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愚かな女の愚かな企てを見て公爵令嬢は涙する。

「フェリカ様、私、怪我も治りました」


「よろしかったですわね」


 皆がいる教室で、アリスさんがとても楽しそうに笑いながら私に近づいてきました。

 隣にいるのはディーン様。

 今度は何をしたいのでしょう?

 皆がまっすぐに私たちを取り巻いてみていますわ。

 学園はもうすぐ休みに入りますが、アリスさんが私に話しかけてくるのは久しぶりです。

 療養という目的で数日寮で休まれていました。

 その間、ずっとディーン様がお見舞いに行かれていたのは知っていますわ。

 うふふ、ずっと見ておりましたのよ。私も趣味が悪いです。


「私、フェリカ様のことは許します」


「何を許されるのです?」


「私のことをどうでもいいとか、話したくない相手だとか言われていたことをです」


「はあ」


「ディーン様にお伺いしましたが、私と仲良くしたくないと、興味がなくてどうでもいい相手だといわれていたと」


「とらえ方の問題です。私はお友達は自分で選びたいとお伝えしただけです。私は気が合う方とだけお友達になりたいのです。押しつけのものはいりませんの」


 私はにこやかに笑いながら答えます。実際、ディーン様が告げ口をするのは予想していました。

 アリスさんは悲しそうに肩を震わせて泣き出します。


「どうでもいいなんてひどいです」


「どうでもいいのではなく、私はお友達は自分で選びたいだけです」


「私が庶民だから馬鹿にされているのですね」


「馬鹿にはしていません。私はアリスさんがお友達になってくださいと言われているとお伺いしましたが、どうしてディーン様が私に仰るのです?」


 私は優しく笑いながらハンカチを差し出しました。すると驚いたようにこちらを見るアリスさん。

 どうも私が怒ると思われていたようです。

 皆も動揺したようにこちらを見ています。ディーン様は黙ってこちらを見ています。


「私、お伝えしたことありました。でも」


「アリスさん、私は申し訳ないのですが公爵令嬢という立場にあります。するとどうしてもお友達にと仰ってこられる方は多いです。しかし私は私の立場ではなく、私自身を見てお友達になりたいと言われる方が好きなのです。アリスさんが私の立場を見て言われているのだとは思いませんが、私は昔からそのような方ばかり見てきて、もう学園ではお友達は作らないと決めましたの。だって裏切られるのもつらいですわ」


「え?」


「お友達と思っていた方に裏切られて、悪口なども言われたことがありますもの。だから私はもう卒業するまでこのままでいいのです。申し訳ありません」


 私が頭を下げて謝ると、泣くのをやめて驚きの目でこちらを見るアリスさん。ディーン様はさすがにそれは寂しいだろうと声をかけてきます。

 アリスさんの涙を自分のハンカチで拭いてあげるなんてお優しいですわね。


「私が決めたことです。ディーン様」


「しかし」


「あなたには関係ありません。私の考えに口をはさむのはやめてください。悲しいです」


 私がつうっと涙を流すと、皆がかなり動揺しているのがわかります。怒ると思っていた私が泣いたからでしょう。

 私が肩を震わせ泣くと、アリスさんは泣くのをやめて呆然とこちらを見ています。


「私は裏切りを経験してきました。だからこそもう一人でいいのです。お友達だと思っていた大切な方も失いました。だからこそ私はこのままで結構です。お願いですそっとしておいてください」


