(5)覚悟
うっそうと茂る木々の中、春日高校の制服を着た男女が2人、道無き道を進んでいる。
金色の髪の少女の方が、後ろを振り向いた。
「少佐、後どのぐらいだ?」
エリスが声をかける。
「あと500メートルほどです」
エミリが、手の平サイズの四角い物を見ながら、前に向かって言う。
表面には地形図のような物が表示されており、三角形のマークが点滅している。
拓磨が周りを見渡すと、エリスと拓磨を中心にして、左右に等間隔で、周りを警戒しながら歩いている兵士の姿が見える。
「エリス?」
拓磨が、前を進むエリスに声をかけた。
「何だ」
前を向いたまま、エリス。
「この先に、……あるの?」
拓磨は周囲に視線を走らせながら、聞く。
子供の頃、じいちゃんの神社によく遊びに来た。
子供の頃というか、つい最近までよく来ていたものだ。
その拓磨でさえ、神殿の裏に道があり、その先に階段、それが、このうっそうと茂る森へと続いているとは、知らなかった。
「ああ。もうすぐだ」
先ほどから握られている手に、少しだけ力が入る。
その感触から、エリスと拓磨は、お互いが緊張していることを感じた。
(なあ、エリス)
拓磨はエリスに近づくと、耳元で囁く。
(な、何だ)
(契約しても、何も変わらないね)
(あ、あたりまえであろう。目に見えて判る変化があってたまるか)
エリスの頬が紅く染まる。
(うん、だけど、これじゃあ、人間同士と変わらないって言うか、もっと、こう、何か、神秘的なものを想像していたんだけど)
エリスは、深々とため息をついた。
(拓磨……)
(うん?)
(その小説とやらに何が書いてあったのか知らないが、現実とは、こんなものだ)
(こんなものかなぁ……)
拓磨は、ため息をつき空を見上げたが、拓磨の感覚に1つだけおぼろげに残っていることがある。
あの時、エリスが拓磨の耳元で拓磨の名を初めて口にしたとき、拓磨の身体の奥底で、何かが脈を打ったのだ。
ただし、同時に拓磨の鼓動は跳ね上がり、内なる感情が爆発したため、それが『何か』だったのか、ただ単に興奮による動悸だったのか、今となってはよく分からない。
拓磨は不意にそのときのことを思い出し、顔が火照ってくるのを感じた。
突然、グンと何かに引っ張られ、我に返る。
思考を現実に戻すと、拓磨の手が後ろに引っ張られており、その先には半眼でこちらを見ているエリスがいた。
「拓磨、どこまで行くつもりだ」
気づくと、拓磨は半径が20メートルぐらいのだだっ広い野原の真ん中に立っていた。
何の遮蔽物もなく降り注ぐ太陽の光がまぶしい。
原っぱを取り囲むようにして、木々が生い茂っており、その陰から兵士の姿が見え隠れする。
「ここなの?」
「そうだ」
「中将、既に光学結界は展開済み、準備は出来ています」
エミリの声に、拓磨は不覚にもエミリの存在を忘れていたことに気づき、慌ててエリスから手を離す。
「拓磨、隠さなくてもいいよ。もう、公知の事実だから」
エミリは白い歯を見せた。
気まずさでエミリから目をそらすと、その視線の先で、木の陰から白い歯がぽつぽつと見えている。
「!」
拓磨は、自分の失態が最大級に達しているのを自覚し、いきなり鼓動が速くなった。
「我々は、皆、エリス中将を、中将としてではなく、エリス個人として慕っているのだ。だから、中将に関わることなら、隠すこと自体が不可能だぞ」
ここで、エミリはぽんっと拓磨の肩を叩く。
「当然、師団のアイドル的存在に手を出したのだから、それだけの覚悟があったんだろうがな」
――聞いてない! 聞いてないぞ、そんなこと!
拓磨は救いの目をエリスに向けるが、エリスは肩をすくめただけで、黙ったままだ。
――はめられた!
拓磨は生還してからの事を想像し、身震いした。
まあ、生きて還れれば……の話だけど
「中将、半径100メートルのエリアへの結界が間もなく完成します。念には念を入れ、作戦開始時刻をもって、半径15メートルのエリアにも結界を施します。これで、地球自体が破壊でもしない限り、空間への影響は無いと思います」
表情を改めたエミリが、パネルを見ながらさりげなく言っているが、とてつもないことをやろうとしているのだと、拓磨は悟る。
「すまない。……それと、少佐」
「心得ています。中将がそう仰ると思い、本国への移送陣は展開済みです。それに、必要最小限の兵を残し、残りは既に本国に移送済みです。何があっても兵士に犠牲は出ません」
エミリは、口元を少しゆがめると、付け加える。
「……まあ、残留を巡って、壮絶なバトルが繰り広げられたのですが」
「すまない。少佐。最期まで苦労をかける」
エリスの言葉に、エミリは笑った。
「中将、『最期』ではありません。私は、中将の説明で、十分な勝算があると判断したから、作戦参謀代行として作戦を認可したのです。必ず、2人とも生きて還ってきてください。正直、私も、からかい甲斐のある人間がいなくなるのは困ります」
そう言うと、エミリはニヤニヤしながら拓磨を見た。
再び身震いする拓磨。




