(2)不幸
ざわざわとした、朝の喧噪。
いつも通りの教室の風景だ。
晋は、後ろの席の山崎彰と、日曜日のバラエティー番組の話をしていた。
ガラガラ
何の脈絡もなく、扉の開く音がする。
まあ、朝なのだから、扉の開く音など珍しくもない。
朝の情報交換に勤しんでいた数人の生徒が、新たなる情報源を求めるべく、扉の方をちらりと見た。
次の瞬間、その数人を起点として、波が引くように教室が静まりかえる。
「おい、まじかよ」
「21世紀の奇跡だ!」
「天変地異の前触れじゃないのか?」
「何か変な物食ったのか?」
口々にひそひそと囁く生徒の視線は全て、たった今開け放たれたドアに注がれている。
その視線の先には、仏頂面の拓磨がいた。
「おっ! おはよう、拓磨! 今日は早いなっ!」
静寂を破ったのは、晋。
親友として、この場を何とかしなくてはと言う責任感からであろうか。
「おう」
晋に応えるように、仏頂面のまま片手を上げる拓磨。
教室に、再びいつもの喧噪が戻る。
晋の前の席に腰を下ろす拓磨。
隣の席に当然のごとく座っていた千紗は、ちらりと拓磨を見、
「おはよう」
と短く言い、再び前を向いた。
「……おはよう」
呟くように、拓磨。
教室の数人が、その様子に気づいたが、とりあえず今は調査段階であると考え、再びそれぞれの会話の続きを始めた。
ホームルームのために教室に現れた担任も、拓磨を見て少し驚きの表情をしたが、すぐに表情を改め、出席を取った。
何事もなかったかのように一限が始まり、四限が終了し、昼になり、五限が始まり、七限が終了する。
しかし、教室内の拓磨と千紗の周辺だけが、今までと違う空気で満たされていることを、クラス中の誰もが感じていたが、だれも触れないようにしていた。
夕方のホームルームが終了し、千紗は友人のさくらと部活に行き、拓磨も、何事もなかったかのように、鞄を担いで教室を後にした。
……なーんてこと出来るわけもなく
「えー、スタジオ、聞こえますか? こちら、現場からレポートをお送りするのは、山口です」
がちっと、山口が拓磨の右腕を掴む。
「はい、山口特派委員。現場の状況を報告してください」
同じく、川崎昭彦も拓磨の左腕を掴んだ。
山口、川崎両名に引きずられるように、教室の中に連れ戻された拓磨は、黒板の前に用意されていたパイプ椅子に座らされる。
黒板には、
『緊急記者会見!櫻井拓磨(16)×結城千紗(16)突然の破局??』
『「私、もう耐えられません!」体たらくな旦那に対する妻の悲鳴!?』
などと書かれている。
「ちょっと~、やめなさいよ~」
様子に気づいた女子生徒がたしなめるが、あっという間に、拓磨の周りに人だかりが出来る。
「えー、どちらが振ったんですか?」
「今の気持ちは?」
「ご両親が反対されたのですか?」
「もう復活はあり得ないんですか?」
「ちーちゃんの部活にイケメンの先輩がいますが、今回のことと関係があるのでしょうか?」
それぞれが、今まで約9時間我慢していた疑問を一気にぶつけた。
終始無言で無表情を保っていた拓磨は、一通り質問の嵐が収まるのを確認すると、おもむろに顔を上げ、
「櫻井拓磨。昨日千紗に振られました。理由は、皆さんの想像通りです。あ、先輩は無関係だと思います。復活は、……多分ありません。以上」
仏頂面でそれだけ言うと、がたがたと立ち上がり、群衆の脇を抜けた。
「あ……」
山口が何か言いかけたが、拓磨のいつもと異なる雰囲気を察したのか、口を閉じる。
「拓磨さーん、まだ終わっていませんよ~」
空気を読めない数人の男子生徒が、拓磨を追いかけようとしたが、晋が睨み付けると、ばつの悪そうな顔をして立ち止まった。
「マジで終わりなのか?」
山口が晋を見る。
晋は、少しおどけたポーズで肩をすくめた。