プロローグ
夜霧零弥:なぁ、シャル……実は今日でお別れなんだ
白銀の鎧を纏った目つきの悪いがそれなりに整った顔をした黒髪の青年が執事服を着た不自然なまでに整った綺麗な顔をした長い銀髪の少年にそう告げる。
夜霧零弥:シャルにこんなこと言っても意味がないんだけど聞いてほしい。実は俺……
夜霧零弥:いや私、中身が女なの。それでね、今日3年付き合ってる彼氏にプロポーズされたの
夜霧零弥:だからね、私。このゲーム今日で引退することにしたんだ……
夜霧零弥:それでね、未練なく引退する為にシャルに私の装備やレアアイテム全部渡してデリート……
夜霧零弥:ううん、シャルを解雇することにしたの
夜霧零弥:今までごめんね、私の趣味で女の子の服着せて零弥と濃厚に絡ませたりして
夜霧零弥:もしも次があなたにあるのなら執事なんだから私なんかよりもっともっとすごい人に仕えて可愛い女の子と恋したり…
夜霧零弥:なんて……ゲームキャラに何言ってんだろう私、それも今から消すのにそんなこと言っちゃいけないよね
白銀の鎧の青年が銀髪の執事に数歩近づいて無言で数分の時間が過ぎる。
夜霧零弥:我ながら馬鹿げたほどお金費やした装備だね。全部装備した今のシャルなら傭兵対抗戦優勝間違いないね
夜霧零弥:それじゃあ、今までありがとうね
インナー姿の青年が1歩だけ銀髪の執事から距離を取る。
システム:傭兵[レーシャル]を解雇しますか?
――YES
システム:一度解雇した傭兵とその持ち物は元に戻すことは出来ません。本当に解雇しますか?
――YES
システム:傭兵[レーシャル]を解雇しました。
傭兵[レーシャル]:今までありがとうございました。
銀髪の執事が消えてすぐインナー姿の青年もその場から姿を消した。
◆◆◆◆
「魔王様、勇者達はすでに門の前まで攻めてきております」
魔王城の玉座の間に大声が響き渡る。
声を上げながら玉座の間に走りこんできた魔王軍の将軍は異形な顔にも拘わらず焦っているのが見受けられる表情をしていた。
「まぁまぁ落ち着け、ドヴォル将軍」
王座からこの場に似つかわしくない、気の抜けたような声が発せられる。
声の主は当然魔王城の主であり、陽気な声からは想像もできないほど醜悪な顔で凶悪な表情をした頭に大きな山羊の角を生やした魔王である。
「これが落ち着いていられましょうか! すでに我が軍の騎士達は半壊、門を守るザイゴスとレドロムも勇者には歯が立たないでしょう!」
ドヴォルがなおも大声で魔王に告げる。しかし魔王は「まぁまぁ」といいながら、捲し立てるドヴォルにコップと水差しを渡すように側近に指示する。
「しかし召喚されてから一年だと言うのに勇者達の力はすごいな。異世界人というのは恐ろしいものだ」
他人事のように関心する魔王に周囲に控える将軍や魔国貴族達が困惑していると玉座の間の扉が勢いよく開かれる。
貴族達は身構え、将軍達は武器を構え、全ての視線を集中させた扉が完全に開くとそこには真っ赤なドレスに身を包み所々から病的なまでに白い肌を露出した長い金髪の美少女が立っていた。
少女は扉が開き王座に座る魔王と目が合ったのを確認すると大きな声で問いかけた。
「お父様! 私の執事を見ませんでしたか!?」
「ローザよ、玉座の間には勝手に来るなと何度も言っているだろう」
魔王は額に手を当てて「やれやれ」と口に出していう。
ローザは魔王の娘である、容姿は魔王には全く似ていないが血の繋がりはちゃんとある。魔王曰く「我が家系は男は醜悪だが女は絶世の美女になるんだ」とのことだ。
「そんなことよりも私の執事ですわ!」
「執事君がどうかしたのか?」
「今朝方、私が果実のパイが食べたいから果実を取ってくるように命じましたの。でももう昼を過ぎていると全然私の前に姿を現さないのですわ」
