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アンドレと鳥

作者: ルジェニ

軍属のソラウサギ二羽が、今朝方、東サグンフェ基地の南東四十キロの地点で撃墜された。高度二千。生存見込みなし。ソラウサギ参謀部、これを、かの暴虐の帝国モモイロペリカンによる明確な敵対行為であるとし、即日、宣戦布告の意見書を汎ウサギ連合議会に発議す。審議の結果は早くも本日夕刻には出される模様。云々。

ツキノウサギのアンドレは、その記事を続けて三度読んで、それから、胸がすっと震えるような、飛び上がらずにはおれないが飛び上がる衝動をどうしても抑えたくなるような、叫ぶつもりはないが喉からどうしても声が出てしまうような、そんな心持ちがした。ついに、ウサギの未来と繁栄のために、この身を捧げるときが来たのだ。軍属が殺されたとあらば、間違いなくこれは戦争になるだろう。十三年前のときもそうだった。今夜のうちには宣戦布告の文書が正式にモモイロペリカンに通知され、明日の日の出とともに戦闘が開始されるはずだ。そして、おそらく明日中には、お上から徴兵のお達しがくる。アンドレは、優秀とされるツキノウサギのなかでも、まずまず悪くない脚と耳を持っていた。だからきっと最前線で使ってもらえるに違いなかった。

さて、翌朝、サグンフェ市の南二十六キロの地点にて、ノウサギ陸軍はモモイロペリカン領最北の都市ジャヤーワ市街地に向け、間断ない砲撃を浴びせかけた。続いて百羽あまりのソラウサギ爆撃隊が爆弾を降り注がせ、それから精鋭のヤマウサギ第一師団が抜群の脚力でもって殺到し、ものの三時間のうちにジャヤーワ市街地に汎ウサギの象徴である軍旗を起てるに至った。この作戦行動のさなかに、汎ウサギ連合議会の名による、正式な宣戦布告文書がモモイロペリカン政府に通達された。その日の夜、アンドレに戦時招集の号令がかった。

瓦礫の上に作られたジャヤーワの仮設基地では、既に爆弾の音も銃の音もとっくに聞こえなくなっていて、主力戦闘部隊もいなくなっていた。四日のうちに、前線は遥か百キロ彼方へ進んでいた。哀れなモモイロペリカン市民たちは、飛ぶことを一切禁じられて、不慣れによたよたと歩き回っているばかり。電光石火の脚力でベラン、ヘラート、マルシャヤンと占領してゆくウサギ軍は、早くも敵の帝都ワゾーホゼに迫ろうとしていた。徴兵された兵隊たちがつぎつぎと前線に運ばれてゆく中、アンドレは、期待に反して、この何もない街の警備部隊に任じられた。

これでは少しもウサギの未来と繁栄に貢献していることにはならないじゃないか。とアンドレが歯がゆく思ったのも無理はない。最前線よりも本土がずっと近いのだから、もはやこの街にはいかなる脅威も訪れるはずがなかった。何度か、街の司令部に出かけて、前線への配属変更を頼み込んではみたものの、全く相手にされなかった。

それから一ヶ月が経ち、前線は十日ほど前より帝都ワゾーホゼ包囲戦に着手していた。ワゾーホゼは円形に城壁に囲まれており、攻め込むのは容易ではない。また、空からも、多くの高射砲が配備されているので、多くの犠牲を強いることは必至である。しかしそれでも、圧倒的な火力を持った上での人海戦術をとった精鋭のウサギ軍を前に、陥落は時間の問題であった。アンドレは、前線の部隊が何らかの作用によって壊走し、敵の主力がこの小さな街に殺到することを空想してみたり、実際に夢で見たりした。毎朝の短い通知では、前線の大変なことは少しもわからない。それでなくても、余りにも平和すぎたので、祖国の窮地になりうるとは分かっていても、なお自分が活躍する場が生じることを期待せずにはいられなかったのだ。

まもなく、ワゾーホゼは陥落した。モモイロペリカン第二代皇帝は、わずか十七羽の近衛騎士団を率いて宮殿を飛び立ち、上空にいたソラウサギ第七航空旅団八十羽に切り込み、華々しく果てた。その逝き様は敵でありながら最大級の賛辞に値する、誠の騎士精神に根ざした美しいものであったと、ウサギ各紙で報じられた。


その年、アンドレは、久しぶりに母のもとへ帰った。母は、息子の無事を喜んだ。


この青年こそが、後年汎ウサギ連合首相にまで上り詰め、一時、ウサギの最大の繁栄の時代を築き、しかしその後、圧倒的に国力の差があったエミュー・フラミンゴ国との全面戦争を回避できず、ついに自らとツキノウサギを一羽残らず地上から消す結果を引き起こした、アンドレ・マクシミリアンである。


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