day & night
気だるい日曜の昼下がり、叔母さんからお使いを頼まれた。
近所の雑貨屋までの道のりだが、めんどくさいことには変わらないので、優秀な召し使いに押し付けることにしよう。
そう思いながらリビングに向かい、呑気にポテチを頬張りながらテレビを見ている朔に声をかける。
「なぁ朔、叔母さんがお使い行ってきてだって」
「えー、やだよ。めんどくさいもん。それに今忙しいし」
朔はテレビから目を離さずに答える。
どうやら再放送のドラマが佳境に入っているようだ。ポテチを食べながらテレビを見ることが忙しいと言えるのかどうかは別として、そんなことは断る理由にはならない。
なにより、俺の言うことを断ることは出来ないのだ。
「行ってきて」
「……はい」
「これ、買い物のメモね。あと財布」
それを受け取った朔は俺を恨めしそうな目で見てくる。
なにやら心底嫌そうな顔だ。
「晃が頼まれた用事でしょ……これ」
「ああ、そうだよ。大丈夫、叔母さんには朔が快く引き受けてくれたって言っとくから」
いやぁ、朔はとてもいい子だね。親孝行って素敵。
「あとさ、ついでにコンビニでジュース買ってきて。いつものやつ」
「なっ……」
「わかった?」
「はい」
「んじゃ、よろしく」
「……覚えときなさいよ」
ひとしきり睨んでから朔はリビングを出ていった。
俺は残っているポテチをつまみながらテレビのチャンネルを変える。どれも興味を引かれない内容で、結局ポテチがなくなったところで自室に戻った。
その日の夜、夕食を食べ終わった頃に朔に呼び出された。
渋々朔の部屋のドアをノックし、招き入れられる。部屋に入ると朔は椅子に腰掛け足組みをして俺を睨みつけていた。
東雲朔(しののめさく)。十七歳、女子高校生。
アホ親父の弟、つまり叔父さんの娘で俺の三十五日程年下の従妹。
一般的な女子高生くらいの背格好で、胸は少し控えめ。前髪を片側だけヘアピンで留め、背中まで伸びたストレートヘアを纏めて上げていて、それが活発なイメージを与える。
性格は誰にでも優しく接し仲良くなれる、言わば八方美人タイプ。俺はその奥にある傲慢で横暴な一面を見続けてきたので、こいつが男子生徒にモテモテだということが未だに納得が出来ない。
「……正座」
「え?」
「ここに正座しなさい」
「……はい」
言われるままに朔の足元に正座する。
あからさまに見下されているのが屈辱的で耐え難い。朔はその優越感に浸ってニヤニヤした笑みを浮かべていた。
「最近ちょっと調子に乗ってるよね、晃。昼間も私を扱き使ってくれたしさ」
「おまえだって、俺をこんな目に遭わしてるだろ。むしろ俺より扱いが酷いと思うんだが」
「口答え禁止」
「……はい」
「だいたいさ……その俺って言い方やめてって、ずっと言ってるよね。なにそれ、グレてるつもり? かわいくないから、前みたいに僕って言いなさい」
「……ぐっ」
朔の意地悪そうな瞳がさらに輝きを増す。
俺を苛めることが趣味のこいつは、この容姿についてからかうのが日頃の楽しみなのだ。その度に俺は例えようのない悲しみと悔しさに打ち震えることになる。
東雲晃(しののめあきら)。十七歳、男子高校生。
女の子のように線の細い体つきで、左目の泣きぼくろがさらに女の子っぽく見える。
身長もそう高い方ではなく、悲しいことに、本当に悲しいことに、昔電車に乗っていたら痴漢に遭ってしまったこともあるくらいだ。その時の驚いて振り返って見えた痴漢の表情、泣きたいのはこっちの方だというのに、ハズレを引いてショックを受けたようなあの顔が今でも忘れられない。
だから俺は精一杯男らしくなろうと頑張ってきた。
言葉遣いから始まり、筋トレもしてみた。だが、いくら鍛えても筋肉がつく気配がなく、一向に弱々しい姿のままだ。せめて心は男らしくあろうとしているのに、朔がそれを邪魔をしてくる。
かわいいなんて言われるのはもういやだ。俺は人並みに男らしくなりたい。
「わかった? これからは僕ね」
「……はい」
この屈辱、いつかまとめて返してやる。
自分の立場をわかっていないのなら、わからせてやらなければ。
「あぁ、あと言葉遣いもそれっぽくね。かわいらしい感じで」
「……うん」
「よし、それでこそ晃よ」
朔はとても満足したように頷く。
その時の表情が一番輝いて見えるのは、きっと朔の性格が非人道的だからだろう。