第1話
聖マリーダ法国は混迷していた。
魔王を倒すために異世界より召喚された勇者達が、争いのない世界から来たにもかかわらず驚くべき速度で成長しどんな魔族魔物にも最後には勝利してきた三人の勇者が敗北し未知の魔法によってこの世界から姿を消したのだ。
勇者達に同行していた我が国の聖女、トートル王国の第二王女にして神剣と呼ばれる剣聖、勇者達に弟子入りしていた狼の獣人の娘、そして斥候役をしていた勇者達に戦い方を教えていた元傭兵。それらも同じ魔法を受けそれぞれがそれぞれの生まれた国、街へと転移させられたという。
「元の場所に戻る魔法……その魔法を使った者はそういっておりました。おそらく勇者様方は元の世界に戻ってしまわれたのかと思います」
俯きながらそう説明する聖女の姿は普段の彼女を知るものであれば考えられないほどに落ち込んでいたそうだ。
聖女が法国に戻って十日が過ぎた頃、部屋に引き籠る聖女の元を剣聖と勇者の弟子が訪ねてきた二日遅れで元傭兵も聖女を訪ねてきた。元傭兵が来る頃には聖女はこけた頬をしてはいたもののその目は生気を取り戻していた。
そしてそれから一月たったある日、法国にて大規模な勇者召喚をすることが決められた。
◆◆◆◆
「ローザ様、お茶をお持ち致しました」
ローザが目の前に置かれたティーカップを睨みつけるのに気付いたレーシャルはローザに向きなおしピンッと姿勢を正した。
「レーシャル。私は喉が渇いていますの、喉を潤したいんですの。それなのにこんなに湯気の上がったお茶を出すなんて貴方は本当に役立たずですのね!」
「しかし先ほどローザ様が熱いお茶が飲みたいをおっしゃいましたので」
「それはその時の話でしょ! 今は冷たいお茶が飲みたいのよ、貴方私の執事の癖にそんなこともわかりませんの!?」
傍から見たら嫌がらせをしているようにしか見えないローザの言い分だがローザにとってこれは当然とも言うべき主張だと本気で思っているのだ。正直なところこれがなにか思うところがあっての嫌がらせであればどんなに楽かと以前のメイドは嘆いていたそうだ。
そんな性格もあってローザには他にメイドやお手伝いといった従者どころか側付きの護衛の一人もいない。
「申し訳ございません。すぐに別のものを用意致します。」
レーシャルはティーカップをトレーの上に戻すと一瞬で姿を消し、五回瞬きするより早く目の前に戻ってきた。
「ローザ様、お茶をお持ち致しました」
ローザが出されたティーカップを持ち上げ意味ありげに微笑みながらそれに口を付ける。
「ありがとうレーシャル。私の心の内を読む努力をして次からはしっかりなさい」
レーシャルは何も言わずただ深く頭を下げた。
◆◆◆◆
僕は深く頭を下げていた頭を上げると、お茶と焼き菓子を楽しむローザ様の姿を眺めていた。
ローザ様に出会って半年、拾って頂いた御恩を忘れたことは一瞬たりとない。
この世界に来てから、ローザ様に出会ってから、僕は大きく変化した。
以前の僕には感情というものがなかった、いや今から考えると自我というものそのものがなかったように思える。主人の為であればなんでもする。もちろん今の僕もその気持ちではある。しかし以前の僕はその気持ちがなかった、言われるからやるだけの人形だった。
ローザ様のおかげで僕はお仕えることの喜びを知ったという嬉しさ、零弥様にもこんな気持ちでお仕えしたかったという後悔、他にも様々な僕だけの想いを感じることができるようになったのはローザ様のおかげである。
「なんですの? ニヤニヤしながらこちらを見て」
僕の視線に気付いたローザ様が疑わし気な表情をしている。
「いえ、なんでもありません」
返事をしながらもニヤニヤしていると指摘されたことに内心驚いていた。自我が生まれ、感情が芽生え、そして表情が現れた。僕はこの方の側にいればもっと変わっていける気がした。
「……まぁいいわ。ところでレーシャル、明日から出かけるので準備なさい」
「かしこまりました。どちらへ行かれるご予定でしょうか?」
僕がそう聞くとローザ様がニヤリと笑った。
「他国に遊びに行きますわよ。まずは神に仕えるの国、法の国、勇者の国……」
一呼吸おいてローザ様は怪しい笑みでこう告げた。
「聖マリーダ法国へ」