金の鳥は愛しい女が堕ちていくところをただ観察する。
「あら、気が付かれましたの?」
「フェリカ……」
「ほら、アリスさんがレイモンド様とお話しされてますわよ?」
「お願いだ、私をここから出してくれ、気が狂いそうだ」
私はことんと机に水晶を置いて笑いかけました。
するとそこからアリスさんとレイモンド様が抱き合う映像が浮かび上がります。
泣いているアリスさん、慰めるレイモンド様。茶番ですわ。
床に転がりながらそれを見るディーン様。
傷だらけですけど、まあそれくらいなら死にませんわよ。
『ディーン様が、ディーン様が……フェリカ様と一緒に駆け落ちなんて』
『本当だよ。僕が王太子になることに決まって、ディーンは……どうもどこかに消えてしまったみたいなんだ。フェリカはあとを追って』
適当なウソはお得意なのは知ってますけど、レイモンド様。適当すぎますわよ。
私は床に座り込み、もうお二人は婚姻されましたかしら? と小さくつぶやくと、今はいつなんだとまたたずねてくるディーン様。
『私、捨てられてしまったのですか?』
『そうだね、そうなるかな』
レイモンド様が笑って言うと、その胸に縋りつくアリスさん。
私がこの方、意外に気が多いですわよねと笑うと、アリスのことはもういいからやめてくれと悲しそうにこちらを見るディーン様。
「うっ……」
「雷撃の傷はつらいでしょう? 癒して差し上げましょうか?」
「いらん、癒しなどは求めん」
「やっぱりまだ諦めてらっしゃらないのね」
「……フェリカ、私を閉じ込めて、二人だけになれば愛が芽生えるとか言ったな。私は君を優しい人だと思っていた儚げで守ってやりたいと、しかし今の君はベアトリーチェ殿に似ている。どうしてだ? 君はどうしてそんな風に」
「あら、こんな風にしたのはディーン様ですわよ?」
「え?」
顔をあげてこちらを不思議そうにみるディーン様。
だって私は優しい人でありたかったのですわ。ディーン様さえ……。
「ディーン様さえ、私を愛して、ずっとずっと一緒にいて愛し続けてくだされば、私、優しい人でいられましたの。寂しがりやで優しい、人見知りのフェリカでいられましたのよ。ディーン様のために王太子妃となるために社交もある程度してきましたが、私元々は人見知りでしたのをご存知でしたでしょう?」
「ああ」
「私、優しい人でいたかったのですわ。お母さまみたいに恐れられるのは嫌でしたの。お父様もそうでしたわ。二人とも皆に怖い人と恐れられていましたの。その娘というだけで私もそんな目で見られました。私の母は麗しく美しいベアトリーチェ、しかし苛烈、王太子との婚約を自ら破棄して公爵の一人息子に走った不貞の女、魔性の女、そして父の公爵といえば優し気な容貌は見かけだけ、笑いながら談笑していた相手、友好関係にあったり、友人だと思っていた相手すら平気で裏切る。そんな人、その娘なんてどんな人間だ? とよく噂されました。だから優しい人でありたかったのです」
「君は……」
「私はあなたの愛だけがあれば生きていけたのです。それがなくなったときに絶望したのですわ。死のうとまで思いましたの、その時、ふっと死んだらアリスさんが喜ぶだろうと思ってやめましたの」
私はまっすぐにディーン様の目を見て語ります。
だって私は陛下に死のうと思ったときの話をしたとき、陛下は静かな怒りを向けられました。
ディーンを殺そうか? とまで言われたほどです。
「陛下は、母をまだ愛されているのです。その娘である私も大切だと」
「……私にもそういったことがあった」
「私の両親はこの婚約に反対でしたの、だって陛下との婚約を破棄したのは母ですもの、それに母はもう子供は産めない体でしたの、私が婿を取って跡を継がないとだめなのに王太子妃なんてね」
私は静かに微笑んで語ると、私はそれは知らなかったと唇を噛みこちらを見るディーン様。
密約と言われましたが、ただ単に陛下が私をディーン様の婚約者にと望まれましたのよ。
「どうしてもといわれ父と母は折れたそうです。もし私に子供が二人できたら一人を養子にして、子供ができなければ、もしくは一人なら、公爵の家の血筋から養子をとるのを認めると……そこまで言われたら両親も諾というしかありませんでした」
「どうして父上は……」
「愛した女の娘だったからみたいですわ。今は忘れ形見とも言いますか」
ロマンチックな考えですが、母の書付に書いてあったことを想像するとこれが真実のようです。
それに陛下の申し出なら受けるしかないが、どうしてか理解できないとお母さまは書かれていました。
確かに自分を裏切った女の娘を自分の息子に添わせたいと思うとは、しかも私は裏切り者の父の血もひいていますのに。
「父上は君を……」
「娘のように思っていると言われましたわ、だからこそディーン様、あなたを許せないと」
「娘?」
「ベアトリーチェの愛した娘、なら自分も愛するべき存在だと」
「理解ができない……」
「私も陛下のお考えは理解はできませんが、どうも母の娘だからこそ私の言うことも聞いてくださったようです」
愛した女の娘だからという理由、まあ、私が父に似ていたら、もしくは息子ならあり得なかったかもしれません。
懐かしそうに目を細めて、ベアトリーチェに似ていると笑われたこともありましたわ。
陛下にとっては母は母で、私は私ですが、どうも在りし日の母に私が似ているからこそ大切みたいです。
「……それほどまでにベアトリーチェ殿を」
「愛されているようですわね」
それほどの愛があれば、私はディーン様と幸せになれた。
そんな愛を向けてくだされば、永遠に幸せになれたのに。
「どうして、私を裏切ったのですかディーン様?」
「……アリスを愛してしまった」
「私が重かったのですか?」
「君の愛情が重いということはない、だけど君と添い遂げてというか、そのような未来しかないと思ったら……」
「はあ?」
「本当の愛情だろうか? という疑念が湧いた」
私はふうと小さくため息をついて、ディーン様をまっすぐに見ました。
とぎれとぎれに考えつつ答えるディーン様。確かに未来が決められていると思ったら迷いますわよね? でもそれは浮気というか、他の人を愛する理由としては弱いですわよ。
「私の愛情が重かったのですの?」
「いや違う……」
「はあ、違うのですね?」
「違う、君を愛していた。だけど……」
「はいわかりました。今日はここまでにしましょう。ああ、ディーン様、あなたに似ていたら金髪ですわよね私たちの……」
「だからそれはどうなんだ!」
「さあ?」
私は歌いながら、リンゴはおいしいですわよねと小さくつぶやきます。
裏切りの味は蜜の味、それはとても甘美と笑うと、狂っているのか? と又聞いてきます。
「さあ?」
私はどうしても絶望を思い知らせたい、いえ、再び愛してほしいのです。
でも今のディーン様は私をやはりまだ愛してはくれていないようでした。




