表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

after days

 あれから数日が過ぎて、俺たちの生活はようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 クレハさんと別れ家に帰った俺たちは、叔父さんと叔母さんにこっぴどく叱られた。朔と並んで正座させられて、一緒に説教を受ける。そんな状況でもなんだか楽しかった。


 並んで怒られるなんて、きっと五年前の家出以来だろう。

 そんな波瀾万丈な一日が終わり、俺たちの新しい一日が始まった。

 ……だが、俺と朔の関係は今までと変わりはしない。日中は俺が主導権を握り、夜は朔が俺を自由に弄ぶ。あの夜のことはなんだったのかと、自分の行いを反省したのではないかと、問いただしたくなる。この数日の朔はそう思いたくなる程に変わらなかった。



「……ねぇ晃、ちょっと来て」

「なんだよ」

 リビングで退屈なバラエティー番組を流し見していると、朔が手招きをしてきた。

 仕方なくついていくと朔の部屋へ通され、パタンと扉を閉じられる。鍵をかけられたのは気のせいだと信じたい。

「なに? なにがしたいの?」

「ふふふふふふ……。楽しいこと、しよ?」

「楽しい……? その目は全然楽しい予感がしないんだけど」


 朔の目は完全に苛めっ子の目だ。薄気味悪い笑みを浮かべながらクローゼットに向かう朔。その隙に逃げようとしたが、朔の一声で俺は一歩も動けなくなる。

「私、気づいちゃったのよ。つまり晃はMなのよ。私に苛められるのが好きなの。だからこれからは晃が気持ちよくなれるように、じっくりと苛めてあげる」

「いやいやいやいや。違うから。全然違うから」

「だって、晃は私に命令されるのが好きなんでしょ? 私も晃に命令するのが好き。ほら、利害は一致してる」



 どうやら朔の中では、契約を消さなかったのは俺がマゾヒストだからだと、酷く自分の都合のいいように解釈しているようだ。

 ありえない。ありえないよ。


 確かに俺は朔のこと好きだって言っていないけど、話の流れで察してくれてもよかったはずだ。気づかないのは朔が鈍感だからか、それとも根っからの性悪だからか。

 だが、ようやく朔が反省の色を見せない理由がわかった。こいつは、自分に非はなかったとすっかり思い込んでいるのだ。


「それで、今日は晃に女装してもらおうと思って。ずっとやりたかったのよね。晃が男らしくならなくてよかったわ」

「ひぃっ! やっ、やめろっ!」

「ふふふふふふふっ。安心して、きっとかわいいわよ」

「そういう問題じゃねぇっ!」

 俺の叫びも空しく、朔は自分の服を何枚か選ぶと俺の身体に合わせてくる。

 しかも、どれもが女の子全開な服。本当に勘弁してほしい。


「大丈夫、私だって鬼じゃないわ。日が昇ればあんたの番。そうしたら、私のことを好きにすればいいわよ」

「……は?」

「私は晃になら、なにをされてもいい。ううん、されたい……のかも」

「へっ、変態だぁっ!」

「むかっ! いいわ、二度とそんな口叩けないようにしてあげる」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 

 



 

「よう、東雲兄妹。ん? ……どうした晃、朝から元気ないな」

「あ……宮内。助けて、朔が変態こじらせて変なスイッチ入っちゃった」

「誰が変態だっ!」

 登校中、校門近くで宮内に会う。昨夜のショックが抜けきらない俺の表情は、誰の目にも元気がないと明らかだろう。

 ついでに泣きすぎて目の周りが赤い。


「こじらせちゃったのか。すげぇエロい香りがするな」

「エロいゆーなっ! 宮内には関係ないでしょっ!」

「悲しいこと言うなよ、朔ちゃん。一体どうしたんだよ」

「なんでもないわよ」

 朔はぷいっとそっぽを向くとそれっきり黙ってしまった。ここで朔の変態行為を話せば、同時に自分の痴態を晒すことになるので、俺も口を閉ざすしかない。

 サドとマゾを同時に発症してしまった朔をこのまま放置しておけば、そう遠くない未来に俺まで変態呼ばわり……いや、既にそう言われている状態がさらに悪化することは明らかだ。

