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商店街連盟事務所の内部は、狭く、煤っぽく、煙臭かった。テーブルの上を見ると、陶器製の灰皿に、煙草の吸殻が数本、捨て置かれている。連盟会員の誰かが吸っていたのだろう。ともすると、ここは事務所とは名ばかりで、ただの煙草部屋なのかもしれない。もしかしたら異世界でも、禁煙運動が進んでいるのだろうか。
「煙草が吸いにくい世の中になりましたね」
問いかけてみると、連盟会長の白髪の男が、小さく頷いた。ダウトだ。どこの世も変わらないことを知り、俺はなんだか可笑しくなって噴き出しそうになった。
商店街連盟の会長は、ヒューライと名乗った。身なりに気を遣っている様子だった。几帳面そうに白髪をオールバックにし、ウィンドペンのジャケットとスラックス、紺色のベストを着こんでいる。ジャケットのラペルには、おそらく商店街連盟の長の証であろう小さなバッジが輝いていた。
「で、旅人さんはどこから来たんです?」
ヒューライが問いかける。俺は答えに窮した。唐突に異世界転生したのだ。どこから来たも何もない。とりあえず、適当に茶を濁すことにする。
「そうですね、ずっと東の方から……。もう、故郷を出てから、ずいぶんになります」
先ほど、魚屋の男が、渓谷があると言っていたことを思い出す。
「渓谷の、ずっと先です。この辺りの方はご存じないような片田舎ですよ」
「そうですか。ご苦労をなさったようで」
「いえ、旅をするのが性分ですから。それが生きがいになっているのです」
「でも、旅に出るきっかけはあったのでしょう?」
「えぇ、まぁ……」
旅に出るきっかけ、か。もしかしたら、探りを入れられているのだろうか。何らかの犯罪などを犯して、故郷を捨てたとでも。にしても、下手な訊き方だ、ダイレクトすぎる。俺は、再びでっちあげることにする。
「僕が生まれた町は、辺鄙な片田舎でしたが、旅の吟遊詩人がやってくることがありまして。そこで聞いた話に憧れましてね。広い世界を見たいと、ただそういう欲求で町を出たのです。それ以来の旅暮らしですよ」
「今時、珍しいですな」
ヒューライが微笑んだ。
「さて、旅のお方は、地図が欲しいのでしたな?」
「ええ」
「簡単なもので良ければ、差し上げます。これをお使いなさい」
棚の上段に差し込まれた、何枚もの地図のうち、一枚を手渡してくる。
「ありがとうございます」
受け取ると、それはきっちりとした印刷物だった。なるほど、印刷技術はあるわけだ。しかも、こうして旅人に手渡すことができるということは、紙が貴重ということもなさそうだ。
俺は、少し、ヒューライから、この世界についての情報収集をすることにした。