隠し持っています。西崎君はそれと遭遇する事はできるのか? すべてはあなたの運次第!」
仲本さんはビシッ!と人を指差すと、ぐふふと怪しげな笑いをした。
他人事だから楽しめそうだと、おかしなテンションになっているのだ。
大丈夫なんだろうな…… 期待してるんだから頼むよ。
ガチャン。と外から自転車を止める音がした。
お。来た?
俺と仲本さんが顔を見合わすと、この家のチャイムが響いた。
「来た来たぁ~」
仲本はうきうきと立ち上がると、俺の後ろにある全開だった窓を閉め、廊下の窓も閉めてから1階へと降りていく。
寒がりなのか?5月にしては今日は暑い方だ。湿度はさすがに高くないけれど、日差しは夏みたいにちりちりと刺すような痛さだ。
とりあえず勉強会という事なので、俺はリュックの中からペンケースや問題集を取り出した。弥生ちゃんは真面目らしいので、自分も真面目ですよアピールをしなくては。
下で喋っている声が聞こえてきた。部屋のドアは開いているけど、はっきりとは聞き取れない。
トントントン、と階段を上ってくる音がする。
なんか、ドキドキするっ!
最初はやっぱり「こんにちは」かなあ。「やあ!」とか「ども!」じゃ、ちょっと親しすぎだよな。それに最初からドアの方をガン見してたらマズいよな。やっぱりノートを見てる振りして、気配を感じたら前を向くのがいいか。
自分なりに心の準備をしていると、「ひっ」と空気を吸い込むような音が聞こえ、その瞬間、
「キャ――――――――――!!!」
ホラー映画の登場人物が叫ぶような、大音量の悲鳴が目の前から発せられた。
「え?あ、あの……」
予想しなかった相手の出現方法に、びっくりして挨拶どころか、まともに言葉を出すことができない。
部屋の入口にペタンとしゃがみこんでいる女の子がいる。
血の気が引いた青白い顔で、さほど大きくないであろう目は、俺からそらすことなく恐怖で満ちあふれている。閉じることを忘れた口は半開きのまま、顔の表情と共にかたまっている。うん。8番目じゃなくて、9番目の顔になってるよ。
緊迫した空気の中で視線がぶつかり合うこと数秒。廊下から呑気な声が聞こえてくる。
「あ~。弥生、ごめんごめん。今日の勉強会、一人増えたっていうの忘れてた~。ていうか、門の横に自転車止めてあったし、玄関に男物の靴あったでしょ~。相変わらずまわり見ないんだから……」
仲本さんがお盆に空のグラスを3つ乗せて、入り口の廊下にへたり込んでいる弥生ちゃんを避けて部屋に入ってきた。
仲本さんは学習机の方にグラスを置くと、カラカラと部屋の窓を全開にした。全開にして窓の方を向いたまま肩を震わせている。
うん。わざとだな……敢えて言わなかったんだ。弥生ちゃんと俺の面白い反応を見る為に。近所迷惑にならないよう、ご丁寧に窓まで閉めて……
「仲本さんさぁ、ちゃんと言わないと。いないと思ってる所に人がいたら、誰でも驚くよ。幽霊が出たとか思っちゃうよな?」
やんわりと注意をして、弥生ちゃんにフォローを入れる。やっぱこういう気配りって大事!絶対好感度アップ!そう思って弥生ちゃんに笑いかけたのに、彼女はまだこわばったままポツリと、
「へ、変質者かと……」
ぐはっっ!!
今度は俺がかたまる番だった。
変質者……日頃からイケメンだのカッコイイだの言われている俺が、その真逆の立場を言われるとは……
「ぶはっ! やばい。面白すぎっ!」
仲本さんは耐えきれなくなってしゃがみ込み、床をバンバン叩きながら爆笑している。
「鳥肌がすごい……」
弥生ちゃんは呟くと、半袖のTシャツから出ている腕を左右交互にさすっている。
ソウデスカ……鳥肌まで立っちゃいましたか……
あなた、ついでに腰も抜けてますよね……廊下に座ったままですしね……
俺はきっと今、果てしなく遠い所を見ている目をしているだろう……そして、そこからなかなか戻れそうにはない。
「さぁさぁ、弥生もいつまでもそんなとこいないで、こっち来て座りなよ」
ひとしきり笑い転げた仲本さんが満足気にコタツ机に戻ってきた。俺を見てはまた笑いそうになり、口をもにゅもにゅさせている。
「あ、うん」
立ち上がって歩くにはまだ腰が心許ないのか、弥生ちゃんはそのまま四つん這いに近い感じで部屋に入って来た。
彼女の今日の服装はダボッとしたTシャツとジーンズ。襟周りもそこそこ広い。で、四つん這い…俺の目は即座に覚醒する。
べ、別にわざとじゃないんだよ?
でもまぁ、ラッキースケベはやっぱりラッキーだし?
あ、わりと大きい方だな~、って第一印象思ったし?
という訳で、部屋に入ってくる弥生ちゃんの正面に座っている俺は、だんだん背中が丸~くなって、頭をゆっくり下げて、でも、真正面は弥生ちゃんの頭が邪魔だから、身体を少~し傾けて横からのアングルで襟のすきま...……
バシッ!!!
「痛ってぇぇっっ!!」
背中に熱いくらいの衝撃が走る。
ハイ。ゴメンナサイ。何も見えてません。未遂です。
「ん? 用事を思い出した? 帰る?」
分厚い問題集を手にして、微笑んでいる仲本さん。
目……怖いです。マジで。
そして弥生ちゃん、その言葉を聞いて嬉しそうに顔あげないで。なんかヘコむから……
「いや、用事なんてありません。勉強やりますよ!」
ヒリヒリする背中をなでがら反論すると、弥生ちゃんの残念そうな顔。喋らないけど、全部顔に出てるよ……うん。
まぁ、気を取り直して、とりあえずは自己紹介だ。弥生ちゃん、と心の中では勝手に呼んでいるが、やはり本人の承諾が必要だろう。
「えーっと。西崎遼太です。さっきは驚かせてごめん。前に仲本さんとしゃべってて、話の流れで今日の勉強会に参加させてもらいました」
俺は参加理由を曖昧に濁しながらも、対女子用笑顔で挨拶した。この笑顔をすると、何故か見つめた相手の子はたいてい顔を赤らめてドキドキしてくれるのだ。
が、弥生ちゃんは顔を赤らめる事もドキドキしてくれる事もなかった。なぜなら、
視線が合わない……
あきらかに弥生ちゃんに向けて話しかけているのに、弥生ちゃんの視線は俺の胸辺り、もしくは口元までしか上がってこない。そして、まさかの、
「真島です…」
苗字だけの挨拶!
これでは、弥生ちゃん、とは呼べないじゃないか。
いや、呼んで欲しくないから、苗字しか名乗らないのか!?
さすが大人しい系の女の子は同年代男子に冷たい……
でも、グイグイ来ないこの感じはいい。
上目遣いでいつまでもガン見したままじゃないのもいい。
じわりじわりと距離をつめてベタベタ触ってこないのもいい。
そのかわり鉄壁の防御態勢だけど……
「さて、では始めますか!」
仲本さんの声掛けで、俺達は勉強会をスタートさせたのだった。




