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recollection

前回投稿した『人は誰もが黄金の庭園を夢に見る』と登場人物が一部重複しています。

続編でもなんでもないので読むのに支障はありませんが、前作を読んでいただけるとより楽しめると思います。

よろしくお願いします。

 五年程前、俺は家出をしたことがある。

 あれは確かアホな親父が世界へ飛び立って、叔父さんの家に預けられた一年目の夏休みのことだ。

 家出の理由はもう思い出せない。きっと宿題をしなかったとか、手伝いをしなかったとかで怒られた……そんな些細なことだったのだろう。


 とにかく俺は同い年の従妹の朔(さく)と一緒に、小さな反抗をして家を出た。

 それが最初で最大の間違いだったのだ。俺は……俺たちはあの時、全ての人生を狂わされた。

 あの魔法使いによって……。

 

 




 勢いで家を出たものの、行く当てなんてなかった。

 僕たちはこれからどこに行けばいい? これからどうやって生きればいい?

「どうするの? 晃(あきら)。私、お金持ってないよ」

「……僕も」

 僕たちは少し遠くの公園のブランコに座っていた。もう何時間も何時間も。夕方になっても僕たちはここから動けなかった。

 帰りたくない……。ただ、それだけの気持ちが僕たちをここに居続けさせた。

「ねぇ、晃。いつまでここにいるのかな?」

「朔は帰りたいの?」

「……やだ」

「だよね。……どうしよう」

「どうしようね……」


 二人でブランコを揺らす。

 思い切り漕ぐ気にもならず、足下の土を削りながら少しだけ行ったり来たりを繰り返す。そんなことに夢中になっていれば、目の前の現実が遠くなっていくような気がした。

「……あ、ヒョウ。子供かな」

「豹? 馬鹿だなー朔。豹なんて、こんなところにいるわけ……豹?」


 朔が指さす方を見ると、確かに豹のような動物がいた。

 というか、これは多分豹柄の猫だ。大きさも顔つきも猫のようだが、黄土色の体に焦茶色の斑点のような模様は、間違いなく豹柄だ。鋭い目つきがどことなく普通の猫とは違う何かを感じさせる。

 そんな奇妙な猫が、ジッと僕たちのことを見つめている。

 なんだか心の奥まで見られているような、もしくは僕たちの方がその猫の瞳に吸い込まれるような感じがした。


「……ただの猫だよね」

「ヒョウの子供だよ、きっと」

「じゃあ、朔も食べられちゃうかもしれないよ?」

「ええっ。それなら先に晃が食べられて。そうしたらお腹いっぱいになって、私は助かるかもしれないし」

「いや、逃げる選択肢はないの?」

「知らないの? ヒョウってすっごく足が速いんだよ」


 きっと朔は豹とチーターを一緒にしている。……でも、結局は豹からも逃げられないのだから同じか。

 そんな呑気なことを考えているうちに、その豹柄の猫は僕たちのいるブランコの側まで近づいてきていた。さすがに食べられてしまうとは思わないが、体を低くしてゆっくり近づいてくるからとても怖い。

