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月影奇譚  作者: iliilii
第一章 結んで
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07 山神様と縁日と綿飴

「縁日があるんだ」

 お隣の息子さんの突然の言葉に首を傾げる。

「この辺りに住むものはみんな参加する」

 つまり、私も参加する必要があるのだろう。


 引っ越し以来、ご挨拶させていただいたのはお隣さんだけだ。他は離れすぎていてまるで接点がない。お隣の旦那さんからも、「挨拶はまだいいだろう」と言われていた。お隣の奥さんには、「若い女の子が一人で出歩くのは考えものよ」と心配そうに眉を寄せられた。「挨拶に行くなら一緒に行く」とのお隣の息子さんの申し出は、旦那さんの意見に従うことでやんわりとお断りした。


「縁日ではうちと一緒にいればいいから……」

 歯切れの悪いお隣の息子さんにどう返していいものか悩む。

 どうにもこの地域では箱入り娘のように女の子は大切に育てる傾向があるらしく、引きこもりの私には都合がいい。


 私たちが住んでいるのは山の裏手にあたる。表には神社があり、そこの縁日らしい。ただ、神社といっても鳥居や社があるわけではなく、ここに来る途中にあったあの門が裏門にあたり、同じように立派な表門とそこから続く参道、その先に小さな祠があるだけらしい。

「山神様の祠」

 そうお隣の息子さんは言っていた。この山に住むものはみんな、その縁日に詣でて山神様に挨拶するのが習わしらしい。


「そこで神饌を用意するんだが……珈琲を、頼めないかと思って……」

 各家から何かしらの食べ物を奉納し、それをみんなで食べるらしい。大抵はその家の得意料理になり、屋台のメニューに似たようなものも用意される。つい、何かの話のついでに「本格的な珈琲が飲める」ことを自慢してしまったそうで、今年のお隣さんのふるまいは珈琲にされてしまったらしい。

「三十戸ほどの小さな集落だから、それほど多く用意する必要はないんだが……頼めないだろうか。もちろんみんなで手伝う」

 お隣の息子さんにしては歯切れが悪く、かつ、長い文章が続いて少し驚く。一度にこんなにしゃべるのは初めてだ。


 毎週水曜日、タロンと一緒に荷物を届けてくれる度に、お礼に珈琲を淹れている。息子さんの時もあれば、奥さんの時もあったり、ごく稀に旦那さんが届けてくれることもある。三人ともそれほど口数が多いわけではなく、根掘り葉掘り人のことを聞き出すわけでもないので、天気の話や季節の話、タロンの話など、まったりと珈琲を飲んでゆっくり休憩してどっさり収穫のお裾分けを置いて帰っていく。

 三人とも甘いものが好きなようで、お取り寄せしたお茶菓子を一緒に出すと嬉しそうに口にしてくれる。何度もお裾分けのお礼を差し出しても頑なに断られるので、珈琲と一緒に色々なお菓子を用意するようにしている。勧めれば勧めただけ遠慮しながらも手を伸ばしてくれるので、本当に好きなのだろう。

 ひとつふたつならお土産にと手にもしてくれるので、同じものをご家族にもと、残りを帰り際に持ち帰ってもらっている。次に来たときにどれがおいしかったと感想をもらえるので、次に選ぶお茶菓子の参考にしている。本当に嬉しそうに話してくれるので、用意し甲斐もある。


 そのお隣さんは代々裏門を守っているそうだ。神社とはいっても神主さんがいるわけでもなく、お隣さんと同じように表門を守る家もあるらしい。


 ここに住めるのは山神様に縁がある者だと云われているらしい。そう言われてみれば祖父母は三ヶ月も住まないうちにこの家を後にしている。縁があれば住み続け、縁がなければ自然と別の場所に移っていくそうだ。


 神妙な面持ちで返事を待つお隣の息子さんに向け、どう答えればいいのかを考えながら口を開いた。


「珈琲を用意するのはかまいません」

 それにほっとしたように彼の肩の力が抜けたのがわかった。

「ただ、人前に出るのはちょっと……」

「ああ、額に……その、傷があることは聞いていたんだ。人付き合いが苦手なことも。後になって思い出した」

 躊躇いながら言われた「傷」という言葉に、同情がのせられていることにも気付いた。祖父母も上手く言い繕ったものだ。

「おでこには手ぬぐいを巻けばいい。汗が入らないよう、みんなそうしている」

 なるほどと思った。それなら平気かもしれない。手ぬぐいの下にはガーゼを貼って、さらにその下にテープを貼って二重三重に隠しておけば、そうそう見られることもないだろう。


 ずっと傍らに伏せたままのタロンも何も言わない。

「一緒に行ってくれる?」

 訊けば、うぉふ、と答えてくれた。タロンが一緒なら大丈夫な気がする。


「豆はいつものでいいでしょうか。他にも何種類か用意した方がいい?」

「いつもので。あれはうまい」

 安堵したのか気の抜けた笑みを浮かべるお隣の息子さんが、タロンにも「よろしく」と声をかけていた。




 梅雨明けの後の最初の満月の晩に開かれる縁日は、たくさんのロウソクに照らされ、とにかくアットホームで、必死になって珈琲を淹れているうちに夜が更けていった。まん丸のお月様が明るくて、周りの人も明るくて、持ち寄られた料理もおいしくて、直前まで不安に思っていたのが嘘みたいに楽しい夜だった。


