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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第1章]下校中にて
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(1)-2


「いやー、まいったまいった。後1回かー」

 雲一つない空から降り注いでくる太陽の光に目を細めながら、パックの牛乳を飲む拓磨。

 ぼんやりと軌跡を残している飛行機雲が、かなり前にジェット機が通過していたことを示している。

「まったく、拓磨のせいで、今朝のちーちゃん怖かったぞ」

 その隣で、おどけたように首をすくめる晋。

 視線の先で、女子が数名フェンスにもたれかかって談笑している。

「ちー坊のは、いつものことだから。カルシウム足りないんじゃないのか? 牛乳飲めってーの。まったく、あいつは昔から細かいことにこだわって……」

 はは……と笑いかけ、晋は口元を引き締める。

 屋上の出入り口の扉が開き、見覚えのある顔が見えたからである。

「いや、ちーちゃんはおまえのことを心配しているんだろ?」

 (おい、やばいぞ!)

 晋のアイコンタクトに全く気づかない拓磨。

 その視線は、こちらを完全にロックオンし、つかつかと近づいてきている。

 さして距離もなく、こちらの声は筒抜けだ。

「心配ねー。そう、心配。もっと僕みたいに、おおらかな心を持って生きれば、ちー坊ももっとかわいくなるんだけどなー」

 晋は少しずつ後ずさりし、安全距離を確保することに成功した。

「おおらかな心を持って生きた結果がこれなの?」

 突然自分の上に出来た陰。太陽光が目に入っていたため、拓磨は視覚を取り戻すのに少し時間を要しているようだ。

 しかし、遠目に見ても、視覚を取り戻す間もなく、拓磨の表情が強ばっていくのが見て取れた。

「今日も朝電話してあげたよね」

「……うん」

「二度寝しないように、2回電話したよね」

「……した」

「三度寝したの?」

「ブブー」

「まじめに答える!」

 バン! と、横にある金属製の蓋を叩く。

「……してないよ」

 飲み過ぎて朝帰りした旦那を叱りとばしている嫁といったところか。

「……じゃあ、今日はどうしたの? また、この世の物とは思えない猫が目の前を横切ったので、追いかけたとか言わないよね?」

 はぁーっとため息をつき、さらに問う千紗。

「……猫は、いなかった」

 先ほどの調子とは、打って変わってぶつぶつとつぶやく拓磨。

「……が……」

「道ぃ?」

 あんな聞き取りにくい声をよく聞き取れるものだ。さすがつきあいが長いだけのことはあるな。晋は変な関心をしていた。

 しかし……、と晋は考える。

 拓磨の遅刻の理由が、普通とは異なっているのだ。

 曰く、不思議な子供がいたのでそれについて行った。

 曰く、山の方で動くものがあったからどうしても確認したくなった。

 曰く、自分を呼ぶ声について行ったら川に突き当たり上がれなくなった。

 ……等々。

 拓磨と知り合ってまだ数ヶ月ちょっと。

 真意など、わかるはずもない。

 オーソドックスに寝坊をしてくれればいいのだが、それは千紗が完全に防いでいる。

 聞けば、中学校までは千紗が家まで起こしに行って、引きずって行ったとか。

 拓磨が今まで生きてこられたのは、千紗のおかげだと言っても過言ではないだろう。

 ところが、悲しいかな高校ともなると、家から歩ける距離でなくなる。必然的に自転車、千紗は電車通学だ。今までのようには行かない。

 しかも、田舎の電車であるので1時間に2本しかなく、千紗の方が家を出るのが早い。

 それなのに、電車の待ち時間に、拓磨にモーニングコールをするあたり、かなりの世話焼きである。

 電話がなければ、拓磨は、本日学校があることも忘れてしまっていることだろう。

 そう、そこなのだ。

 晋にもさっぱりわからない『ワールド』が拓磨にはあるのだ。


 初めて拓磨と会ったとき、天然ぼけそうでおもしろいやつだな、と思った。

 ひょろ長く、短めの髪ですっきりしている外見に違わず、性格もさっぱりしていて、進学モード満載の他の連中と違っていたから、すぐに仲良くなった。

