銀の令嬢は金の鳥を捕らえる密談をする。
「しかし、ディーンのやつ、僕と君の仲を疑うなんて」
「破棄をするのには理由が必要ですからね、不義は一番いい理由です」
「さらっと言うな君」
「それ以外はありません」
足を組んで椅子に座るレイモンド様、私達は屋敷の一室で密談をしています。
しかしここにいるのがレイモンド様というだけで疲れます。
彼と会話をすると陛下との会話のように、何か意味がないような気もしますの。
言葉遊びをしているようにたまに思います。
「不義は疑われないようにか」
「実際、私達は不義などはしていませんが」
「アリスとの不義を疑われるようにしたらどうだろう!」
「それは最後です。絶望を与えるためにはよろしくありません」
「怖いなフェリーシカ」
腕を組んでにっこりと笑うレイモンド様、実際、私は死んでしまったフィリア様に聞いてみたいです。
この方との会話疲れません?
私も人のことは言えませんが、何か気持ちがわからないというか、陛下と会話をしている時のようです。
「しかし、フィリアはいつも一方的に話をしては喜んでいたが、君は何を考えているかわかりにくいな」
「フィリア様と比べないでくださいまし」
「そういうフィリアを見ているだけで僕は幸せだったよ」
とろけるような笑顔で幸せそうに話すレイモンド様。
ならどうしてそれを直接言葉にされなかったのでしょう?
どうしても私はフィリア様が死んだ時のことと、遺書のことは忘れられません。
あなたは生きて下さいねレイモンド様。
私はもう生きていられません。
幸せになってください。私がいないほうがレイモンド様のためにはいいと思います。
新たな婚約者を探してください。
こう書いてありました。
レイモンド様、どうして言葉にしなかったのです?
そうすればフィリア様はあなたの隣でずっとずっと微笑んでくれていたのに。
「私はフィリア様のことを忘れません。レイモンド様」
「あなたは生きて幸せにだって、はっばかばかしい、フィリアのいない世界で幸せなどがあるものか」
「あなたはフィリア様の苦悩するさまを見て喜んでましたわ。観察してましたわ。そういうところが私は苦手ですのよ!」
「フィリアが僕に嫉妬して苦しむさまを見て、僕は愛されていると自覚できた! 僕はフィリアを愛していた!」
「言葉にしなければわかりませんわよ!」
「ディーンなんか言葉にしても裏切っただろう!」
初めてこの方の激情を見ました。
強い憎悪を金の目に宿し、私を強くにらみつけるレイモンド様。
歪んでいる愛です。
でもフィリア様が苦しんでいるさまを見て喜びを感じるなんて。
とても私には理解できませんわ。
いえ金の鳥を飼おうとしている私が人のことは言えませんわね。
「愛されていると試さないと僕は愛を自覚できなかったんだ!」
「試すなんて性格が悪すぎます!」
「君に何がわかる!」
私たちははあはあと肩で息をして、そして黙り込みました。
怒鳴りあって疲れました。
「あなたも歪んでます。フィリア様は素直な愛の言葉さえあれば死んでなんかいませんわ!」
「生きて僕の隣で微笑んでいてくれたって! はっわかっている。だから僕は後悔した。しかし死んでしまったものはしかたないだろう! どうやってフィリアが戻ってくるんだ。戻せるならあの時に戻りたいが無理だろう!」
確かに時は戻りません。
フィリア様の躯を抱いて泣き叫んでいたレイモンド様。
あの時、みなびっくりされていました。
「もう戻りませんわ」
「ああ」
「なら生きて幸せになることが、フィリア様への」
「フィリアのいない世界で幸せになんてなれるか!」
「……私もあなたも陛下もどこか歪んでますわね」
「そうだな」
私たちはどこか似ているのです。だからこそ感情をぶつけ合ってもどうしてもこんな感じになる。
フィリア様なら、やさしい人だったからレイモンド様とお話しができたのでしょうが、でもどうしてもレイモンド様が女遊びをするたびに嫉妬して苦悩して、そんな自分が悲しくて。
多分死んででしまったのです。
遺書があったということで自殺として処理されました。
でもあの時自殺するなんて思いませんでした。
レイモンド様は言い争いをしても仕方ないと、私を見て笑います。
「罠はいつ?」
「休みに入ってからだな。あのアリスという女、意外に用心深い」
「へえ」
「ディーンもアリスとの密会についてはかなり慎重だ」
「陛下が魔法使いの手練れをお貸しくださるようです」
「ああ見えても僕たちよりもディーンのほうが魔力が強く、武術も使えるからな」
「ええ」
私たちは金の鳥を捕らえる相談をします。
さすがに私の寮の部屋や学園はまずいです。魔法を使われたらたまりません。
魔法を封じる道具などもありますが、直接体につけないだめです。贈り物といって渡そうと思いましたが、さすがに魔力封じはばれるでしょう。
薬で眠らせても考えましたが、寮や学園内だと人目があります。
なら一人になったところを狙うしかない、意外に一人になることがないディーン様。
