金の鳥は嘆きの歌を聴きながら、永劫の眠りをたゆたう。
「あなたがいない……」
鼻歌を歌いながらシチューを煮込んでいると、苦々し気にこちらを見てディーン様は肉はいらんと言ってきます。
どれくらいの日にちが立つと聞かれましたがさあ? と答えました。
「アリスさんはそろそろレイモンド様に絶望を植え付けられたころでしょうかね」
「フェリカ!」
「……あら、もうお二人は別れましたかしら」
どれほどの絶望を与えたとしてもこの方はこたえないかもしれません。
いえ、あきらめようとはしていないといったほうが正しいでしょうか?
「あなたを愛しているの、永遠に愛しているの。そう私はあなたを……」
「フィリアが死んだとき歌っていた時の歌はやめてくれ!」
「あら、この歌はとても素敵ですわ」
「その歌は嫌だ!」
わめく、暴れる。挙句の果てににらみつける。
そういえば小さいとき、たまにこんなことをされてましたわねディーン様。
私は薄く笑うと、シチューを皿に盛り付け、今日はどんな光景が見られるでしょうか? と笑います。
「フェリカ、今はいつだ?」
「さあ、冬ですわ」
「違うだろう!」
「……衣食住、すべては満たされているこの毎日にご不満でも?」
私の言葉に外に出てみたいと繰り返すディーン様。
アリスさんの映像を見せてあげましょうと笑うと、もういいと首を振られました。
「あらどうしてですの?」
「もういい」
寝台の鎖をつけてあげましょうか? と笑いかけるとせめて本の一冊くらいは欲しいと言ってきましたわ。
ちらっとナイフを見て手に取ろうとしますが、魔法が発動しますわよと笑いかけると恐怖の色が目に浮かびましたわ。
「レイモンド様はフィリア様の命日には一緒にお墓参りに行きましょうと言いましたのに、私約束を破ってしまいましたわ」
「え?」
「申し訳なかったですわ」
「……では今は夏の終わりなのか?」
「さあ?」
小首をかしげてどうでしょうと言ってみると、もううんざりだと首を振るディーン様。
私はナイフを手に取り、リンゴをむきながら歌を歌います。
「なあ、アリスはどうなったんだ!」
「……さあ? 放逐されて野垂れ死にされましたわ」
「え?」
「婚約破棄されて、レイモンド様に捨てられて、放逐されて野垂れ死にですわ」
「嘘だろう!」
「本当です」
クスクスと笑い、私は水晶玉に手をかざします。すると栗色の髪の少女が倒れている光景が映し出されましたわ。
薄汚れた少女を凝視するディーン様。
「これはアリスか?」
「さあ?」
「でもアリスそっくりだ」
「ならそうなんでしょう、死にそうですわね。ほら」
私が指さすと、息をしていることすら感じられない少女の姿が目に映ったようです。
どうしてこんなことにとディーン様が泣くと、これは誰なんでしょうね? と私は笑ってましたわ。
うふふ、ほら首筋にほくろなんてあの方ありました? と尋ねてみると、ないはずだと慌ててディーン様は少女の首筋を……。
「はい今日はここまでですわ」
「どうしていつも……」
「野垂れ死にするのなら、もう少しきれいに死んだほうがよかったでしょうねえ。イーストエンドですわよここ」
「え?」
「浮浪者たちに死体はたぶん……」
「死体売りに?」
「さあ?」
あの人は本当にアリスさんでしょうか? と笑いながら問うとわからないとディーン様は首を振りましたわ。うふふ素直な方ですわ。
愛した人のことをわからないなんて。
「あの人は誰でしょう?」
「わからん、あれはアリスなのか?」
「さあ、どうでしょうか?」
イーストエンドを適当に映してみただけかもしれませんわ。しかい薄汚れた白いドレスの少女、うつぶせに少し動きませんでしたわね。
レイモンド様が送ってくれた映像ですが、さあ、あれはアリスさんなのでしょうか?
私にもわかりません。
レイモンド様も気まぐれですから。
でもそれはそれで楽しいですわね、私は嘘をつくのがあまり上手じゃないみたいですから、私にもわからないのなら、ディーン様だってわかりませんわ。
なんて……アリスさんがどうなったかくらい知ってますわ。
あれはアリスさんかどうかはわかりませんが、彼女がどうなったかは知っておりますわ。
「うふふ、どうなったかは知っていますわ」
「教えてくれ、あれは!」
「そうですわね、そろそろ三か月ですか」
「え?」
「私に似ていたら銀髪ですわね」
「本当に君は私の子を?」
「さあ?」
私にはわかりませんわとにっこりと笑って答えてみたところ、床に座り込んで情けなく泣きだされましたわ。
しかしあの女性はどなたなのでしょう? 末路は聞いてますが、あんな風に薄汚れて、道路にうつ伏せに寝ているなんてこともありえるかもしれませんわね。
泣き続けるディーン様の嘆きを今はただ聞いているだけでした。
どうも疲れて眠ってしまったようですわ、私は子守歌を歌いながらディーン様の髪を優しくなでたのでした。




