哀れな公爵令嬢は、籠の鳥の夢を見る。
「優しい人になりたかったですわ」
「ここにディーンがいることを考えたらぞくぞくする」
私とレイモンド様は共謀者です。
だからこそその仲を疑われてはいけません。
一緒に行動することはないですが、ここにいることはばれないようにはしていました。
「ああ、あのアリスという女に口づけをした」
「え?」
「口付けをして、僕のことを愛してほしいと言ったらはぐらかすように笑っていた。見るかい?」
「今はいいです」
レイモンド様はフィリアと違ってあいつは馬鹿だなと冷たい瞳で笑いました。寝台に腰掛、どうしてあいつは君よりあんな馬鹿がいいのか理解が苦しむとつぶやいています。
「フィリアは口付けをすると恥ずかしそうに顔を赤らめた。それを見るといとおしいと思った。だがあの女、こたえてきやがった」
「はあ」
「あれはかなり慣れているな」
「そうですか」
何を聞いてももう私の中の心は黒く染まっているので何も感じません。
いえ感じなくするように心が処理しているのでしょう。
「初心を装って、でも僕にはなれた様子は隠さない。計算づくだよなあれ」
「はあ」
「人を見て態度を変えている」
「はい」
返事しかできない状態が続いていました。
心が冷え切っていくようです。
お母様が亡くなって一人泣いていたときの気分に似ていました。
「愛していると囁いて、君は? と言ったらさあ? などと言われたが」
「本気でアリスさんがあなたを愛するようにしてくださいな」
「まあやってはみる」
「そうですね、冷たくしてみることです」
「え?」
「言い寄られている間は、油断していますが、冷たくされればたぶん追ってきます」
「ああわかった」
レイモンド様がいたずらっぽく笑いました。金の目に浮かぶのはしかし虚ろ。
フィリア様が寂しがりやさんな人ですと笑っていってたことを思い出します。
ただ一人を愛するのは悪いことなのでしょうか? いいえ違います。
複数の愛なんて持つことはできません。
ディーン様は愚かですが、私はやはりあの方が愛おしい。
姿を見るだけで心が痛む。愛してほしいと願ってしまう。再び愛してほしいと。
「しかし、あれは僕の好みじゃないな」
「そうですか」
「退屈だから、まあやってみよう」
密会と思われない様に会ってはいました。陛下のお力もありますので大丈夫でしたが。
レイモンド様は愉しげに笑って、しかしよくこんな場所作ったよねと言います。
「籠の鳥を飼うなら徹底しないと駄目です」
「飼う?」
「ああ、飼うは適切ではないですね。閉じ込めるですね」
「どちらも一緒だろう」
「まあ、そうですわね」
私は水晶玉でディーン様がアリスさんと会う所を見ています。
趣味が悪いとは思いますが、宿屋で密会とはこの二人も微妙ですわね。
「ふうん、手を出さないんだな」
「知りませんわよ」
心が冷え切っていて、レイモンド様との会話もおざなりです。
しかしまだ話せる相手がいるのでまだましでした。
どうとも思っていない相手でも一人で悩むよりは心の重荷は違います。
陛下はそれもお考えだったのでしょうか? 共謀者として彼の名前をあげたということは。
「ふうん、破棄するからとかいってるけど、どうやって?」
「積み重ねでしょう、私が彼女を苛めているという証拠を積み重ねて破棄するつもりだと思います」
私はディーン様の冷たい目と表情、憎しみに満ちた声音でもう心が戻ることがないと思いました。
だって私をまるで信用してくださらない。
話し合えば……などと思いましたが、何度か話してみましたがはぐらかされました。
後ろめたいとは思っているのでしょうね。
「私は愚かな人でした。ずっとずっと愛し続ければ、相手も愛を返してくれると幻想を抱いておりましたわ」
「ディーンだってアリスがあら……」
「そうですわね、でも本当の愛なら、あんな方が現れても心が動くことなどないはずです。私のことが鬱陶しかったのでしょうか? 私はディーン様だけをずっと見てきたことが……」
「そんなことはない」
「もう疲れました」
愛しています。ずっとずっと。
でも今見ていた会話の中で、私をもう愛していないとアリスさんに断言されていたのを見てすうっと心がまた冷えて行くのを感じました。
私の愛が重かったそうです。
「……うふふ、私の愛が重かったらしいです」
「いやアリスに言われたからだろう。本気では……」
「レイモンド様に慰められるようでは私もうおしまいでしょうね」
遠い目でレイモンド様を見て、私は真っ赤な林檎をかしりとかじります。
裏切りが林檎の花言葉なら、絶望の花言葉は?
もう疲れました。
でも愛しいという想いは消せない、私も愚かです。
もう泣くことすらできず、二人の会話をただ見ていました。