meatball panic
一通りのショックから立ち直ると、周囲の時間は昼休みとなっていた。
午前中の授業を受けた記憶は朧気で、こうして弁当をモソモソと食べていることがなんだか不思議だ。
しかし、このミートボールうまいな。
「なぁ、宮内。なんで誰も俺たちに直接聞いてこないんだろ。俺はともかく、朔はそういう話好きそうな友達多いじゃん?」
「あれだろ、本当にアレな話は直接聞きづらいんだろ。下手に藪をつついて、アブノーマルな世界に足を踏み入れたくはないさ」
「……あー、そんな酷い噂なのか。転校したくなるな」
うん、ミートボールうまい。
手作りって凄いな。冷凍品には出せない柔らかさと味わい深さがある。
「だが俺はこの際だから、アブノーマルな世界を垣間見たいな。どうなんだ? やっぱエロエロか? エロエロなのか?」
「おまえの想像するようなことは一切ない」
「なら、なんでそんなご主人様プレイなんてしてんだ?」
「したくてしてるわけじゃない。……理由は話す気になれない」
「なんだよそりゃ」
これは叔母さんのおかずレパートリーの中でも上位にくるな。
肉の旨味とソースのコクが相まって、一気にご飯が進む。
ミートボールうまい。
「それよりさ、なんとか変態カップルの汚名を返上出来ないかな?」
「無理だろ。いいじゃねぇか、変態で。これ以上落ちようがないってことは無敵じゃないか」
「それ、ただ敵が近寄らないだけじゃないか?」
「まさに無敵だな」
「……つまり、ゴキブリとかカメムシみたいな強さというわけだな」
「最強だな」
「それを喜ぶやつがいると思ってるのか?」
「いるところにはいるだろうな」
「……少なくとも俺は違う。変態扱いされるのは嫌だ」
あぁ、ミートボールなくなってしまった。
……あ、ペース配分を間違えた。ミートボールとご飯だけ食べすぎて、卵焼きとほうれん草のおひたしが取り残されている。
これは典型的なミスだ。
ミートボールのうまさに気をとられていて、サポート役の卵焼きたちを蔑ろにしていた。
「なら、こういうのはどうだ? おまえか朔ちゃんが他の相手と付き合えばいい。そうすれば変態カップルなんて噂は消えるさ」
「そもそも、俺と朔はそんな仲じゃないぞ」
「そう思うなら俺に朔ちゃんくれよ」
「え……いや、それは……。ってか、朔のこと諦めたんじゃないのか?」
「おまえな……。目の前でご主人様プレイなんかされてたら誰でも諦めるわ。ちくしょう、この変態がっ!」
「変……態……」
もう駄目だ。 俺は弁当も上手に食べられない変態。
卵焼きもほうれん草も置き去りにする、救いようのない変態なんだ……。
弁当を食べ終えて自分の教室に戻ろうとした時、女の子達が机を囲んでいる中に朔の姿を見た。
ちなみに、朔と宮内は同じクラスで、俺は隣のクラス。
……別に寂しくないよ。
朔の側を通りすぎる瞬間、弁当箱の中にミートボールが一つ残っているのが見える。そういえば、朔は好きなものを最後にとっておく派だったな。
「……なによ、今あんたの顔は見たくもないわ」
「え?」
どうやら、いつの間にか立ち止まっていたらしい。
朔はそれだけ言って俺から目を逸らす。他の女の子達も妙にそわそわとして落ち着きがない。
「ミートボールちょうだい」
「は?」
「ミートボール」
「いや。いやっ……」
そう言いながらも朔は最後のミートボールを箸で摘まんで差し出してくる。
見ると朔は僅かに涙目になっていた。そんなに食べたかったのか、ミートボール。
しかし、それも既に時遅し。もはやミートボールは俺の口の中。
やはりうまい、うまいぞミートボール。
「晃ぁ……。あんたは……あんたってやつはっ……! このバカっ! なんでこんな場所でっ、こんなっ……!」
「……あ、ごめん。つい……」
ミートボールに釣られてやってしまった。
変態カップルとか言われたばかりだったのに。
恐るべし、ミートボールの魅力。
「つい、じゃないわよっ! あーもう、いやっ!……こうなったら、二度と日の当たる所を歩けないようにしてあげるわ。今夜にでも私の服を着せて、街中を練り歩かせてあげるから覚悟しなさいっ!」
「なっ! そんなことしたら泣くぞ。大泣きするからなっ!」
情けない話だが、以前にも朔に女装させられて、大泣きしたことがある。
もう、これでもかという程に泣いた。
さすがに叔母さんもその異常さに気付いて、朔をこっぴどく叱った。それ以来、朔は俺を女装させることはしなくなったのだが、その悪夢を再び引き起こすというなら、俺は全身全霊を持って泣くしかない。
それしかこの身を守る手段はないのだ。
「……おまえら、その辺にしとけ。皆が見てるぞ」
「どいて宮内っ! このバカはっ……このバカはっ!」
宮内は俺と朔の間に割って入ると、朔に向かって小声で話しかけた。
「朔ちゃん、落ち着け。……いいか? ハッキリ言って、朔ちゃんの方がエグい。エグいよ。晃だって男だ。そんなことさせたら生きていけないぞ」
「だからするのよっ」
「落ち着いて考えてみろ。それと同時に朔ちゃんは、晃を女装させて楽しむ変態になるぞ。いいのか? それでいいのか?」
「ぐぅ……」
ようやく朔は怒りのボルテージを下げ始める。
宮内のお陰でどうにか俺は最悪の事態を免れたようだ。
ありがとう、宮内。
「おまえも時と場所を考えろ。ご主人様プレイは人目のつかないところでやれ」
「……はい」
こうして俺たちは変態扱いをされていくんだろうな。
というか、これってもう誤解じゃないよね。本当に変態的だよね。
俺たちは教室中の人たちの視線を一身に浴びている。それは間違いなく変態を見る目だ。
きっと、もう逃げられないのだ。見事に変態の称号は俺たちのもの……。
悲しすぎる。