 逃げたら追いかけられそうで、ブランコから立ち上がることも出来ない。



 その猫はあと数メートルというところで足を止め、僕たちを見つめる。

「……食べるなら、晃からね」

「きっと、朔の方が美味しそうだって」

「そんなことないよ。晃もかわいいもん」


 かわいい……。それは僕の一番嫌いな言葉だ。

 ずっとかわいいと言われ続けてきた。僕は男なのに、女の子みたいでかわいいと……。

「お、こんなところにいたのか。探したぞ」

「……え?」

 そう言いながら近づいてくる紙袋を抱えた女の人。でも、僕はその人を知らない。朔もキョトンとした顔をしている。


 とても綺麗な人だ。二十歳くらいで、背が高くてスラッとしていて、赤くて長い髪がちょっと怖い。よく見ると、顔を覆うような前髪の奥で赤い瞳が光っている。

 赤いお姉さん。

 そんな言葉しか浮かんでこない。なんだか漫画に出てくる悪の女幹部って感じ。



「ん? どうした、行くぞ」

 赤いお姉さんは僕たちではなく、豹柄の猫に話しかけていた。どうやらこの人の飼い猫らしい。豹柄の猫はお姉さんをチラッと見たが、すぐにまた僕たちを見る。

「こいつらが気になるのか? ったく……おまえたち、子供は家に帰る時間だぞ」

「………」

「………」

「どうした? さっさと帰れ」


 そんなこと言われたって僕たちは家に帰る気なんてない。家出一日目で帰るなんて、負けじゃないか。僕も朔も、ブランコにしがみついて離れる気はないことをアピールした。

 そんな僕たちを見て赤いお姉さんはしばらく何か考えていたが、急に妙な笑みを浮かべた。

「なんだ。おまえたち、家出中か? 楽しそうだな」

 楽しいもんか。どうしたらいいかわからずに、ずっとここにいるだけなんだから。


「だが、子供二人じゃどうにもならんだろう。……よし、私がいいものをあげよう」

「いいもの?」

「ああ、ちょっと待ってろ……」

 そう言うと、お姉さんは紙袋から何かを取り出した。パンだった。

 見ればそれは公園の近くのパン屋さんの紙袋だ。とても美味しいので、よく叔母さんが買ってくれる。

 それがいいものなんだろうかと考えていると、お姉さんは何かを呟き始めて、そのうちパンが光りだした。

 青白く光るパン。とても怖い。



「まぁ、こんなもんだろ。……ほれ、プレゼントだ」

「いらない」

 朔の意見に同意なので僕は黙っている。変な人にものを貰ってはいけないことくらい、子供にだってわかる。

「そんなことを言わずに貰っとけ。いいか、これを大人に食べさせるんだ。これを食べた人間は、食べさせた人間の命令に逆らえなくなる。衣食住を用意させることくらい簡単なことだ」


 何を言っているのかわからなかった。

 きっと頭がおかしい人なんだろう。パン一つでそんなこと出来るわけないじゃないか。

 しかもこのパンは前に食べたことがある。食べても何も起こったりはしないんだ。

「だが、一つだけ条件がある。食べさせる前に、これを食べれば奴隷になってしまうことを相手に伝えることだ。納得させる必要はない。知ること、それが契約の条件だ」


「……意味わかんない」

「まぁ、とりあえず貰っとけ。いらなきゃ捨てればいい」

「お姉さん、なにしてる人? 漫画の読みすぎじゃないの?」

「失礼な。私は魔法使いだ。今は旅の途中だが、この街には友人に会いに来た」

 やっぱり変な人だった。大体、今時魔法使いなんて流行らないよ。子供にもすぐばれる嘘をつくなんて、どうしようもない大人だ。

「私がしてやれるのはこれくらいだ。頑張って金持ちそうな大人を狙え」


 そう言ってパンを僕に押しつけると、赤いお姉さんはしゃがんで猫を撫でた。怖かった猫の顔が緩んでいくのを見て、僕はかわいいと思ってしまった。

 きっと雄だろうこの猫もかわいいと言われたら嫌なんだろうか……。

「これで満足か? じゃあ行こう。……あいつに会いに行かないとな」

 赤いお姉さんは立ち上がって公園の出口へ向かう。

 豹柄の猫もその後を付いていってしまった。

「じゃぁなー。頑張れよー」

 去り際に後ろ手に手を振るお姉さん。なんだかもう僕たちのことは、どうでもよくなっている感じがした。



 そして、あとに残ったのは僕と朔とパンが一つ。どうしたらいいんだ一体。

「なんなの、あの人」

「ただの変な人だよ。魔法使いなんているわけないよ」

「そうだよね。……でも、それどうするの?」

 僕の手の中にあるパンは焼きたてのようで、まだほんのり温かかった。

 家を飛び出してから何も食べてないこともあって、とても美味しそうに見える。


「……お腹すいたね」

「うん。晃はおやつとか持ってないの?」

「ないよそんなの。今ある食べ物っていったら……」

 持っていたパンを朔に差し出す。

「食べる?」

「さっき光ってたよ、それ。大丈夫なのかな?」

「わかんない。……でも、これしかないし」

 あの光はきっと手品かなんかだ。

 そしてあの人の話を信じて大人に食べさせて、結局命令なんて聞かない大人を見て僕たちが悔しがるのを期待してるんだ。そうに違いない。


「うん……食べても大丈夫だよ、きっと。……はい、朔」

「そうだよね。魔法なんてあるわけないよ」

 朔は僕からパンを受け取ると、それを半分ずつにちぎった。

「半分こ……しよ。こっちが晃の分」

「ありがと」

 朔からパンをもらって一緒に食べる。

 美味しかった。前に食べた時と変わらない味。

 やっぱり赤いお姉さんが何か変なものを入れたような感じはしなかった。もしかしたら、どこか物陰で僕たちを見ていて、今頃悔しがっているかもしれない。

 そう思うとなんだか勝ったような気分になった。

 

 




 だが、それは俺の勘違いで、むしろ俺たちは絶望のどん底に叩き落とされた。

 結局俺たちはあれから数時間も経たないうちに叔母さんに見つかって、家に連れ戻されてしまった。小六の夏休みの家出は一日と持たずに終わってしまったのだ。

 それでも俺たちの世界はすっかり変わってしまった。


 あの赤いお姉さんは本当に魔法使いだった。

 俺と朔はあのパンを食べて、とんでもないことになってしまったのだ……。


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