アリスさんとの密会を狙いましたが、なかなかうまくいきません。
慎重にしないと。
早く金の鳥を捕まえたいですわ。
「ディーン様は欠席ですかやはり」
「ああそうだな」
陛下がどうしても出席するようにと言われたので、この人の隣にいるだけです。
ディーン様は今、アリスさんのところにいますわ。
ばかばかしい。
「しかし、退屈だな」
「そうですわね」
二人で飲み物を手に、壁に二人たちぼそぼそと話しています。
ちらちらと皆が見ていますが、ダンスなんてしたい気分ではありません。
エスコート役がレイモンド様では楽しめません。陛下のご命令なら仕方ありませんが。
「しかしおじ上も趣味が悪い。僕と君が二人でいるところをみなに見せつけてディーンを嫉妬させようとでもしているんだろう」
「私があなたと? ばかばかしいです」
「ああそうだな」
ディーン様といつも踊っていました。とても楽しい時間でしたわ。
でも今は退屈すぎて疲れてくる時間になっていました。
だって主役の王太子も王もいない夜会、王弟殿下も欠席、いるのはレイモンド様だけ。
こんな状態で王宮の夜会なんて開くものではありません。
しかし定期的に行われていました。
陛下の力を貴族に見せつけるためです。
伯爵以上の貴族は出席していましたが、さすがにアリスさんは出席はできません。
どうしても私たちは似た者同士のようです。ディーン様がアリスさんと二人で過ごしていると考えるだけで心が嫉妬で狂いそうです。
なのにこんなところでこんな人とどうして。
「早く終わりませんかしら」
「時間の無駄?」
「ええ」
「本当にディーン以外はどうでもいいんだな」
「ええ、ディーン様がいない夜会なんて時間の無駄です」
聞こえる音楽すら不快です。
アリスさんがにこやかに笑ってディーン様の手を取って……ああこうしている間にも。
私も気が短くなってきたようです。
この頃ずっとディーン様が私を見ては、何か言いたそうにして、尋ねると言葉を濁します。
それからアリスさんは私を嘲るように笑ってみています。
他の学園の方もそうですわ。
隠そうともしていません。私がアリスさんを突き落としたという噂は広まっています。
訂正はしていません。
ごまかそうと思われるのが関の山です。
だって私が突き落としていない証拠はありますもの、陛下にお話ししたところ『馬鹿馬鹿しい』と一言言われただけでしたわ。
ディーン様はアリスさんに会ってからおかしいです。
元々、正義感が強く、女性に優しく、おせっかい焼きなところはありました。
そんなところが好きなのですが、どうしてもそれがアリスさんだけに向けられていくのです。
「ああ、どうしてこんな……」
「無駄な時間というわけか」
「ええ」
「多分陛下は気分転換にと思われたんだろう」
「え?」
「こんなくそ面白くもない場所でも、君はいつもふさぎ込んでいるから少しでも気分が変わるだろうとでも思われたんだろう。一応、気を使われているんだおじ上も、だってディーンが君のことを完全に無視しているのなんてこれまでなかったからな」
「ええ」
「さすがに気分転換にはならないだろうが、いつもいつもふさぎ込んでいれば病気になる」
「ええ」
「とフィリアなら言っただろうな」
「え?」
「君のことを心配していた。フィリアは」
「どうして?」
「君はディーンを愛しすぎていると、もしもだディーンが心変わりをしたときは君は死んでしまうかもしれないと言ったことがあった」
フィリア様はやはり私のことをわかってくれていた。そう思うと少しだけ心が軽くなりました。
レイモンド様はいつものどこか虚ろな目でしたが、からかうように笑いながらもフィリアは優しかったよなと呟きました。
「ええ」
「フィリアのことを忘れないでいてくれてありがとう」
「忘れられませんわ」
「しかしもう2年になる。フィリアのことを忘れていく人間も多い。まあそのほうが都合がいいか下種な噂もあったからな」
「ええ」
「16の僕は愚かだった。今も愚かだが、フィリアがいなくなって少しだけはディーンや君のことを考えられるようになったつもりだ」
「レイモンド様」
「フィリアの心残りは君たちのことだから、力は貸す」
「ありがとうございます」
「フィリアが夢に出てきて、君とディーンのことが心配だと言った。それで思い出した。本当に君たちのことを心配していた。本当にフィリアはおせっかいだ。死んでまで君たちのことを心配しているなんて」
「本当に」
フィリア様、あなたはとてもやさしい人でした。
私はふうとグラスのワインを飲み干し、死んだフィリア様のことを思い出して少しだけ笑いました。
死んでまで心配させているなんて……私はどうしてもフィリア様を心配させる運命ですのね。大丈夫です私は金の鳥を捕らえて見せます。
「機会はいつ?」
「あと1週間後」
「わかりましたわ」
鳥を捕らえる相談をするときだけが生きているという感じがしました。
金の鳥のことを考えて笑ったのでした。