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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第5章]過去と現在(いま)と……
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(3)真名

「まさか! あのときの、エリシア……ちゃん?」


 拓磨がいきなり顔を跳ね上げ、エリスを凝視する。

 エリスは目を細め、微笑んだ。

「思い出したか? 少尉」

「うん。今までどうしても思い出せなかった、あの日のこと、今ならはっきりと分かる。……でも、エリシアちゃんを抱きかかえた辺りで、記憶が途切れているんだよね。あのあと、僕は致命傷を負ったらしいんだ。一体、どうして助かったのか分からない。母さんが駆けつけて、病院に運ばれて、1週間ぐらい意識が戻らなかったって。あと……」

 拓磨は、エリスの頭に視線を移す。

「『角』が無いではないか、と言いたいのであろ?」

 拓磨が頷くと、エリスは楽しげに言った。

「取れた」

「え?」

「あの幼さで、まだ免疫が弱い頃に、陽界の気に長時間触れていたのだからな。それに、あの日までまともな栄養も摂っておらず、鎖でつながれ過酷な環境下で生きたのだ。命があっただけでも感謝すべきであろう」

「そ、そう言うものなの?」

「何故驚く? 人間だって、栄養が不足して、骨が折れたり歯が抜けたりすることがあるだろう。それと同じだ。ほら……」

 エリスはおもむろに拓磨の腕を掴むと、自分の頭部に持って行く。

「あ……」

 確かに、エリスの頭部には、髪で隠れていて判らないが僅かな膨らみがあった。

「ちなみに、私の真名は、今では少尉しか知らない」

 何で? と言う言葉を、拓磨は飲み込んだ。恐らく、エリスに真名をつけた両親は、もうこの世にはいないのであろう。

「我々コーヌ族は、王国でも『危険分子』としてマークされた。最初は力を持つ物が排除対象になった。そのうち、力を持つ恐れのある者にまで、その範囲が及んだ。……最後は、コーヌ族そのものが否定された」

 つまり? と言う言葉を、再び拓磨は飲み込む。

 否定……の意味するところは、何となく想像できた。こちらの世界でも、中世に魔女裁判なる殺戮行為が行われていたという事は、本で読んだことがある。

「私は、角が取れていたおかげで、マークされなかった。あの時に、力は解放していたのだが、王国が確立した『波動』の振りをしていたのだ」

 エリスの背負う過去を考えると、拓磨は、その事に対し『良かったね』という言葉を出すことが出来なかった。


「……あのとき、人間でありながら、私を庇ってくれた少尉が、本当に大きく見えた。人間とは、臆病で愚かな集団だと言われているのに、このように大きな力を持つ者もいるのだと、初めて知った。……逆に、私は無力だった。少尉が身を挺して私を庇ってくれたのに、守ることすら出来ず、危うく少尉を失ってしまうところであったのだ」

 エリスは拓磨に向き直ると、拓磨の目をじっと見た。

「……私は、少尉に釣り合うレベルになったであろうか。……強くなったであろうか」

 その言葉に、拓磨はくすくすと笑う。

「え? 真面目な顔しているところ悪いけど、今のは、冗談だよね? だって、エリスはその力で、もう3回も僕を生命の危機から救ってくれたじゃない。タケトから聞いたけど、エリスは、王国でめざましい実績を上げ、今や八千人以上の部下を持つ中将で、しかも、皆から信頼されているわけで。それに、母さんのメールにあったけど、今は、世界のバランスを取り戻すという大役をこなしているんでしょ? 僕なんかと比較するレベルじゃ――」

「違うっ! 違う違う違う違うっ!」

 エリスは、大声で拓磨の言葉を遮ると、両手で顔を覆い、激しく頭を振った。

 金色の髪が大きく揺れる。

「違うのだ、少尉! 私は、中将などになりたかった訳じゃない! 皆の信頼を得たかった訳じゃない!  世界のバランスなど、……どうでも良かったのだ!」

 今までとは、うって変わって感情に支配された声、言うなれば、悲痛な叫び、いや、それよりも、再び拓磨を見つめるエリスの眼差しに、拓磨はどういう訳だか、鳥肌が立つ思いがした。

 エリスは、まるで、何かに対する覚悟を決めた目で拓磨を見ていたのだ。

 それは、次の事を告げた結果、拓磨によって、自分の存在が全否定されることを恐れているような、すがるような目だった。

「生きていれば、少尉に会えると思った! 軍に入れば、少尉に会えると思った! 地位を手にすれば、少尉に会えると思った! この作戦を指揮すれば、少尉に会えると思った! ただ、……ただ、再び、少尉に会える日を待ち望んで、……それだけを拠り所にして、耐えがたい苦痛と屈辱に耐えて来たのだっ! 我々の種族を根絶やしにした王国に所属し、卑しく生き延びるなど! 私はっ、……ただそれだけの、小さな、……小さな生き物なのだっ!」

 拓磨の全身を、雷に打たれたような衝撃が走った。


 何故、部隊において、エリスは冷静沈着だったのか。

 何故、部隊において、エリスは感情思考を完全に排除し、論理思考のみだったのか。

 何故、部隊において、エリスは終始無表情だったのか。


 表現しなかったのではない、表現できなかったのだ。

 自分の一族を虐殺した王国に所属するなど、常人の感情を持っていれば気が狂ってしまうだろう。

 いや、気が狂わないまでも、チャンスが有れば、王国を滅ぼそうと企てるかも知れない。

 もちろん、それが目的なら実行すればよかった。

 だが、エリスの目的はそうではなかった。

 王国に所属することは、そして、皮肉にも、王国のために功績を挙げることは、エリスが一番望む物を手に入れるための、最も近道だったのだ。

 そして……

 八千人を超える部下を持つ、第十三科学系戦術師団を率いる中将。冷静沈着な判断で、常に部隊を勝利へと導いてきた中将。

 そして、世界を守るという大役を受け、陽界にまで遠征してきた中将。

 だが、その『中将』たるを支えている原動力とは、幼い少女がもつ乙女心だったのだ。

 生きて、再び拓磨に会いたいと言う想い、ただそれだけが、エリスを支えていたというのだ。

 何という告白の仕方だろう。

 櫻井拓磨という少年に想いを伝えるためだけに、たったそれだけのために、エリスは中将にまで上り詰めたというのだろうか。

 10年という、果てしなく長い苦痛と屈辱に耐えてきたというのだろうか。

 今、拓磨の中で、エリスの行動の不可解さに関する、全てのピースが埋まった。


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