reunion
マスターから貰った地図を頼りにネオン街を練り歩く。
もう子供は家に帰るべき時間だし、よりによって大人の街だし、探している相手が規格外の存在でなければ文句の一つでも言いたくなる。
叔母さんには少し前に朔が帰りが遅くなると連絡していたので、もうしばらくは大丈夫だろう。もっとも、二度と家に帰れなくなるという可能性も捨てきれないが。
「あった。たぶん、ここ」
「クラブ、レオーネ……。レオーネってライオンのことか。さすがホストクラブ、妙にキザったらしい」
それはネオン街の一等地っぽい場所にある、いかにもな感じのホストクラブだった。他の店と見比べても別格といえる高級感。ライオンのシルエットの入った看板が王者の貫禄を漂わせる。
ホステスクラブに通う人種はおおよそ想像つくにしても、ホストクラブに通う人っていうのは想像出来ない。お嬢様とか? いや、仕事に疲れた女性とか?
「……開けるよ?」
「あ、あぁ……」
朔は装飾の入った金色の取手をゆっくりと引く。
なんだか見てはいけないものを見るようで、ドキドキする。
その重苦しい雰囲気の扉の先、あまり明るくはない青みがかった光の中、饒舌な若い男と女の声が聞こえてくる。扉が開くとすぐに数人のホストが出迎えに現れ、皆一様に無感情な笑みを浮かべていた。
「ようこそ。クラブ、レオーネへ」
「……ん? 高校生?」
「キミたち、ここは子供の来るところじゃないよ。さっさと帰りな」
客ではないことがわかってからの変わり身の早さも凄まじい。気持ちの悪い笑みから、眉間にシワを寄せた、よっぽど人間らしい表情になる。
ここまでわかりやすいと、むしろ清々しささえ感じる。
「あのっ、俺たちクレハさんという人を探してるんですけど、ここに来てませんか?」
「クレハさん? ……あぁ、来てるよ」
「呼んでもらえませんか?」
「……ちょっと待ってな」
本当にここに来ていたとは。
ここからでは店内の様子は窺えない。それでもクレハさんがこの奥にいるのかと思うと、いてもたってもいられない。
聞こえてくる女の人の声の中にクレハさんの声が混じっていないか、思わず聞き耳を立ててしまう。もう五年も前の記憶だから、判別することは出来そうにないが。
「……誰だか知らんが、会う必要はないってさ」
「え……?」
戻ってきたホストから発せられた言葉を理解するのに時間がかかる。
俺たちはずっとこのままなのか?
いや、クレハさんが店を出るところを狙って……。
「晃、マスターが言ってたこと忘れたの?」
「あぁ……そうか。それがあったな。……あの、クレハさんにここのことはスカーレットから聞いたって伝えてもらえませんか?」
「スカーレット? なにそれ?」
「伝えてくれるだけでいいです。それでダメだったら諦めますから……」
「……ったく。めんどくせーなぁ……」
そう言いながらもホストの人は店の奥へ歩いていく。
初めはホストクラブと聞いて相手にされないのではと思っていたが、意外と話のわかる人だった。まぁ、しっかりと職を持っている人なのだから普通のことなのかもしれない。
「……おまえたちがスカーレットからの使いか?」
「あ……」
あのホストが店の奥に消えてから程なくして、クレハさんが姿を現した。
二十歳前後の年頃でかなりの長身。無造作に伸ばした赤い髪とその奥に覗く赤い瞳。
五年前と全く変わらぬ容姿。
こうして見ると三百年も生きているとか、千年近く生きる一族とか、マスターの言っていたことを信じてしまいそうだ。普通の人間が青年期の五年間で容姿が変化しないなんてことは考えられない。そんな中で五年という年月が変えたものがあるとするなら、それは俺のクレハさんに対する視覚的印象だ。
俺ももう高校生だ。そして、なによりも男だ。今の俺にはわかる。クレハさんは相当……いや、凄まじく美人な人だと。
そう……これは色気。
整った顔立ちとか、しなやかに伸びる手足とか、服の上からでも感じる稜線とか、そういった魅力を掻き集めてクレハさんというものを表現するとしたら、色気という言葉が必要になるだろう。大人の女性だからでは言切れない程の色気をクレハさんから感じる。そんな露出が多いわけでもないのに妙に扇情的で、思わず生唾を飲み込んでしまう。
ふとした拍子に視線が朔の方に移り、ついクレハさんと見比べてしまった。
「……はぁ」
「な、なによ」
「いや……なんでもない」
見比べてはいけなかった。さすがに朔が可哀想だ。
まぁ、朔だって同級生の中では格段にかわいいし、愛敬もあると思う。従妹だという贔屓目を抜いてもだ。……だが、やっぱりどこか子供っぽくて色気というものからほど遠い。
そのうち朔も色気づいたりするのだろうか。
「で、あいつからの伝言は?」
「はい?」
「スカーレットからなにか言い付かってきたんだろ? ……ったく、クシャを使いに出した嫌みかどうかは知らんが、こんな子供を使いによこすとはな」
「いや、あの人からはなにも聞いてませんが……」
「なに? ……ならおまえたちに用はない。さっさと帰れ」
そう言いながら踵を返すクレハさん。
俺たちのことにはまるで興味がないようだ。
「あのっ、俺たちのこと覚えてませんか? 五年前にあなたから魔法のパンを貰ったんです。それで……」
「ん? ……パン……パン……あぁ、そんなこともあったな。……だが、あの時の子供は女の子二人じゃなかったか?」
俺はあの時女の子だと思われていたのか。
とても悲しい。
「あ……それ、こいつです。あの頃は女の子にしか見えなかったんです」
「そうだったのか。……まぁ、それにしても随分と女々しく育ったんだな。今でも女に見えなくはない」
クレハさんは俺の顔に触れながらニヤリとする。そのまま顎をクイッと持ち上げられて、さらにその綺麗な顔を近づけてきた。俺よりクレハさんの方が背が高いので、まるっきり立場が逆だ。
数十センチもない距離にいるクレハさんの甘く蠱惑的な香りに頭がクラクラしてくる。
「おまえ、かわいい顔してるな。たまにはこういうのも悪くはない。どうだ、今夜は私と楽しく遊ばないか? たっぷりかわいがってやるぞ?」
「なっ……!」
「ちょっ! 晃は私のですっ!」
「はぁ? なにそれっ!」
「なんだ、既にお手つきか。……まぁいい、おまえも一緒にかわいがってやる。私はかわいければ女でもかまわんぞ?」
「ひぃっ!」
……逃げたい。今すぐにでも逃げ出したい。クレハさんは色々な意味で危険だ。このままでは俺も朔もクレハさんに食べられてしまう。その言葉が本気なのかはわからないが、なんにせよこの状況でこんなことを言うのはまともではない。
「……あのぅ、クレハ様。店の入り口でそう騒がれますと……」
「あぁ、すまんな。……ふむ、どうしたものか。そうだな、おまえたちに興味が出てきたから話を聞こうか。家出はうまくいってるのか、この五年で人間性がどう変わったのか……。確か近くに公園があったな、ついてこい」
「は、はいっ」
店のオーナーらしき人に促されてクレハさんは店を出る。
その後に続いて俺たちも店を出た。これでようやく希望が見えてきた。うまくいけばこの忌わしい呪いを解いてもらえるかもしれない。
「……ってか、さっきの私のってなんだよ」
「あ、いや……なんでもないわよ」
朔にとって俺はおもちゃでしかないのか……。
もうこんなことは終わりにしたい。




