裏切り者に鉄槌を
「さて、フェリーシカ、カーディス。そなたの願いとは何か?」
「……罪人へ鉄槌を」
「さて罪人とは?」
「王太子殿下、ディーン・アルトウェイズです」
私は玉座に腰掛けた男性を前に頭を上げました。
厳しい顔つきの王、陛下はふうとため息をつかれます。
「その罪とは?」
「婚約者である、私、公爵令嬢、フェリーシカ・カーディスを裏切り、庶民、アリスと恋とやらに落ち、不義をはたらいたことです」
「ふむ、それで望みは?」
「あの方の生命を、あの方のすべてを、あの方の……」
「すべてを手に入れたい、それほど愛している」
陛下が歌うように語り、ふうとまたため息をつかれました。
私の望みはただひとつだけ、あの人の心でした。でも心がない今は体だけでも構いません。
「あれは愚かだ。そしてお前も愚かだ。フェリーシカ」
「ええ」
「なら、その愚かさに殉じてみせよ。お前の望みを叶えてやろう」
怠惰は罪、ただ何もない牢獄で王をするのは退屈、この方はそう仰られたことがあります。王太子殿下はこの方の怖さをご存じない。
レイモンド様と何処か似ておられます。
全てを諦めた方なのです。
だからこそ怖い、人は守るべきものがないと強い。
弱さが欠片もなくなるのです。
その怖さを知らないディーン様は本当に幸せですこと。
「殺すか?」
「いいえ」
「なら、どうする?」
「薬で意思を殺し、体だけを手に入れるのもいいかもしれませんわね」
「そうか」
「しかしそれは愚か者のすることです」
私はふわりと銀の髪をなびかせ、陛下の目を見ます。
厳しい青の目はあの人と同じ目の色です。
「私はあの人のすべてを手に入れます」
「どうする?」
「ベアトリーチェ、私のベアトリーチェ、お前のすべてを愛していた……」
「ほう、それを吟じるか」
「ええ」
陛下の初恋は、裏切りに消え、私の初恋も裏切りに消えました。
麗しき乙女ベアトリーチェは、陛下を裏切り、公爵と……その二人の子が私。
「どうしてベアトリーチェを求めなかったのですか?」
「何もかもどうでもよくなったのでな」
「私は……」
「好きにせよ。お前の望みを叶えよう」
この人の心はたぶんもう死んでいる。
母がこの人を裏切ってから……。
似たもの同士かもしれません、私たちは。
空ろな目で私を見る陛下、私は死んだ母が愚かだったとは思います。
だが、今は私はこの人のたった一人の息子に裏切られた愚かな女です。
「恋焦がれるほど苦しいのです」
「どうする?」
「そうですわね、あの人の信じるものを砕きましょう」
「アリスか?」
「アリスさんにはもっと素晴らしい男性をあてがいましょう。誘惑に勝てますかしら?」
「お前もベアトリーチェによく似ている」
「光栄ですわ」
私を憎んで、私を殺してくださいますでしょうか?
ああ、それもいいかもしれませんわね。
陛下、私はあの人の大切なものを砕きます。
でも知らない振りをしていてください。
私が笑うと、陛下も少しだけおかしげに笑われました。
ああ、あの人は私を殺してくださいますでしょうか?
憎んでくださればいいですわ。
私を愛しているといったその口で、ほかの女に愛を語り。
私との婚約破棄を考えたあなたが愚かだと思い知らせてあげます。
私は陛下にゆっくりと私の計画を語ると、陛下は少し愉しげに笑われたのでした。