表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/38

愚かな国王は、愛を裏切った女の昔語りをする。

「陛下、お話があるとお伺いしましたが」


「ディーンを殺したいとは考えないのかフェリーシカ・カーディス?」


「ええ、殺したいとは思いません。アリスさんのことを殺せばディーン様が戻ってきてくださるかなどと愚かに考えましたが」


 いつものように憂鬱そうに玉座に腰掛け私をうつろな目で見る陛下。

 英邁であると言われている陛下、でも本当はとても怖い。

 お母様だけが陛下のことを知っていたのかもしれません。


「あれは、私に婚姻の儀を通常通りにしてくれ、後そうだな、婚姻を考え直したいと話してきたぞ。あれも馬鹿な息子だ。ベアトリーチェが私ととの婚約を破棄したときのことを根掘り葉掘り聞いていったが、あの手段は封じた。もう誰も婚約を一方的に破棄なぞはさせん」


 暗く冷たい光が陛下の目に宿ります。

 ああ感情が灯ったのは久しぶりに見ました。


「お母様はどうして?」


「ギルバートのことを愛している。私のことは愛していないと後で聞いた。愛していない相手と添い遂げたいと思えないと、まあ正論だな」


 お父様のどこがよかったのか? 物心ついたときからみなに恐れられていたお父様。

 優しげに見える微笑み、でも談笑しながらその相手を平気で裏切る。

 そんな人のどこがよかったのか理解はできかねます。

 わが父ながら性格は最悪です。


「自分の顔を美しいと言わないから、だから愛したと聞いた」


「え?」


「あれは自分の容姿を厭っていた。私はそれに気がつかず、君は美しいなどと褒めたたえていた。愚かな男だった」


そういえばお父様だけがお母様の容姿を美しいといったことはありません。

美しいベアトリーチェと言った事はありましたが、その美しさは性格や気性だとよく言っておられました。

君のその気性は素晴らしい、君のその言い方は最高だなどとはよく言っていました。

お父様にとっての美しさはお母様の性格だったようです。


「しかし私はベアトリーチェを愛している。今もだ」


「ディーン様が陛下のような方だったらよろしかったのに」


「しかし私の想いも妄執に近い。あれは私とは違う」


 永遠という言葉はディーン様には当てはまりませんでした。

 アリスさんが私の悪口を言ったときに冷たい目をされていました。


 どうしてあんなところでキスをしていたのです? ディーン様。

 私とあなたが始めての口づけをしたところと同じ場所で、違う女に口づけをする。

 それは裏切りと思いませんでした?


「妄執でもなんでも、私はあの方にそんな風に愛してほしかったのです」


「あれは、私より、亡くなった王妃に似ている」


「え?」


「王妃は私のことなど愛してはいなかった。私の地位を愛していた。あれにディーンは似ている」


 亡くなった王妃様のことはよくは知りません。しかしうつろな目に戻り、陛下は淡々と話されます。


「だからお前はあれの誠意などは信じるのは愚かなことだと自覚することだ」


「自覚はしています」


「いやまだ少しお前は甘い、あれがお前にまた愛を囁いてくれるかもいれないなどと、一縷の望みを抱いてはいないか? あり得ない」


「やはり計画を……」


「お前が持ちかけてきた計画だ。実行に移すのはフェリーシカ、お前だ」


 ああ、私は何もしないでもあの方の愛が戻ってくるのでは? などと一縷の望みを抱いていました。

 甘いといわれるところです。


 しかし裏切り者に鉄槌を。その心は変わっていはいません。


「私は屋敷を建てました」


「計画を実行に移すのはいつか?」


「あの方が油断をしましたら」


「そうか」


 私の心の痛みを少しでもわかってもらいたい。

 いいえ、私を裏切ったことを後悔させたい。甘いだけの女と思われているのです。

 アリスさんにも私のこの心の痛みを思い知らせてやりたい。


 私のことを馬鹿にしたアリスさん、私を愛すると誓ったのに裏切ったディーン様。

 二人を見るたびに心が黒くなっていく。


 甘い、お人よし、優しいなどといわれた私は愚かでした。


「私は甘い女です」


「しかしベアトリーチェともよく似ている」


「陛下」


「なんだ?」


「母が死んだとき、どうして笑っておられたのです?」


「ああ、これでベアトリーチェは誰も愛さない。死者は永遠だと思ったらうれしくなっただけだ」


 やはり母を殺したのは? いえこれはまだ決まっていません。

 母の書付を見たときに浮かんだ疑問でしたが、でももうすんだことです。

 暴き立ててもお母様は帰ってきません。


 冷たい屋敷で誰もいない部屋でただ泣いていた幼い私、使用人からはおざなりに扱われ、お父様は私の顔すら見に来ないそんな日々。

 ただひとつの希望も奪い去られた。


「生きていくのがつらいです。死ぬよりもつらいかもしれません」


「そうだな」


「死んでしまいたいと思ったことすらありましたわ」


「でも死ねないと?」


「アリスさんを喜ばせそうですから」


「さもありなん」


 ああ、お願いです神様、私に残されたのは、もうこの妄執しかありません。

 だから、だから……あの裏切り者たちに鉄槌を。甘い私を封印してください。


 陛下の愉しそうな笑みを見ながら、私はディーン様の昔の優しい笑みを思い出すのはやめることにしました。

 甘い自分を封印するために。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