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むりやり保安官の事件簿  作者: 名瀬口にぼし
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第7話 死体発見

「おい」


 次の日の朝、私はうっすらと聞こえる男の声で起こされた。

「……誰?」

 目をこすりながら体を起こし、あんまり働かない頭で問いかける。


「お前、男が近づいてるのに寝てていいのか?」

 ギィの声が上から降ってきて、やっと完全に目が覚めた。見上げると、黒いコートを着たギィが立っている。


「ちょっと! 勝手に入ってこないでよ」

 私はキルトの掛け布団で寝間着姿を慌てて隠した。

「新しい死体が出たの言うのにお前がぐうすか寝ているから、こうやって一応起こしに来てやったんだろうが」

 ギィはムッとした顔で言い返した。


「へ? 死体?」

 私は思いがけない事件の進展に驚いた。

 一応捜査に一緒に行こうって気にはなったのかな?

 少しは見直してじっと見つめると、ギィは期待を裏切る言葉を吐いた。

「どんな状況か知らないが、お前も一回殺人現場を見てみれば帰りたくなるかもしれないしな」


 前言撤回。やっぱ許さないままで。

 私は無言で枕を投げた。ギィはひょいと軽くかわす。

「ニールからの情報によれば、牧場の近くの森のほうだ」

 ギィはそう言い捨てると部屋を出た。すぐに、馬で駆けていく音が聞こえた。結局そこは別行動らしい。

 それから十分後、着替えを済ませた私は馬に乗ってギィの後を追った。朝食は食べれなかったが、後で何か食べればいいだろう。


 こんなに早朝の時間帯は普段起きてないので、空が見慣れない色をしていた。西の空は暗く、東の空の薄いオレンジと水色のグラデーションが、夕日とは違った透明感できれいだ。

 早起きな人たちが動き出した気配のする村を通り抜け、私は牧場近くの森へ駆けた。


 夜の雰囲気の残る森は、暗くてちょっとだけ怖い。だけど、人の話し声が聞こえたので、ほっとした。

 私は馬を適当なところにつなき、話し声の方へ歩いた。ギィとニールとイサイアスの三人がいるのが見えた。

 手前にいたニールが、私の存在に気づいてくれた。ニールは青ざめてお疲れな表情だ。

「アイオンちゃんも来たんだね」

「アイオンさん、おはようございます」

 イサイアスが妙に丁寧に手を振る。

「遅かったな」

 ギィはわき目もふらずに、かがんで何かを調べていた。ギィの視線の先には男の死体がある。その顔には見覚えがあった。コールリッジ牧場の次男――、サイモンだ。

 ほんとに死んだんだ、この人。


 死体に近づくと、ムッと血の臭いがした。サイモンは小道のわきの木に寄りかかるように倒れていた。周りには血だまりができていて、仕立てのいいコートは血まみれ。左目は撃ち抜かれ、目があるはずのところはぽっかりと赤黒い穴が空いている。無事な方の目はわりと普通に開いている。

