飯田と佐野 Handa&Sano
夏といえば海! そして太陽! の筈だったのだが。
「どうしてこうなった…」
俺は浜辺で安座しながら水平線を見つめる、気がついたらここにいた、楽しい海水浴に来ていた筈なのに今は誰もいない砂浜で海パン一つで途方に暮れている。
夏が俺達の思考回路を馬鹿にした挙句奇跡を起こした。
海水浴の勢いでサーフィン紛いな事をしようとしたら数百年に一度のビックウェーブが奇跡的に現れて目が覚めたら此処にいた。
そう、波に飲まれて遭難した。
「なんでだよ!」
苛立ち声を荒げても虚しくなるだけ、突如海面に男が現れる。
「うぉっしゃあ!」
男が手に持っているのは石の括り付けらた木の枝。
「うっわ……本当に取ってきやがった」
ドン引きな俺に意気揚々と近づいてくるこの男は名を飯田と言う、俺と海水浴に来ていた友人である。
飯田の特徴は異様なまでのプラス思考で目が覚めてすぐにこの自作銛を製作し海にダイブしていたのだ。
唯の阿呆だと思いきや鋭利に研がれた先端に魚が突き刺さっている。
「佐野! まずは一匹だぜ!」
佐野とは俺の事だ、そもそもこいつがサーフィンやりたいとかほざかなければこんな事にならなかった。
数時間前。
「サーフィンなんてできるわけないだろ」
「できる! というかやる!」
完全素人の俺達は遊んでるうちに沖まで来ていた、周りはサーフィン好きの猛者達が楽しんでいる、正直恥ずかしい、しかし猛者達が雄叫びを上げ始めた。
俺も見上げると高層ビルの様な波が襲いかかって来ていた、そもそもサーフィンでは危険な為一つの波に1人しか乗れない掟がある、猛者達はもめ出したが、空気を読まない男が1人、猛者を掻き分けパドリングを始めたのは飯田。
「飯田ぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の叫びと飯田の雄叫びが重なり奇跡が起きた、飯田が波に乗った、数百年に一度のビックウェーブに海パン一つで波乗りを成し遂げた初心者。
もうどこから突っ込んだらいいのか解らない。
「おほぉ!? 俺は今波に乗ってるぜぇ!」
「このお馬鹿ぁ!」
「こいつは爽快だせぇぇ…オクラァ!?」
彼はオクラの掛け声と共に波にに飲み込まれた。
「飯田ぁぁぁぁ!」
俺は波から逃げるのに必死だったが、サーフボード(ビート板)では到底逃げきれず飲み込まれ、気がついたら飯田とこの砂浜に打ち上げられていた。
思い返すだけでも恐ろしい。
しかも相方が能天気な飯田だ。
「なーに暗い顔してんだよ、夏だぜ夏! しかもプライベートビーチ!」
「プライベートすぎるわ! 人っ子1人いないじゃねぇか!」
「大丈夫大丈夫、近いうちに救出が来るだろ、それよりこの魚食おうぜ」
「ゔぉぉぇぇえおぅ!」
お聞きいただけただろうか、今のが魚の鳴き声だ、枝に胴体を突き刺されても未だに恨めしく飯田を見つめピチピチしている、しかも身体から出てる血は何故か青い、到底食う気にはなれない。
ここの生態系は狂っている、先程2メートルはあるだろう烏賊が水面ジャンプした姿を見た。
飯田が食料調達に赴きまくっている間に俺は全てのやる気を失ってしまった。
「ほら火打ち石で火起こすぞ」
「順応性高すぎだろ!?」
「郷に従うことは大事だぜ?」
そう話しながらも飯田は見事火を起こし魚を焼き始めた、魚の断末魔が頭にこびりつく、そもそも魚の断末魔って何だよ。
空を見上げると呆れるほどの晴天、雲一つない青空、建物一つなく背後にはジャングル、今自分が置かれている状況が一ミリも理解できない、理解したくない。
魚は見事焼き上がり俺の目の前に運ばれた。
「調味料は無いが食わないよりマシだろ」
「飯田が先に食えよ、俺は後でいいから」
「そうか悪いな!」
飯田は魚の腹に齧り付く、こいつマジで食ってやがる。肝が座っているレベルじゃない、こいつ肝無いんじゃないか?