 私の言葉に動揺する生徒たち、ディーン様はアリスさんの肩に手をおいて頭を振りました。

 あきらめろというように。


「ディーン様、私のお気持ちわかってくださいますわよね?」


「ああ」


「ならそっとしておいてくださいまし」


「フェリカ」


「もうすぐ大切なあの方が死んだ日です。私にその日を悼ませてくださいまし」


 私がまっすぐにディーン様を見て泣くと、皆は泣いていると呟き、あの人が泣くなんてと動揺する声が聞こえてきます。

 人前で泣くのは実はめったにありませんでした。というより学園で泣いたことはありません。

 正確にはディーン様の目の前でだけは泣いたことがあります。

 人の目につかないところでそっといつも泣いていました。

 学園ではいつも皆が何かを競い合い、私はいつも孤独でしたわ。

 フィリア様がいたときはまだよかったのですが。


「お願いですそっとしておいてくださいまし」


「フェリカ様、私はその方のかわ……」


「フィリア様の代わりなんてどこにもいませんわ」


 私が名前を告げると、皆がもっと余計に動揺するのがわかりました。

 自殺した公爵令嬢、王族の婚約者、その名前はある意味禁忌でした。というより皆が名前をあげないようにしていたのです。

 醜聞でしたから。


「お願いです……そっとしておいてくださいまし」


 大切なお友達のフィリア様の名前をここで出したくはありませんでした。

 しかしそうでもしないとこの人は多分黙りません。

 さすがにフィリア様の名前は知っていたのか、アリスさんは泣くのを完全にやめて黙り込みました。


 沈黙が続きます。


「一人にしておいてくださいまし、もう私……」


 私は踵を返して、泣きながら走り出すと、誰も追いかけてくる人はいませんでした。

 茶番ですわ。

 でも私が怒らなかったせいで、どうもアリスさんのたくらみは無駄に終わったようです。

 これくらいのことはさすがにできますわよ。


 私が教室を出て、そして中庭に向かいました。

 するとレイモンド様が木陰から出てきて茶番だなと笑います。


「本当に神出鬼没ですのね」


「盗み見をしているもんでね」


「わかりましたけど」


「ああ、フィリアの名前を出すとは思わなくてね」


「怒っておられます?」


「まさか、怒ってはいない、フィリアは君たちのことを心配していたから構わないが、しかしあの女の前で僕の恋人の名前を口にだしたことが不快だ」


「怒ってないといわれますが……本当は怒っておられるのではないですか?」


「ああ」


 レイモンド様はいつものように軽く笑うと、フィリアの名前はもう口に出すな、僕だけのものだ。

 皆の前で二度と口に出すなと呟きます。


「わかりました。申し訳ありません」


「あいつらがフィリアのことをまたあれこれ言いだすのが嫌だっただけだ」


「申し訳ありません」


「もういい、だけど……」


 フィリア様の自殺のことを皆が噂するのがわかります。


「もうしわけありま……」


「謝るな、僕も悪かった。しばらくはフィリアの噂がまた広がるだろうな。だけどもう慣れっこだ。フィリアが死んだあと、かなり噂をされたからな」


「私、フィリア様のことを考えずに噂はかなりひどかったですのに」


「もういい、だから気にするな」


 レイモンド様が両手を上にあげて、ああいうしかなかったんだろうと笑います。

 私はでもまたフィリア様のことを、あけすけに噂をする人がいるかもと思い至りました。



「気にするな。君は甘い。そこがだめだ」


「甘さは捨てたはずです」


「そうだ。僕を利用しろ。フィリアだって君のことは気にしていた」


「申し訳ありません」


「ああ、だからもう謝るなよ」


「はい」


 フィリア様のことはしばらく噂になるでしょう。

 

 黙り込むレイモンド様、フィリアが死んだ日はもうすぐかと呟きます。


「お墓参りに行きましょう」


「ああ」


 私たちはそれだけしか口にできず、ただ黙り込むしかありませんでした。

 茶番はこれまでにいたしましょう。私と仲良くしたいのに私が否定するというのを皆の前で演じるアリスさん。ばかばかしい。

 迷っていた期間が本当にもったいないです。しかしなかなか機会が巡ってこなかったのが残念ですわ。 準備は万端、早く金の鳥を捕らえましょう。

 後数日です。愛しい鳥を捕まえて、私の悲しみを伝えましょう。

 もう愚かなアリスさんとの茶番を演じるのはまっぴらです。

 私の悲しみ、大切なディーン様を王太子という地位だけで貴方が私から奪い去ったという愚かしさを思い知らせてあげます。

 





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