 うーん、気持ち悪いなぁ。

 実際に死体を目の当たりにすると、怖いというよりはただただ気味が悪かった。


 私が眉をひそめていると、ニールは発見した時の状況を教えてくれた。

「牧場の人が朝発見したらしいよ。うちに使いの人が伝えに来た。でも死後硬直の具合からして、死んだのは昨日の深夜っぽいな」

「すごいですね、ニールさん。死亡推定時刻とかわかるなんて、医学の心得があるんですか?」

 イサイアスが過剰にほめる。

 ニールは青い顔をちょっとだけ赤くして恥ずかしそうに頭をかいた。

「まぁ、一応親が学校行かせてくれて、医学はかじったから。デュバルさんは、弾丸からすぐに銃の種類がわかるんだって?」

「まぁ、腐るほど見てるからな。これによれば、サイモンは44口径の銃で殺されたようだ」

 ギィは遺体のそばの木から、ピンセットを使い弾丸をそっと取り上げた。そして、手のひらに広げた白い布の上に注意深く落とし、じっと観察。

 ギィの片方だけの琥珀色の瞳が細められ、まつげの下で鋭い輝きを放つ。

「五条右回りのライフリングの感じが、レミントンМ1875のようだが……」

 自分に語りかけるかのように、ギィが低くつぶやいた。さすがにちょっと探偵っぽい。


「でも、何で深夜にこんなところにいたんだろうね。犯人に呼び出されたのかな?」

 私も少しでも推理に参加しようと、がんばって発言してみたら、イサイアスが答えてくれた。

「何でも、サイモンは夜に友人たちと馬鹿騒ぎした後に、俺が犯人殺ってやるとか言ってと一人で森へ行ったらしいですよ。酒場から騒いで出ていくのを何人も見ています。僕も見ました」

「複数の人が、サイモンが森に行ったのを知っていたってことだな」

 ギィはイサイアスの話のメモにとった。

 私も何か書くもの持ってこればよかった。

 失敗したなぁ、と地面に視線をおとす私。


 すると草の間からキラリ、と光る物が見えた。そっとハンカチを使い拾う。それは白い四つ穴のボタンだった。金の縁取りがしてある、ちょっと凝ったデザインだ。

 もしかして、犯人の落としたものかも? やった!

 やっと捜査っぽいことができて、喜んでいると、後ろから突然、大きな影が近づいた。


「サイモン、とうとうお前が殺されてしまったのか……」


 しわがれた声。驚いてポケットにボタンをつっこみ振り返ると、コールリッジの家で見た老人がすぐそばに立っていた。髭だらけの顔で巨大な老人。コールリッジ家の当主で名前は確か――。


「オズウェルさん」

 ニールが、気まずそうな顔でお悔やみの挨拶をする。

「 この度は、思いもかけないことで……」


 だけど、その声は老人には届かなかったらしい。老人はふらつきながらも息子にたどりつき、ギィを押しのけてサイモンの遺体の前に倒れこんだ。

「わかっているぞ、殺したのは奴らだな。わしが、わしが復讐してやるからな……」

 老人は物騒なことを言いながら息子の遺体のそばで嘆き、泣く。

 捜査していた場所を奪われたギィは、老人の様子を注意深く見ていた。


 父親とは距離を置くように、後方からゆっくりと長男のジョシュアが歩いてきた。ジョシュアは遺体から離れたところで立ち止まり、何も言わずに弟の亡骸を眺めてる。

 その落ち着いた表情は、悲しんでいるというよりも、むしろ安堵しているみたいに見えた。


「あなたは悲しくないですか? 死んだのはあなたの弟ですよね」

 ジョシュアに近づきインタビューするイサイアスの眼鏡の奥の瞳は、記者特有の無邪気な残酷さをまとっている。ジョシュアが少し恥じたように、声を荒げる。

「悲しくないわけじゃない。僕は父みたいには泣けないだけだ」

「そうですか」

 イサイアスの無遠慮な相槌に、ジョシュアが眉をひそめる。


 黙々と観察するギィ。泣く老人。嫌な雰囲気がその場を包む。

「あの、早朝からここにいるし、俺はその、朝食食べに家戻ろかなーって」

 居心地が悪そうに立っていたニールが、逃げ出そうと手を上げる。

「僕もお腹すきました」

 イサイアスは何にも考えてそうだが賛同した。

「じゃあ、僕たちは朝食食べに移動しよう! ジョシュア、オズウェルさん、僕たちはこれで失礼します」

 ニールは慌てて、後ろ歩きで去っていく。

 老人の反応はなく、ジョシュアは何も言わずに立っていた。

 私とギィは顔を見合わせると、ニールとイサイアスの後に続き、サイモンの遺体を後にした。


 振り返ると、虚ろに開かれた死体の眼と、目があった。最初に見たときも嫌な気持ちになったけど、改めてみるとさらにぞっとした。私は急いで馬のもとへ戻った。

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