(5)-3
「拓磨」
耳元で囁かれるエリスの声に、拓磨は我に返る。
「う、うん」
「拓磨の恐れていることは解っている。……だが、心配するな」
エリスはそう言うと、ポケットから何かを取り出し、拓磨の手で握らせた。
「?」
拓磨が、エリスの肩越しに手の中を見ると、黒い石と、見たこともない――ハンドブックにもない――複雑な模様が描かれた札。
「エミリにばれるとうるさいのでな……。いいか、万が一の時はこれを使え」
「これは?」
「最後の砦だ」
「最後の砦?」
「いいから、拓磨が身の危険を感じたら、絶対に使うのだぞ! 発動の言葉は『ペリト』だ」
「ぺ――!」
拓磨が復唱しようとしたので、エリスは狼狽する。
口を塞ごうとしたが、手は拓磨によって握られていたため、自分の口で塞いだ。
驚く拓磨を、エリスは顔を赤くして睨み付ける。
「い、今のは不可抗力だ。石を持ったままで不用意に『言葉』を口にするなっ!」
「ご、ごめん」
謝る拓磨の前で、エリスは呼吸を整えると、神妙な面持ちになった。
「拓磨、では、行くぞ」
「うん」
お互いに頷くと、拓磨は石を握りしめた。
エリスが何事かを呟く。
同時に、何もないはずの原っぱが、ざわざわと騒ぎ始め、どこからともなく現れた雲によって、辺りが薄暗くなる。
ややあって、エリスが、ゆっくりと拓磨から離れた。
拓磨はエリスを見、息を呑む。
エリスは目を閉じていたが、その身体は燐光に包まれており、金色の髪の毛は、同じく青白い光を発しながら、靡いていた。
ドクン
拓磨の身体の奥底で、何かが脈打った。
「拓……磨」
エリスが、右手を差し伸べる。
ドクン ドクン
再び、何かが脈を打つ。
エリスの腕の先に、赤黒い光が集まり球体を作っているのが判る。
ドクン ドクン
ドクン ドクン
拓磨の内なる鼓動が速くなる。
まるで、これから起こることを察知しているかのように。
まるで、これから起こることに備えるかのように。
「ダ……ぁ……グ――――――――」
エリスの続きの言葉は聞き取れなかった。ただ、意味不明の音が空間を木霊する。
ドクン ドクン
ドクン ドクン
ドクン ドクン
拓磨の内なる鼓動がどんどん速くなり、自分の心臓の音と区別がつかなくなってきた。
そのとき、エリスが目を見開いた。
そこに、……瞳は無かった。
思わず拓磨は後ずさり、同時に、手から黒い石が滑り落ちる。
その石を〈エリス〉が指向すると同時に、煙となって消えた。
――しまった!
いきなり砦を失い、『人間』としての本能が警鐘を鳴らす。
自我を失ったエリス。
恐らくは自分の行動を邪魔する存在を排除し始めるであろう。
エリスが、ゆっくりと右手を上げると、それに追従して、バスケットボールぐらいの大きさになった赤黒い球体が上に上がっていく。
『があああああああぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!』
言うなれば、獣の咆哮、訳の分からない音が、エリスの口からはき出される。
動物としての本能が、自分より遥かに強い存在を認識し、拓磨の行動を制限する。
直後、赤黒い球体が爆発した。