 しかし、1週間をすぎる頃、彼の異常ぶりに気づく。

 話の最中に突然おかしな事を口走り、『もしもーし』と言いたくなることが度々。

 その瞬間、彼は絶対に違う世界に行っている。と確信する。

 直後、『で、何だっけ』とは言うが、忘れたわけではない。

 例えば、バラエティー番組の話の途中に、突然『種族の違いが何だ!』とか言いだし、話が途切れてしまって、直後『で、何だっけ? あ、そうそう』と言って再開するのだ。

 本人の頭の中では連続しているらしく、何の違和感もないようだが、まるで自分達がタイムスリップを繰り返しているようで、変な気分になるのだ。

 最近、1つの結論に至る。

 彼は、やはり『ワールド』の住人であり、意識のほとんどがそれによって支配されているのだろう、と。

 家から自転車で40分余り。その間に『で、何で僕は自転車に乗っているの?』とか言うことが起こっても不思議ではない。

 いや、もしかしたら朝起きて『何でここにいるの?』だったりして。


 対して、結城千紗はやや小柄、髪は結構長めだと思うが、いつも後ろでまとめている。ポニーテールって言うんだっけ、ああいうの。きりっとした表情は、彼女を美形だと思わせるが、まあ、普通だ。

 拓磨との関係を見ている限り、性格はかなり良いと言えるだろう。何せ、あの拓磨と、もう4年も付き合っているのだ。明るいし。もちろん、女の友達も多い。



 そんな千紗と拓磨が言い合いをしている。……まあ、これはいつもの風景だ。

 千紗の表情が、当社比数倍厳しいような気がするが、やはり気のせいだろう。

「っで、山にぶつかったのであきらめて引き返した、と」

「……正確には、挽回しようとしたんだけどね」

 拓磨がへらへらと笑いながら説明する。

「だから、何でそういう所に行くの?登校中に」

「大丈夫だって。遅刻したからって、殺されやしないよ」

「ばかっ!」

 突然の大声に、晋もビクリとなる。

「あのね、確かに遅刻なんてどうでも良いと思うわ、私も」

 やや顔を強ばらせて逃げ腰になっている拓磨に近づき、今度は静かな声で一言一言諭すように千紗は言った。

 おいおい、どうでもよかないだろ、と言う突っ込みがし難い空気。

「拓磨のおじいちゃんも言っていたでしょ?心ここにあらずってのが一番危険なんだって。空っぽの魂には他の魂が入りやすいんだよ?山や川やそう言うところに行くときは、しっかりとした意志を持って、でないと、遭難したり、引き込まれたり」

「じいちゃんの……話はやめてくれよ」

 うつむきながら、拓磨が呟く。

「ごめん……。でもね、ホント私も見てられないの、最近の拓磨は」

 そうそう、拓磨のじいちゃんは、神社の神官をやっていたのだけど、つい先日亡くなった。結構『力』? のある神官だったらしく、方々から弔問に訪れた業界人がいたとか。

 ……まあ、齢80で天寿を全うしたわけで、特に不幸というわけではないのだが、拓磨は、じいちゃん子だったから、その悲しみは親戚中で一番大きかったのだろう。

「だから……」

 千紗は拳を握りしめ、しばし拓磨を見つめていたが、決心したように口を開く。

「私達、当分距離を置いた方が良いと思うの」

 晋ですら、千紗の言葉が耳から入ってきて、その意味を理解するのに数秒を要した。

 ――おいおい、いきなりえらい場面に出くわしたものだな

 約1名、事の重大さに気づいていない奴がいた。

「このぐらい?」

 千紗から5歩ぐらい後ずさり、拓磨。

 晋は、次に起こるであろう惨劇を想像し、思わず目を閉じる。

 しかし、静寂のまま。

「……さよなら」

 晋が恐る恐る目を開けると、早足で屋上の入り口に向かう千紗の後ろ姿が見えた。

 唖然とした表情で、千紗を見送る拓磨。

 晋は、つかつかと拓磨に歩み寄り、ぽんっと肩を叩く。

「振られちゃったようだな。まあ、僕に言わせれば、今まで我慢していたちーちゃんは偉いと思うがな」

「千紗……」

 呟く拓磨の表情からは、悲しんでいるのか、驚いているのか、怒っているのか、いずれの心情も読み取れなかった。


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