ローザは美しい顔を赤く染め、鼻から「フンス!」と息を漏らして怒りを表していた。
魔王がめんどくさそうに「今日は見てない。用件が済んだら出ていけ」と手をヒラヒラとさせながらローザに告げる。
すると呆気に取られて硬直していた将軍の一人が声を上げた。
「恐れながら魔王様。ローザ様の執事は果実を取りに城を出たとなりますと勇者達と鉢合わせている可能性が高いです。もしかするとすで勇者にやられているやもしれません」
ローザは発言した将軍の方を一瞬だけギロリと睨むとすぐに表情を鎮めて優雅な仕草で一礼する。
「ドロテア将軍、私の執事は勇者なんか遅れを取るはずありませんわ。しかしながら有益な情報感謝いたしますわ」
ローザはそういうと魔王へと向き直す。
「お父様、勇者は今日は城に入ってはきませんわよ」
そういうと扉を開けたままローザは玉座の間から去って行った。
しばしの沈黙の後我に返った衛兵が扉を閉めようとすると玉座の間の前に一人の少年が現れる。
「御集りのところ失礼いたします、皆様」
そう言って腕いっぱいに赤い果実を抱えた執事服の少年が玉座の間へと足を運ぶ。
「このような恰好で申し訳ありません。しかし早急な報告があり勝手ながら参りました」
首だけで頭を下げてから少年は続ける。
「城門の前まで七人の人族の若者達が来ており、門番であるザイゴス様とレドロム様を殺められたようでしたので少々責問したところ、自身は勇者であり悪の権化である魔王を倒しにきた、などと意味不明な供述をしてきたため多少痛い目を見ていただいた後強制的に出身国に送還する魔法を行使しておきました。また門番や道中で倒れていた騎士の方々はみんな蘇生魔法を使用しておきましたが私の蘇生魔法では力が本来の状態に戻るまで二カ月は必要になるので無理をさせないようにとお願いするためにきました」
少年は早口でそう告げると、魔王をジッと見つめる。
魔王はその視線の意図を見抜いて一言。
「苦労かけたな、行っていいぞ。あと娘はご立腹のようだ、わがままな娘で済まないがこれからも頼む」
その言葉に少年は再度首だけで頭を下げとる長い銀髪を揺らしながら足早に玉座の間から去って行った。
魔王は再度硬直してしまった衛兵に扉を閉めるように指示を出し扉が閉じたのを確認したあと一呼吸置いて話始めた。
「一部の者はすでに知っていたとことだが我が娘の拾ってきた執事は我が軍を脅かしている勇者ですら比べられないほどの化け物だ。しかしあれを軍事に使うことはローザが許さん。そしてローザの機嫌を損なえばそれこそ一瞬でこの国は終わる。このことは絶対に覚えておくように。では解散!」
そういうやいなや魔王はそそくさと玉座の間を裏口から出ていく。
まだ今の状況、与えられた情報を飲み込めきれてない大半の魔王軍の将軍や魔国貴族達はただただその場に呆然としていた。
彼らは正気を取り戻したのは、このすぐあと城内全体に響き渡るローザの声を聞いた時だった。
「レーシャル! いつまで私を待たせるのよ!」
◆◆◆◆
主に解雇されたと思ったら、突然深い海の中に転移していた。
光さす方に泳いでようやく水面に顔を出すと目の前には小舟、そして小舟から身を乗り出して海を覗きこもうとしていた少女と目が合った。
「……あの、僕を雇っていただけませんか?」
初対面、しかも海の中から突然現れたわけわからずなものにこんなこと言われたら普通はどう思うだろうか。
これを言った僕自体もおかしい奴だと自分で思う。
しかし、少女は美しい顔に似つかわしくないニヤリとした怪しい表情でこう言った。
「一生私だけに尽くすならいいわよ」
これが僕とローザ様との出会いだった。