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月影奇譚  作者: iliilii
第二章 繋いで
15/27

15 反転と祠と提案

 ありがたくも新たな仕事の依頼が来た。今回も前回の字が汚い八つ当たり必須の解読だ。なにせこの文字、子供が書く文字のように所々上下左右が反転している。内容はまるで謎かけみたいで、翼をなくした守護の月なんて記述もあり、おそらく急いで何かを書き付けたのだろうと思われる。最近発見された少数民族が暮らしていただろう遺跡から発掘されたものらしい。私はあくまでも解読が仕事で、その先を考えるのは研究者たちの仕事だ。

 古い時代の言葉を読み解いていると、遙か昔は神と人との距離が近かったのだなと思う。今の時代、神を身近に感じることができる人は世界中でどれほどいるだろう。


 前回の経験があるためか、今回は思ったよりも早く片付いた。おまけに前回の実績があるとのことで、嬉しいことに報酬額が上がった。冬だからとつい調子にのって冷凍便でケーキやタルトをいくつも注文するくらい懐があたたかい。タロンにもキングサーモンを注文した。


 そんな話をお隣の奥さんに髪を切ってもらったあとタルトを食べながらしていたら、山神様の祠にも古代文字のようなものが残されているのだと聞いて興味が湧いた。

「あれって絵文字よね、何だっけ、象形文字だっけ?」

「象形文字って、全世界共通な感じがするんですよね。発見される場所によって特色はあるんですけど、似ているような気がします。起源は全て同じなのかなって思うことがあったり」

「方言みたいな感じ?」

「そうかも。うまいこと言いますね」

 そう? と言いながらも少し得意そうにお隣の奥さんが笑った。


 祠を見に行く機会はあっさり訪れた。

 お隣の息子さんが奥さんからその話を聞いたらしく、タロンと荷物を届けてくれたその足で祠に連れて来てくれた。初めて軽トラックの助手席に乗り込めば、タロンまで乗り込んできて窮屈で仕方がない。かといってタロンだけ荷台の乗れとは言い難く、年末に乗ったときの荷台の寒さを思い出せばタロンと一緒とはいえこの寒空の下荷台乗る気にもならず、窮屈さを甘んじて受け入れた。足元でお座りしているタロンがのし掛かってくる。そのあたたかさに窮屈なのも悪くないと思ったり。


 山神様の祠にお詣りし、刻まれているという文字を確認する。

 祠は大きく扁平な一枚岩が左右と背後に三つ合わさった上にフタをするように大きな石が乗っている。まるでストーンヘンジを彷彿とさせるものの、その高さは二メートルほどで巨大ではない。

 山の頂上から見てきっかり真北に存在し、参道も真北に延びているらしい。


 文字は左右の石の中央にそれぞれ小さく彫り込まれていた。それが、先日も解読を終えたばかりの反転文字に似ていて、強烈な疑問が湧く。あれはエジプトとスーダンの国境近くで見つかったものだ。それがどうして日本の小さな山の祠にも刻まれているのか。たまたま似ているだけなのかもしれないけれど、よくわからない不安のようなざわめきが心を乱す。


「この祠って、ずっと昔からここにあるんですよね」

「そう聞いている。それこそ縄文より前じゃないかと云われている」

 お隣の息子さんの話を聞きながら、メモ帳に文字を写し取っていく。携帯電話で文字を撮影すれば早いものの、どうしてかその気にはならなかった。これは手で写し取らないといけないもののような気がした。何度も刻まれた溝をなぞり、写し取ったものと同じことを確かめる。ずいぶんと侵食されているものの、短い一文が読み取れる。

 後の石にもあったはずの彫り込みが、劣化して崩れていた。わかる限り写し取ってみたけれど、これは解読できないだろう。


「ここの山神様って、女人禁制じゃないんですね」

 祠の正面に戻り、真正面から少しずれた位置から動き回り騒がせてしまったことのお詫びをする。

「ないな。それもずっと昔からそうだと云われている。ここでは昔から男女平等なんだよ。どちらかといえば女の子が生まれなくなってから、女の人を過保護に扱うようになってきたらしい」

 言われてみればそうかもしれない。女の子を大切に大切にしまっておこうとするような印象だ。決して男尊女卑のような否定的な感じじゃない。

 お隣の奥さんに髪を切ってもらいに来る人たちは、必ず旦那さんと一緒に来て、夫婦揃って髪を切るらしい。旦那さんが単独で来ることはあっても奥さんだけが来ることはないそうで、だからこそ、私が一人で暮らしていることをみんなが心配して色々気にかけてくれる。顔見知りになった程度の私ですらそうで、ここ数年で生まれた女の子は、それはもう珠のように周囲からも大切にされて育てられているそうだ。


