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「……ふぅ。なんとかうまくいったな」
あの二人が公園から出て見えなくなったところで一息つく。
いやぁ、面白かった。
こんなにワクワクしているのは何時以来だろうか。まさか自分の術式に知らないことがあったとは……。
そもそも従者シリーズを半分ずつ食べるという発想が面白すぎる。
あいつらは生粋の馬鹿だな。本当に興味深い。
「ったく、君の性格の悪さは相変わらずだな……。記憶が消えるなんて大嘘にも程がある。確かに、簡単に契約を破棄するのはもったいないとは思うけどね」
「……スカーレットか? なんだその姿は」
先程まで近くのベンチで眠っていたホームレスが私の目の前にいる。何年も着続けているような服にボサボサの髪と髭。五十歳にも七十歳にも見える世間とは離れたような容貌。
まさしくホームレスといった風な姿。
「……コーヒーでもどうだ?」
「その手にはのらないよ」
「だろうな。で、ずっと様子を窺ってたのか。おまえの方が趣味悪いんじゃないか?」
「……だって面白そうだったんだもの。そして、君の想像するよりも遙かに面白い展開だったよ。笑いを堪えるのが大変だった。録音してあるんだけど、聞くかい?」
「素晴らしい。さすがスカーレット。……それより、その姿をなんとかしてくれ。見ててなんか不愉快だ」
「あぁ、失礼」
次の瞬間、スカーレットの周囲の空気……空間そのものが歪み、スカーレットの姿がみるみる変わっていく。ものの数秒で老いたホームレスから喫茶店のマスターの姿になった。
何度見ても感心する。
存在そのものを変質させる秘術。何者にもなれる故に何者でもない。その陽炎のような世界の中でなお、確たる自己を持ち続ける男。完全なる存在……。
鬼種の末裔である私ですら、こいつの底は知り得ない。だからこそ私はこの男が欲しい。
「そういえば、なんで喫茶店なんかやってんだ?」
「人間、働かないと不健康になるからね」
「なんだ? 暇すぎて脳みそとろけだしたのか?」
「君みたいに世界中をうろちょろしてるのもどうかと思うけど。まったく、人を支配する研究以外にすることはないのかい?」
「そうだな、たった今することを見つけたぞ。……で、頼みがあるんだが、しばらく私の姿も変えてくれないか? それと、身分の偽造も」
「……なるほど。それは面白そうだ」
スカーレットは私の考えを簡単に理解した。なんだかんだいっても、こいつの性格は私と大差ない程に捻くれている。これはもう長い時を生きる者の宿命なのかもしれん。
「さて、どんな姿がお望みだい?」
「そうだな……」
私が思案しているとスカーレットはスッと近寄り、私の髪を梳きながら口許に笑みを浮かべる。調子に乗ったスカーレットは頬にまで手を伸ばしてきた。
こういうことを平気でするところは心底腹立たしい。いつかこいつの余裕綽々な表情をへちゃむくれにしてやりたい。
「おや、少し老けたかな?」
「……次言ったら三回は殺す。別々の方法でな」
私にそんなことを言える人間が限られているからだろうか。まだ若さ溢れる身体だというのに老けたなどと聞くと殺意が沸いてくる。
「おぉ……怖い。今後は気をつけるよ」
「そうしろ。どうせ死なないんだから、なんの気兼ねもなく殺すぞ」
「本当に性格悪いよね、君。……そうだ、今回は面白そうだから協力するけど、私の店には入り浸らないでくれよ? 平穏な生活を満喫してるんだから」
「……あぁ」
スカーレットを自分のものにするにはまだ時間がかかる。より強力な術で縛らなければ、この男を支配することは出来ない。
それまでは放っておいてやるさ。今は新しいおもちゃを……。