(3)-2
「エリス……」
沸き上がる感情を制御しあぐねる拓磨。
自分の想いを再確認している拓磨。
「……少尉にとっては、迷惑な話だろう。だから、少尉がどう思ってくれても良い。……だが、あの時、絶望という名の闇から私を救ってくれた、……守ってくれた少尉に、せめて、礼がしたかった」
再び、拓磨の身体を衝撃が突き抜ける。
エリスの、あのエリスの頬を伝う光る物。
膝の上でぎゅっと握りしめた拳が、整った顔の口元が震えている。
エリスは、一瞬視線を虚空に移すと、息を吸い込み、拓磨を見た。
「感謝……い、いや、その、あ……ありがとう」
エリスは、つい先日、由衣から教わったばかりの言葉を使った。
瞬間、エリスは、心の中が不思議な光で満たされるのを感じていた。
同時に、今まで自分に対し、事務的に言い聞かせてきた事柄が、心の部分が、堰を切ったように押し寄せる。
そして、その言葉は、何の脈絡もなく自然にエリスの口から発せられた。
「ごめん……なさい」
拓磨は表情を動かした。
それは、本当に解らないと言う表情。
「何で……『ごめんなさい』?」
「少尉の母親を……死なせてしまった。少尉から大切な物を奪ってしまった。少尉に辛い思いをさせてしまった!」
「いや、……だから、それは……」
「違うのだ! ……どうしてだろうな、あの時、本当は由衣殿に伝えるべきであったのだ。……可能性として、この世界で少尉に最も近しい人物を、敵は利用するはずだと。それが誰なのか判っていたのに、……言えなかった。その名前を口にするのが、……辛かったのだ。何で、……何でであろうな」
もう、ほとんど涙声のエリス。その目からは、止め処なくあふれ出る涙。
エリスが、千紗のことを言っているということは、拓磨にも判った。
何故、エリスが、千紗のことを由衣に言わなかった、言えなかったのか、拓磨には理解できた。人間なら、誰しもその闇を持っているだろう――『嫉妬』という名の闇を……。
一体エリスはどんな思いで、今日まで拓磨を見、そして守ってきのだろうか。
あのエリスが、自分などの事で嫉妬までしていたという事実に、拓磨は、身体の底から熱いものがこみ上げて来るのを感じた。
「ごめんなさい、……ごめんなさい。冷静に考えれば、少尉と……、私のような者に、そんな資格など元々無かったのだ。本当に……愚かであった。……それなのに、自分の欲望に負け、そのあげく、取り返しのつかない事を……、私は、私は――――!」
こみ上げる衝動を抑えきれず、拓磨はエリスを抱きしめ、口を塞いだ。
エリスの目が大きく見開かれ、両腕がやり場を失い、虚空に伸びる。
そして、エリスは、ゆっくりと目を閉じた。
拓磨がきつく抱きしめると、エリスは、恐る恐る拓磨の肩に両腕を伸ばした。
お互いの鼓動が激しくなるのが、全身で感じられた。
まるで、この世にお互いの鼓動しか存在していないように、激しく感じられた。
永遠に感じられる刻の後、拓磨は、ゆっくりと顔を離すと、口を開いた。
「僕はね、多分あの日からだけど、現実と夢の世界を行ったり来たりしていたみたいなんだ。周りから見たら、いきなり記憶が飛んだり、おかしな事を言い出したりで……。それで、千紗にも振られちゃったんだけどね。でもね、ここでエリスに出会ってからは、その症状が全く出なくなったんだ」
拓磨は、そっとエリスの頬についた涙を拭う。
「もしかしたら、僕は、あの時からずっとエリスの事が好きで、あれ以来、10年もの間エリスを探し続けていたのかも知れない」
エリスは、泣き笑いのような表情をした。
「よ、よく考えたら、あの時、少尉には『呼び名』を教えれば良かったのだ。何故、『真名』を教えたのだろうな」
「そんなこと、今更僕に言わせるの?」
微笑みながらそう言うと、拓磨は再びエリスを抱き寄せた。
「……あんな事して、もしかしたら、反逆罪かな」
「い、いや、問題ない」
耳元で囁く拓磨に、エリスは耳まで真っ赤にしてぼそぼそと呟いた。
「なあ、エリス、……いや、エリシア」
拓磨の言葉に、再びエリスの目が見開かれる。
「な、何だ」
「僕の名前を呼んで」
「!」
落ち着きつつあった鼓動が、エリスの中で再び跳ね上がる。




