花束を抱えて死んでしまった公爵令嬢を悼むのは誰?
「あれ、フェリーシカ? 王宮で見かけるなんて珍しい」
にこやかに笑うレイモンド様を見る私。
少し笑顔を消して、レイモンド様は意外そうに私を見ました。
「何かあった?」
「いいえ、何も」
私はレイモンド様を見ましたが、彼は笑顔を完全に消して、私をじっと見るのです。
いつものように黒い服を着た彼は、静かな表情で次の瞬間私を見ました。
「……ディーンのこと?」
「ええそうですわね」
「きがついてしま……」
「ええ」
レイモンド様が珍しく顔を歪めて、寂しげに笑いました。
ああ、いつもこの方は笑っている……だけど今は何処か目に悲しみを宿していました。
「レイモンド様、どうされましたの?」
「どうしてあいつ上手く隠せ……」
「あら、やはり知っておられましたの?」
私はにっこりと笑い、ドレスのすそをつまみ、優雅にお辞儀して見せました。
すると恐れるように身をひくレイモンド様。
「フェリカ、君……」
「あなたように私は諦めませんの」
「え?」
「何もかもどうでもいいと、貴方も陛下のように思っておられるのでしょう?」
「フェリーシカ、感じが変わった?」
「あなたのように婚約者を自分自身の手落ちで失いながらも、今もこの世界に存在し、八つ当たりのように女性達と遊び呆けている。そのような方に私とディーン様のことをとやかく口出しされたくありませんの」
「フェリカ?」
「あなたのせいで、フィリア様は死んだのですわ。それは確かです」
「君に私とフィリアのことは言われたくないね」
「私も同じ気持ちですの。あなたに私とディーン様のことを言われたくありませんのよ」
私がゆっくりと話すと、ますます驚いたように目を開くレイモンド様。
あら、そのような表情をされるとディーン様と少し似ていますわ。さすがにいとこ同士ですわね。
私がおかしげにクスクスと笑うと、ふうと小さくため息をレイモンド様はつきました。
「君は何処かあの時のフィリアに似ている。狂ってしまったのかい?」
「はいそうですわね。そうかもしれませんわ」
フィリア様は楽しげに笑い、湖に身を投げ、自殺されたそうです。
いつもレイモンド様は来るもの拒まず、女性にだらしなく、フィリア様をないがしろにされていました。
嫉妬に身を焦がしたフィリア様はとうとう気が狂って死んでしまわれたのですわ。
「あなたに言われたくありませんの。私、不実な人は嫌いですのよ」
「そうかい、僕は不実かい」
「ええ、そうですわね。私、あなたのことはどうでもいいですけど」
クスクスと私はまた笑い、レイモンド様を見ます。
初めてこの方の驚いた顔を見ましたわ。ああおかしい、ディーン様に少し似ている所もまたおかしいですわ。
「だって婚約者なんて絶対手に入るじゃないか、それまで別に遊んでもいいと思ったんだ」
「フィリア様の心を思うと苦しいですわ」
「フェリーシカ、いやフェリカ……今の僕は違う」
「失って初めて知りましたのね」
死んでしまったらおしまいですわねと私は思いましたがさすがに口に出すのは控えました。
何処か暗い目のレイモンド様が私に手を伸ばしてきたのを見たからです。
私の首に手をかけようとするレイモンド様。
「細い首だ。そうだねここで僕が絞めてしまえば君は……」
「あなたに殺されたくありませんの。手を離してくださいませ」
静かな声で私が言いますと、レイモンド様はいきなり狂ったように笑いだされて手を下に戻されました。
「あはは、おかしいな。愉快だ。君はディーンに殺されたいのか?」
「ええそうですわね」
愛しいなら、その愛を示せばよかったのです。
言葉にしないとわからないことだってあります。
私はフィリア様にレイモンド様のことを相談されたこともありましたの。
同じ公爵令嬢として、王族の婚約者としてどうしたらいいか?
直接レイモンド様にお伺いしてみたら? なんて答えた私は愚かでしたわ。
その後すぐフィリア様は死んでしまったのですから。
「アリスとディーンをどうにかするのかい?」
「さぁ?」
私は小首を傾げて、黒い服を着たレイモンド様にただその返事だけを返しました。
肯定するでもなく、否でもなく。
僕は傍観者だから、ただ眺めていようといつもの何処か愉しげな笑みに戻り、レイモンド様は言われます。
王宮にきた目的はレイモンド様と無為な会話をするためではありませんわ。私は一礼して、陛下とお約束がありますのとレイモンド様の目の前から去ろうとしました。
「陛下とね」
「失礼いたします」
やはり愉しげに笑うレイモンド様。
湖の貴公子などと呼んでいる方の気がしれませんわ。
私は王宮の廊下を踵を返して歩き出し、陛下のいる広間を目指して再び歩き出しました。
無駄な時間ですわ。
あのような軽薄な方は私は大嫌いですの。
しかし軽薄、軽薄。
ディーン様もそうかもしれませんわ、やはり二人とも血縁でよく似ていますわね。
何かおかしくなり私はつい笑ってしまったのでした。