 軽トラックで迎えに来てくれたお隣さん一家と一緒に、知らなかった裏道を通って表門の内に到着する。ちなみにタロンと私、お隣の息子さんは荷物と一緒に荷台に乗せられた。いいのかとびくびくしていたら、門の内側は全て私有地で、公道は門の外側だと聞いてほっとした。(※)


 始めに、まるでストーンヘンジのような大きな石が組み合わさってでできた祠にお詣りし、すぐさま割り振られている場所にアウトドア用のアルミの折りたたみテーブルを広げ、準備を開始する。奥さんがカセットコンロでお湯を沸かし、旦那さんがミルでがりがりと豆を挽き、息子さんがフィルターをセットする。

 周りも同じように準備が始まり、事前に家で作ってきたものなどが真っ先に並べられ、それを互いにつまみ合いながら、わいわいがやがやと準備に追われる。たこ焼きを作る一家、焼きそばを作る一家、おでんを作る一家、かき氷を作る一家、いろんな手作り屋台が参道に並ぶ。


 両隣に位置する家族にご挨拶すると、なぜかお隣の息子さんの彼女的扱いをされて困惑したものの、お隣の奥さんに「そのほうが面倒にならないから」と耳打ちされ、適当な返事で誤魔化した。お隣の旦那さんに、「ここで独身だとわかったら、すぐさま縁談が舞い込むから気を付けろ」と、がりがりと豆を挽く音に紛れてこっそり教えられた。

 私にその気がないことをお隣さんは知っている。引っ越してきたばかりの頃、奥さんに「うちの息子はどうか」とストレートに訊かれ、あまりに開けっぴろげに訊かれたものだから、はっきり断ることができた。


 それにしても、集まった誰もがはっきりとした顔立ちをしている。なんとなく日本人離れしているような彫りの深さ。お隣さんも旦那さんと息子さんも彫りが深く厳つい感じだ。

 動きやすい格好の大人たちとは違い、浴衣を着た子供たちが金魚のように兵児帯をひらひら揺らしながら大人たちの間を駆け回っている。

 よそ見を咎めるようにタロンの鼻先が腕を押した。慌ててドリップに集中する。


 最初の一杯を奉納して、縁日が始まった。


 今回は表門を守る家の息子さんがお嫁さんになる予定の人を紹介するとかで、私の存在はあまり目立たないだろうとのことだった。実際、初めこそちらちら見られている気がしたものの、挨拶さえ済ませてしまえばそれでお終いだった。

 この縁日には、家を継ぐ者がお付き合いしている人との縁を確かめる意味合いもあるそうで、お付き合いの段階で縁日に連れてきて、山神様との縁を事前に確認したりもするそうだ。結婚した後で縁がなかったということを防ぐためにも必要なことだそうで、縁がなければ三ヶ月ほどで自然と別れてしまうらしい。


 今ではどこでも気軽に飲むことができるレギュラー珈琲も、この辺りではなかなか口にできないらしく、そこそこ好評だった。余程好きではないと豆から挽くこともないからか、ミルを興味深そうに眺めている人が多い。豆を挽くお隣の旦那さんが心なしか誇らしげだ。

 誰もが顔見知りなのだろう、アウトドアテーブルの前に並べられた椅子に腰をおろして珈琲を飲みながら、他愛もない話で盛り上がる。長居する人にはタロンがいい頃合いで唸るためか、人の回転がちょうどいい。

 誰も彼もがタロンを適当な名前で呼んでいる。クロ、コロ、フク、ほかにも適当すぎる名前が並んだ。


「犬の周りって、子供たちが群がるものだと思ってました」

「無理だろう」

 一段落ついた頃、こそっとお隣の息子さんに零せば、タロンを見ながらなぜか笑いを堪えている。タロンのようなおとなしくて大きな犬には興味津々の子供たちが寄ってくるものだと思っていた。実際には近寄られないばかりか、一緒に連れて来られているほかの飼い犬たちにまで怯えられている。

「ポチに群がる子供……想像できん」

 ぼそっと呟きながら、お隣の息子さんは堪えきれなかったのか、くくっと小さく声に出して笑っている。

「ポチは大きいうえに偉そうだから子供たちは怖いんじゃない? 大人だって怖がってるし、ほかの犬も怖がってたし」

 お隣の奥さんの朗らかなからかいに、タロンが、ぐるるっ、と不満そうな唸りを上げた。

 思わずタロンの首に抱きつく。宥めるように鼻先で首元をぐりぐりしていると、ぐるぐる唸るのやめてくれた。


 そこにお隣の旦那さんが両手に綿飴を持って戻って来た。

「縁日の〆はこれだろう」

 厳つい顔に零れそうなほどの笑みを浮かべ、ひとつひとつみんなに配る。綿飴の機械は旦那さんが子供の頃、親たちがお金を出し合って子供たちのためにと買ってくれたそうだ。その機械を今でも大切に使っているらしい。

「子供の頃、雲はでっかい綿飴だと騙された」

 ぼそっとお隣の息子さんが呟くと、ご夫婦揃って笑っていた。騙したのは旦那さん。さらに奥さんは、「星は金平糖だって騙してたのよね」とからから笑う。息子さんの子供の頃の夢は宇宙飛行士だったらしい。






※私有地であっても道路交通法が適用されることもあります。詳しくは各自お調べください。

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