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「私が言いたいのは、現時点で、私の思考は正常だと言うことだ。昨晩、拓磨と、〈狭間〉に関する様々な情報を整理、論理的に検討を行った。実際、拓磨の祖父は、我々よりも正確に〈狭間〉の本質を見抜いていたのだ。それが由衣殿を経て、拓磨に継承されていた」
エリスは言葉を続ける。
「何故、千年以上安定していた〈狭間〉が、10年前に突然不安定になり、未定義のエネルギーが実体化しだしたのか。何故、我々は終わることのない戦争を続けているのか。一体、我々は何と戦っているのか。そもそも、10年前に何が起こったのか、……本来、そこに着目すべきであったのだ」
ここで、エリスは口の端を上げると、自分を指差した。
「原因は、……この私だ」
「!」
予想もしなかった言葉に、エミリは全身を電気で打たれたような感覚に陥る。
その様子に気づいているのかいないのか、エリスはそのまま続ける。
「〈狭間〉の意味は解っているな?」
「は、はい。陽界と陰界が安定に存在するには、それぞれのエネルギーのバランスが重要で、どちらかのエネルギーが失われたりした場合、〈狭間〉を経由して、もう片方からエネルギーを補い、バランスを保つようにしているものです」
エリスは、その答えに微笑む。
「ああ、さすがは士官学校を主席で卒業しただだけのことはあるな。科学系戦術士の試験であれば、満点だ」
「恐縮です」
エリスは表情を改めた。
「そうだ、〈狭間〉には、もともとそれだけの機能しかない。正常も異常もないのだ。ただ、エネルギーのアンバランスを補正しようとする、純科学的な作用が働くにすぎぬ。では、何故異常が起こるのか……」
「それは、〈狭間〉付近で、例えば戦争などで大量の生命が一度に失われたとき、急激にバランスを取り戻すために、大量のエネルギーが流れ込みます。その際に、誤差が生じ、それが、未定義のエネルギーとして実体化してしまうことがあると……」
「ふむ、こちらも満点だ。……エミリ少佐。では聞くが、10年前に、陰界または陽界で、あの〈狭間〉付近で大量の命が奪われるようなことがあったか?」
「いえ、以前調べましたが、そのような記録は……。しかし、……ですから、つまり、何らかの敵が〈狭間〉を破壊しようと……」
「少佐、確かに、我々の大義名分はそうであったな。『狭間を破壊し、この世の均衡を揺るがそうと企む敵を殲滅する』と。……だが、その内容には大きな矛盾がある」
エミリは、怪訝そうな顔をする。
「矛盾……ですか?」
「敵が〈狭間〉を破壊すれば、それだけだ。先ほど、少佐自身が答えたではないか。言うなれば、取水口の一つが無くなるにすぎない。多少の影響は出るであろうが、この世の均衡を打ち破れるほどの影響などあり得ぬ」
「た、確かに。……しかし、それでは、原因が中将であるという説明にはなっておりませんが」
エリスの言っていることは全て理にかなっている。確かに、冷静に考えてみれば、その大義名分が矛盾していることは、エミリもすぐに理解できた。
いや、エリスは、何も作戦の矛盾点を追及したいわけではない。
これは、単なる前振り。
エミリは、徐々に奥底から沸き上がる不安に、次にエリスが発するであろう、衝撃の『真実』に備えるべく、心を強固にしていた。
エリスは、拓磨をちらりと見ると、少し息を吐いた。
「私は、コーヌ族の最後の生き残りだ。そして、既に力を解放している」
「衛兵っ!!」
「はっ!」
「作戦室周囲半径15メートル以内の人払いをっ! あとっ! 現時刻より30分前からの同作戦室周辺情報をレベル5機密事項に制定っ! 大至急だっ!」
「はっ!」
エリスの言葉が意味として理解される前に、エミリは脊髄反射的に叫んでいた。
「人払い、完了しました!」
「ご苦労!」
直後、エミリの全身を震えが襲う。必死に平静を保つが、どうにも収まらない震え。
エリスの言葉が、その言葉が、どういう意味を持つのか、王国でコーヌ族が、それも力を解放しているものがどういう処遇を受けたのか、エミリが知らぬはずはなかった。
そのエリスが、今や王国四中将の1人であり、しかも、今日まで王国の利益のために軍を率い、戦果を上げてきたというのか?
エリスは、一体何のために戦っていたというのだ?
憎むべき相手に貢献し、今日まで上げてきた戦果は数えきれない。
何という皮肉であろう。とんだ喜劇だ。
いや、そんなはずは……。あり得ない!