「前にうちの母が言った話、考えてみてくれないか」

 急に言われ、何のことかと記憶を探り、まさか偽装結婚のことかと、驚きからまじまじとお隣の息子さんを眺めてしまう。

「夫婦としてではなくてもいい。単なる同居人としてでもかまわない。この先一緒に生きていかないか」

 あまりに真っ直ぐな視線と言葉に、咄嗟に何も言えなくなった。

「兄に、何か言われましたか」

 ぼそっと呟いた言葉は、疑問というよりも確信だった。それは、肯定され、否定された。

「確かに言われた。俺としてはそれとは関係なく、一緒に生きていけたらと思ったんだ」

 それだけを言って、彼は一足先に離れた位置に駐めた車に戻っていった。


 ふと指先にかすかに触れた柔らかな毛。

 思わずしゃがみ込みその首にしがみついた。


 嬉しい。素直な思いはそれだった。額の痣を見ても何も思わない人が現れたことすら、私にとっては信じられない出来事なのに、一緒に生きていこうと言ってくれる人が現れるとは思わなかった。好意は抱いている。それが恋愛感情になるかはまだわからない。そうなればいいと思う。

 それなのに、どうしても想像できない。タロンと一緒にあの家でお隣の息子さんと暮らすことが想像できない。かといって、私があの家を出ることも想像できない。あの家を出るということは、タロンと離れてしまうことになるような気がして、それだけはどうしても嫌だった。


 タロンの首元に鼻先を埋めても、タロンはじっと動かないままだった。


 複雑な思いを抱えながらのろのろと車に戻れば、すでに運転席に乗り込んでいたお隣の息子さんが車窓越しに優しく目を細め笑った。その兄にも似た穏やかさになんだかほっとして、助手席のドアを思い切って開ける。


「答えはすぐじゃなくていい。何年先でもかまわない。それがどんな答えでも、今までと同じように付き合っていけたらいい」

 乗り込み、シートベルトを装着する間にぽつぽつと言葉をひとつひとつ零すように言われ、小さく「わかりました」と答えた。

 かちっと鳴ったシートベルトの装着音がことのほか大きく聞こえ、思わずびくっと震える。その音を合図とするかのように車が揺れ、タロンが荷台に飛び乗ったことに気付いた。振り返った背後にある小さな窓には、タロンがどこか遠くを見ている姿があり、開けたままだった助手席のドアをこみ上げてくる不安を遮るように急いで閉めた。


 日が沈みかけた帰り道、彼のお子さんのことを聞いた。五歳の男の子。今は月に一度会いに行っており、小学校の入学を機にここに来ることは、お子さんも承知しているらしい。奥さんとは揉めることなく離婚したらしく、養育費だけを支払っている。お子さんを引き取ったあとのお子さんとの面会は奥さんの方が断っているらしい。それは愛情故の決断らしく、私には結婚も離婚もその決断も想像できなかった。


「子供の母親が欲しくてこんな提案をしたわけじゃない。純粋に一緒に生きていけたらと、自然と思うようになったんだ」

 家に着き、車を降りる際にそう言われた。それに頷きを返し、祠に連れて行ってもらったお礼を言って別れた。




 タロンは足を洗ったあと、お風呂に直行した。まるでそれがタロンの身体を拭くことを拒まれたようで一層不安が募る。

 お風呂から出たときにはどうしてか身体が乾いていて、ネクタイを締めようとする手をするっと躱された。ずっとクッションに伏せたまま何かを考え込んでいるようで、寝る時間になっても布団に潜り込んでこない。一度だけ名前を呼んでみたけれど、何の反応もなくてそれ以上呼ぶことができなかった。


 一人で眠ることが、こんなにも怖いとは思わなかった。初めてこの家に来たときに身にしみた暗闇の恐怖が蘇るようで、涙が滲んだ。それでも、五感を澄ませばタロンの気配を感じる。それすら失われたらと思うと、滲んだ涙が零れ落ちた。


 タロンがベッドに入らないなら、私がタロンのそばに行こう。


 ブランケットにくるまり、クッションに伏せるタロンの傍らに小さく丸まる。そっと手を伸ばし、タロンの前足に触れた。タロンはびくっと震えたものの、私の手を振り払うことなく、そのままじっと動かなかった。それにほっと息をつけば、張り詰めていたものがふつと途切れたように眠りに落ちていった。


 夢の中で抱きかかえられベッドに運ばれる。運ぶだけで離れていこうとする身体を、必死の思いで引き留めた。

「ずっと一緒にいてって言ったのに」

 そんな八つ当たりのような言葉をぶつけた気がする。

「ずっと一緒にいたいって言ったのに」

 そう言いながら泣いたような気がする。

 抱きしめる腕が髪を梳き、額を舐めた。それが嬉しくて、首筋を差し出す。一瞬の躊躇を抱きしめる腕が伝えてきた。それに嫌々と首を振り、ぎゅっとその首にしがみつく。宥めるように背中をなぞられ、思わず顎が上がり、いつものように甘噛みされた。それにほっとして全てを預ける。

 いつもより甘く強い痺れに幸せを感じ、吐息が熱を孕んだ。






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