「どうだ?」
「はむっふ! はむはむ! これは! 中々! 美味い!」
「美味いの!?」
「ほのかに塩味! 更にスパイシー!」
「調味料無い筈だろ! それ本当に魚か!?」
「おう! ほれ半分、俺は栄養つけたしさらに探検して来るぜ」
元気すぎる飯田は魚を俺に渡しジャングルに消えた、俺は仕方なく焼き上がった魚らしき生物を口に運ぶ。
魚は意外に美味かった、そろそろ俺も動かなければ、せめて寝床は確保したい。
ジャングルを振り返り頷いて未知の領域へ足を踏み入れた。
周りの生態系は独自の進化を遂げている、最早日本じゃ無いな此処は。
「何だよ」
蔦が俺の腕に絡んだ、振り払おうとしても取れない、今度は脚に絡みついて来た。
「うっそぉ!?」
俺の体は宙に浮き蔦により引きちぎられそうになった。
「佐野ぉ! 楽しそうだな!」
「楽しくねぇ! 助けろよ! いでぇ!? 死ぬ死ぬ!」
飯田の脇を一瞬で通り過ぎた影が俺の目の前に飛んで来た。
女だ、褐色の肌で獣の皮で作られた服を着た女が人とは思えない跳躍を見せ俺の目の前に現れたのだ。
「うひょー! 映画みたいだぜ!」
女は石で作られた剣で蔦を斬ると俺は地面に背面を強打したが、俺はこの人に救われた。
「ありがとう、助かったよ」
女は軽蔑な目を俺に向けていた、何だろう凄く気まずい。
「すげぇすげぇ! 佐野が世話になったな」
女は喋らず俺達を睨んでいる。
「あ、あの……」
「ウホ」
「は?」
「ウホ、ウホホウホウウホウホ!」
やっべぇこの人話通じないタイプの人間だ。
なんかすげぇドラミングしてるし、威嚇か? 威嚇なのか?
「ウホゥウホウホ!」
「飯田!?」
あろう事か飯田には通じているらしい、此奴やべぇよ、今日の日中まで日本に居た筈なのにウホ語? を理解してやがる、てかその顔やめろ、お前のゴリラ顔は俺のツボだ。
その後女と飯田のウホ語トークは続いた、暫くして女がジャングルに帰る。
「ふぃー! 何とかなったな」
「お前なんであの人の言葉解るんだよ」
「解んねえよ? 適当に合わせてただけだし」
「解んねえのかよ!」
すると、茂みを掻き分ける音が聞こえた、どんどん近づいて来る、怖い、素直な感情が俺を支配する。
茂みが姿を現したのは先程の女、だけではなく先住民の様な屈強な男を20人ほど連れて着た。
やべぇ援軍呼んで来ちゃった。
「ウホゥ!」
「ウホウホ!」
ウホウホ言ってる男たちは俺達を取り囲む、終わった。飯田と俺は生贄にでもするつもりか。
しかし様子がおかしい、火を起こし何やら食料らしき物を広げている。
気がついたら飯田を含めて謎のウホウホ祭りが始まった、彼等に攻撃の意思はない様で俺達を歓迎している様だ。
俺達はウホ族? にもてなされ気づけば夜になっていた、満天の星空が広がる。
これは悪い夢だ、いい加減覚めろよ。
仰向けに寝転がる隣に女が腰掛けた、助けてくれた人だ、俺達は仮にウホ子と名付けることにした。
「ウホ子さん?」
「ウホ」
会話はできないが、悪い人ではなさそうだ、ウホ子さんが海の向こうを指差す。
そう俺達は帰らなければ行けない、命の恩人との別れは寂しいが、いずれその時は来る。
その日は俺と飯田とウホ子さんで海の上に広がる星空を眺めて居た。
1日だけだが楽しい未知の世界のバカンスを体験できた、夏って素敵だな。
拝啓、父さん母さんへ
遭難してから二週間が経ちました、救助はまだ来ません。
俺は今、訳のわからない島にいます、今日も太陽が照りつける中狩に勤しんでいます、昨日は空飛ぶ海月を食べました。
毎日が野生に溢れています、日本みたいな窮屈な生活をしないで済んでいます。
暫く帰れそうにありません、俺はウホ語を学ぶ事に決めましたどうかお元気で。
あぁ。夏ってさいこぉ。
ーーウホ