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answer

「どうしよう……晃はどれを選ぶつもりなの?」

「俺は……」


 このまま朔のおもちゃとして生きていくくらいなら、いっそ全ての記憶を失って新しい人生を始めることも悪くはない。

 ……そうさ、俺はやり直しを願う。五年前のあの日から、何もかもなかったことにして。



「晃……まさか……」

 朔は俺の覚悟を感じ取ったようで、大きく目を見開き震えている。やはり朔の中では記憶を消してでも元に戻るという選択肢はなかったようだ。それは俺と朔の五年間の積み重ねの違いである。

「……ねぇ……待ってよ、よく考えて。記憶がなくなっちゃうんだよ? そんな簡単に諦められるものじゃないでしょ?」

「だからって、これからもおまえのおもちゃとして生きてくなんて絶対に嫌だね。なんだって自分のことを嫌ってる人間の命令を聞かなきゃいけないんだ。そんなことするなら五年間の記憶くらいくれてやるっ」


「……え? 私が晃を嫌ってる?」

「そうだろ? じゃなきゃこんな酷い扱いするはずがない。……俺はこれでも朔に紳士的に接してきたつもりだ。それでも朔は俺を奴隷のように扱う。朔は俺が嫌いだから、人間として見てないからこんなことが出来るんだ」

「……ちがっ……違う……そんなつもりじゃ……」

 朔はよろよろと後退りしながら俯いてしまう。

 その震える声を聞いて俺は酷いこと言ってしまったと気づく。



「あ……いや……ごめん」

「……そう……だよね。私、晃にずっと酷いことしてきたもんね。……でも、晃のことが嫌いだからしてきたんじゃないの」

「なら……どうして?」

「……晃を……晃が私のものだって、感じたかったの。晃が私の言いなりになるのを見るとなんか嬉しくて、その支配感が気持ちよくて、つい……晃に意地悪しちゃって……」

「……は?」


 つまり、あれか? 今まで朔は好きな子を苛めたくなくなるという、小学生的な思考のもとに俺をあんな風に扱ってきたのか?

 ……泣きたい。意識をしっかり保たないとこのまま崩れ落ちそうだ。



「じゃあ、朔は俺を好きだから苛めてたのか?」

「……うん。でっ、でも、それだけじゃないわよ。あんただって悪いんだからっ」

「なんでだよ」

「夢を、見るのよ。同じ夢を。私が晃にメチャクチャにされる夢。私は晃に逆らえなくて、されるがままなの。最初はとてもむかついて……そのうちなんだか気持ちよくなってきて……ふと、これは私が望んでることなんじゃないかって思うようになって……そう思うと無性に腹が立って、いっそのこと私が晃を自分のものにしてやろうって考えるようになったの」


「おまっ、ただの被害妄想じゃねーかっ!」

「だから実際にあんたが襲ってくればそれで終わったのよっ!」

「んなこと出来るかっ!」



 朔の突拍子もない言い訳に体中が熱くなる。

 だがすぐにひんやりとした風が夜の公園を駆け抜け、火照った体を冷ましてくれた。朔を挟んだ視線の向こうで、ホームレスらしき人が身を抱えて震えているのが見える。

 いや、そこまでは寒くないと思うが……。


「……私ね、今日マスターの言葉を聞いて思ったの。私もクレハさんと同じなのかもって。それまでは晃の心まで私のものに出来ると思ってた。……でも違った。それどころか晃に嫌われちゃったんだね……」

「あ……いや……」

「だからもう、おしまい。……でもね、私忘れたくないの。晃を好きだったこと。今まで晃と過ごしてきたこと。……だから、私が晃のものになるからさ……記憶を消さないで」

「朔……」


 大粒の涙を流しながら言葉を紡ぐ朔を前に、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。何一つ気の利いた言葉も出てこない。

 突然の告白、予想外の好意。



 俺は今まで朔のことをどんな目で見ていただろうか。

 親父が外国へ飛び立ってから五年。そしてクレハさんと出会い、この奇妙な主従関係が出来てから五年。本当に、ずっと一緒にいた。思い返せば楽しい記憶より朔に苛められた記憶の方が多い。それでも俺は朔と離れることはなかった。


 呪いのせいではない。俺は……。



「……ねぇ、晃。最後に一つだけ命令……ううん、お願いさせて。……私を……私を嫌いにならないで……」

 そう言いながら朔はゆっくりと俺に近づき、首に腕を回した。迫り来る唇のしっとりとした質感に目を奪われ、俺は一歩も動くことが出来ない。

 そして、気づけば自分から朔の腰を引きつけ、唇を合わせていた……。

 

 



 

「……さて、結論は出たか?」

 食事から戻って来たクレハさんは缶コーヒーを片手にニヤリと笑う。


 それが今回の触媒なのだろう。俺がその缶コーヒーを朔に飲ませれば、俺は朔の支配から解放される。

 夢にまで見た自由。それが目の前にあるのだ。

「どうした。おまえたちはなにを望む? さぁ、選べ」

「……晃、いいよ。好きにして」

「俺は……俺はっ……」



 そうだ。迷う必要はない。

 ……だって、今までも心の奥ではずっと望んでいた。



「そのコーヒーは……いりません」

「ほう? なら、記憶ごと契約を消し去ることを望むか?」

「晃っ!」

「……いえ、それも違います。俺は……ずっとこのままの関係で、朔と一緒にいたいんです」

「え? あ……きら?」


 あぁ、言ってしまった。

 不思議と嫌な感じはしない。それはきっと間違いではないからだろう。



 そう……俺は朔にすっかり惚れてしまっていたのだ。思い出せない程に昔から。この傲慢で横暴な性格もひっくるめて、それでも俺は朔が好きなのだ。

 きっと、全てに従順な朔と一緒にいても楽しくない。だから俺たちはこの奇妙な主従関係を続けていく方が、俺たちにとってはとても普通なことなのだと思う。


「そうか……おまえたちがそう言うなら仕方ないな」

 なにやら満面の笑みを浮かべるクレハさん。どこかで壮大に騙されているような気がしないでもない。心底気のせいであることを願う。


「晃……それでいいの? 後悔しない?」

「後悔なんてしない方がおかしいさ。それでも俺はこれを選んだんだ」

「ありがとう……晃」

「いやぁ、これで大団円だな。随分と楽しませてもらったよ。……ほら、子供は家に帰る時間だ。さっさと帰れ」

 用済みになった途端、俺たちを邪険に扱うクレハさん。この人は本当に、どうしようもないくらい性格が悪い。

 これ以上関わって、また余計なことをされてはかなわないので帰った方がいいな。叔父さんも叔母さんも心配しているだろうし。



「帰ろうか……」

「……うん」

 どちらともなく手が触れあう。これからも俺たちはうまくやっていけるだろう……。


 ……多分。


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