絶望と悲しみの歌を歌いましょう。世界はもう終わってしまっているのに。
『結構しぶといなディーン』
「そうですわね」
お気に入りの紅茶を飲んでレイモンド様の声だけを聞いています。
アリスさんの末路は聞いていましたが、そろそろ教えてあげたほうがいいかしらなんて思っていましたわ。
『陛下はあいつを殺せと言っている』
「それはいやですわ」
世界は本当に残酷だわとフィリア様はよくいっておられました。
地下室は落ち着きます。
最近はディーン様は虚ろにこちらを見てアリスさんを見せても何も反応しない日々が続いていました。
拘禁、監禁されているという自律神経の……精神的に追い詰められているということですわね。
『もうこの国は父上に任せて、おじ上も隠居したいと言われている。アリスの騒動を終息させるのに疲れたそうだ』
かなりの騒動になったと聞いて、陛下に申し訳ないことをしたと思いましたわ。
実際、ディーン様は時間の感覚が曖昧になっているようですが、もう全てが終わってしまっているのに。
限りある生命、愚かなるものたちよ。この世界はもう終わっているのに何と愚かな事か。
確かフィリア様の好きな小説の一節でしたか……。
「そうですわね、そろそろ教えて差し上げましょう。絶望か……悲しみか、どうなることやら」
『フェリシーシカ?』
この世界から消えたいと言われていたフィリア様。
あなたの絶望はわかるような気はしますが、私は死ぬわけにはいかなくなりましたの。
もう誰も死ぬのは見たくないのですわ。
うふふ、こんなことをしている私が台詞ではないですけど。
「銀の魔女は世界を滅ぼそうとしました……。しかしそれは銀の竜に阻止されたのです」
昔のお気に入りの童話を口ずさんでみます。
銀の色彩は不吉と言われていた時代もあったそうですわ。
緑の瞳は魔の瞳とも。
「銀の魔女は愛しい男に裏切られ、絶望をしたのです。世界を呪い銀の魔女が望んだのはなんだったのでしょうか?」
この世界は一度滅ぼされかけたというのは伝説です。
銀の髪をした緑の瞳の魔女、だからこそ母が不吉と言われたこともあったそうですが……。
「私も世界を滅ぼすような力があればよかったですわ」
どうしたって愛しい人の心さえ、私は手に入れることができませんわ。
愛しい人に裏切られ、世界すら滅ぼそうとした魔女の絶望は今ならわかる気がしますわ。
「うふふ、早く……早く」
お腹を撫でて話しかけます。
銀の髪に緑の瞳なら、世界を滅ぼす魔女となる絶望を持つのでしょうか?
金の髪に青い瞳なら、不実の人となるのでしょうか?
『フェリーシカ、君、あの時のフィリアと……』
「大丈夫、自死はしませんわ、私はもう人を殺すのはいやなのですわ」
優しくお腹を撫でて語りかけます。
あなたの心は今は真っ白なのですか? それとも真っ黒なのですか?
「もうすぐ終わる。そして……私は誰も知らない場所にいってみんなで幸せになるのですわ」
『フェリーシカ、みんなとは?』
「秘密ですわ」
銀の魔女は世界に絶望をしました。
愛する男に裏切られ、魔女は男を殺そうとした。
愛する女を害そうとした魔女を見て、男は魔女を滅ぼそうとしました。
「……お話の終わりはどうだったのでしょうか?」
小さな私にお話をしてくれたお母様、最後だけはわかりませんでしたわ。
「あなたが見る世界はどんな風になっているのでしょうかねぇ」
地下室の椅子に座りながら、私は子守唄を歌う。
私は愛しい人を手に入れる。
最後の切り札はもう私の手の中、さぁ、あなたはどんな髪の色をしているの?
私の切り札は、愛しいあの人が愛した……。
世界は本当に残酷ですわ。
永遠を信じる? とお母様は言って泣いた後死にましたわ。
あの死すら繋がっていたなんて……陛下、貴方はお母様をそれほどまでに愛して、それほどまでに憎んでいたのですね。
男は裏切るもの、裏切らない男なんていない。
ああ、そう言ったのは誰だったのでしょう?
もう思い出せませんわ。愛しい人に会いに行きましょう。
そして……この愚かな戯曲を終わらせましょう。
ただ二人だけの演じ手かもしれませんわ。あははは、うふふふふ、どうしてこんなことになったのでしょう。
私は子守唄を歌いながら、泣き続けるしかありませんでした。