 早急になんとかしなければ……。



「……あ」

「どうした? 朔」

「ん……後で話す」

「……?」

「そういえば昨日ちらっと聞いたんだが、転校生が来るらしいぞ。しかも同じ学年らしい。しかもしかも女の子らしい」

「へー」

「ふーん」

「なんだよ、反応薄いな。ちっ、これだから勝ち組はむかつく。ちくしょう、おまえらはご主人様プレイでもしてりゃいいんだ。この変態カップルがっ」

 そう言って宮内は下駄箱から出した上履きを叩きつけ、乱暴に突っ掛けて逃げるように校舎を駆けていく。哀愁漂う背中がとても悲しい。


「ありゃダメね。モテそうにないわ」

「そう言うなって。あれはあれで深い悲しみがあるんだ」

「なによ」

「おまえが変態だった」

「……そう。今夜が楽しみだわ」


 それはどういう意味だろう。やはりお仕置き的な意味と捉えて間違いないのだろうか。

 周りの目よりも自分の身の安全を確保する方が先決かもしれない。早くも後悔の連続で、あの時の選択を間違えた気がしてくる。

「そうだ、さっきクシャトリヤを見たのよ。一瞬だったけど、あの豹柄は多分……そう」

「クレハさん、まだこの街にいるのか。ホストクラブに通ってるのかな?」

「もう一度会って別の選択をするなんて嫌よ?」

「……あ、あぁ。わかってるよ」


 釘を刺されたみたいで癪だが、俺もクレハさんには会うつもりはない。きっとあの人は俺たちを元に戻すつもりはないだろう。

 それどころか、もう一度のこのこ会いに行ったらさらに酷い目に遭いそうだ。

「んじゃ、またね。……あ、昨日も言ったけど、日中はあんたに尽くしてあげるわよ?」

「……じゃあ、ご主人様って言って」

「はい、ご主人様」

「つっ……!」


 なんだろう。今、凄くドキドキした。恥ずかしそうに頬を赤らめる朔がとてもかわいい。

 それを見ていると、支配欲みたいなものがムラムラと込み上げてくる。朔はこの欲動に当てられたのだろうか。確かにこれは癖になりそうな気がする。


「ばーか」

「……あっ」

 俺が動揺しているのを見て嘲笑う朔。

 そしてそのまま自分の教室へと消えていった。

 

 



 先程宮内が言っていた転校生というのは本当のことらしい。その証拠に、うちのクラスにからっぽの机が一つ増えていた。ちなみに俺の席の隣だった。

 クラスの連中がソワソワとした中、HRが始まる。出席確認が適当なうちの担任は、教室を見渡して欠席がいないことを確認すると、早々に転校生の紹介に入る。


「おーい。入ってきていいぞ」

「……失礼します」

 途端、クラス中に喚声が上がった。俺も思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 その転校生は、目を見張る程の美少女だった。

 艶やかで腰まで伸びた黒髪と人形みたいに整った小顔が、まるっきり時代錯誤だ。校則そのままの膝丈のスカートが彼女の清楚さを際立たせている。

 現在は花柳高校のヒロインの地位に何故か朔が居座っているようだが、朔は中身がアレなので、この転校生にその座を奪われるのも時間の問題だろう。俺の朔が他の人に変な目で見られるというのも気分のいい話ではないので、このまま人気が彼女に移ってくれた方がいい。



「あー。じゃあ、自己紹介を」

「水無瀬紅葉(みなせもみじ)です。皆さん、よろしくお願い致します」

 カナリアが囀るようなかわいらしい声。何もかもが完璧に見える。

 なんなんだこの美少女、これで性格がよかったら学校中の人間の人生観が変わりそうだ。

 だが、モミジという名前に妙な既視感を覚えるのは気のせいだろうか。

 ……きっと気のせいだろう。


「んー。まぁ、通過儀礼の質問タイムといこうか」

「はいはいはいはいっ!」

 クラスメイト、主に男子から立て続けに質問が浴びせられる。それに対して一つ一つ丁寧に返答していく水無瀬さん。言葉の端々から育ちの良さが垣間見えた。

 HRの時間が終わりに近づき、担任が質問を打ち切る。


「えーと。水無瀬の席は東雲の隣な。ほら、あの空いてるとこ」

「わかりました」

 流れるような足取りでこちらへ向かってくる水無瀬さん。皆が息をのんでいるので衣擦れの音まで聞こえてきそうだ。

 水無瀬さんが着席すると担任は後回しにされていた伝達事項を早口に喋る。

 だが俺は……いや、一人の思春期男子高校生として当然の如く、隣の美少女が気になって仕方ない。チラリと横目で水無瀬さんを見ると、何故か彼女も俺の方を見ていて目が合ってしまった。


「あっ……そのっ……」

「よろしく。晃くん」

「……あ、よ……よろしく」

 突然笑顔を向けられて気が動転してしまう。

 だが次の瞬間、背筋がゾクッとした。何か起きたというわけではない。ただ、なんとなく身の危険を感じたような、とても曖昧なもの。突然の美少女にデレデレしていた俺に朔がテレパシーを送ってきたのかと思ったが、さすがにそれはありえないだろうと否定する。



 ……そういえば、なんだが違和感があったような気がするが、なんだっけ?

 思い出そうとしてもう一度水無瀬さんをチラリと見てみる。

 また目が合った。というか、ずっと見られている。初対面なはずなのに。

 だが、俺はこの奇妙な出来事を前にして、なんの根拠もないが確信してしまった。


 水無瀬紅葉。



 この美少女転校生のせいで、俺の高校生ライフは荒れに荒れると。朔も巻き込んでとんでもない事態に陥れられると……唐突に確信してしまったのだ。

 朔との常識外れな主従関係だけでお腹一杯だというのに、天はさらなる試練を与えようというのか。


 ……泣きたい。


これにて花柳シリーズ第二作目、『東雲さんちの主従関係』はおしまいです。

読んでいただきありがとうございました。


次はクレハさんの妹が……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