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「なんだお前」
少年が睨み付ける先に、少女の前で両手を広げ、同じように少年を睨む拓磨の姿があった。
「やめろ! 痛がっているじゃないか!」
「何でやめるんだ? 桃太郎は鬼退治をするんだぞ?」
「桃太郎は、弱い物いじめなんかしないぞ!」
声を荒げる拓磨を手で押しのけ、再び棒を振り下ろそうとする少年。
「やめろって言ってるだろ!」
拓磨は少年の手から棒を奪い取り、思いっきり草むらの方に放り投げた。ついで少年を突き飛ばす。
「ってぇ~」
尻餅をついた少年は苦痛に顔をゆがめる。
「お前がやめないからだ」
拓磨が少年を見下ろすと、少年は1度拓磨を睨み上げ、立ち上がった。
「おい、いくぞ!」
他の少年を促し、乱暴に草を踏みつけながら歩いていく。
「兄ちゃんに言いつけてやる!」
「おぼえてろ!」
捨て台詞が木霊し、やがて、少年達の姿が見えなくなった。
「まったく……、なあ、隼?」
拓磨は辺りを見渡し、唖然とした。
「……あいつ、逃げやがったな」
今になって、いつの間にか隼が姿をくらましていたことに、拓磨は気づいた。
「逃げるなら、声かけてくれればいいのに……」
拓磨は呟くと、気を取り直し、少女の前に腰を下ろす。
「お前、逃げた方が良いぞ」
「わっ! 喋った!」
いきなりの少女の台詞に、思わず後ずさる拓磨。
「当たり前だ。我々と、お前達の先祖は同じだ。言葉を喋れるのは当然だ」
「ふーん」
「それよりも、お前、時間がない。早く逃げろ。奴らは、兄とやらを連れてくるのであろう。我々の世界でも、兄とは強大な力を持つ。お前の手に負える相手では……」
「痛かった?」
拓磨は、そっと少女の髪をなでる。
「なっ! ひ人の話を聞いているのかっ?」
「ねえ、痛かった? ってば」
「……少しな」
少女はむくれた表情をしたが、拓磨の手を振り払うことはしなかった。
「君、家はどこ?」
「わからない」
「ふーん」
「お前、変わったやつだな」
少女は、頭をなでる拓磨を上目遣いに見る。
「ねえ、名前何て言うの?」
「!」
何て事はない他愛のない質問に、少女が硬直する。
「ねぇ、名前なんて言うの? ってば」
少女は拓磨の腕を掴むと、ゆっくりと下ろし、拓磨を凝視した。
「お前、私の真名を聞くことが、どういう意味か分かっているのか?」
「だって、名前知らなきゃ友達になれないじゃん」
少女の鼓動が跳ね上がる。
「と、友達ぃ? わわ私はこれだぞ! お前まで同じ目に遭いたいのか?」
少女は自分の角を指さすと、拓磨を睨む。
「えー? だって、その角、可愛いじゃん。茶色の髪の毛も僕は好きだよ?」
どこまでも邪念のない拓磨の笑顔と言葉に、少女は自分の顔が火照るのを感じた。
「か、かわ……? お、お前、おかしいぞ!」
「そう? ……じゃあなくって、な・ま・えっ」
少女は拓磨を見つつ、まあ、いいか、仮に相手が私を真名で呼んでも、私が相手を真名で呼ばない限り、契約は成立しないのだからな……と自分に言い聞かせる。
「わかった。でも、絶対秘密だぞ。私の真名は……」
拓磨が頷くと、少女は拓磨の耳元で囁いた。
「ふーん。きれいな名前だね。エリ……」
少女は慌てて拓磨の口をふさぐ。
「ばっ、ばかっ! そんな大声で真名を口にするなっ!」
しかし、少女の身体の奥底で、ドクンと鼓動が起こり、契約の半分が終了したことを悟った。
「でね、僕は拓磨だよ~」
――ど、どうせ、私はここで死ぬのだ。契約など無効であろう
屈託のない笑みを浮かべる拓磨の前で、少女は再び自分に言い聞かせた。
「おい、いたぞっ!」
がさがさという音に慌てて拓磨が振り向いた視線の先で、身長140センチぐらいの大柄な少年が、2人近づいてくる。
「あっ、6年生だ!」
拓磨は何を思ったか、少女の首輪を引っ張る。
「何をしている?」
「だって、逃げなきゃ」
「無駄だ」
「だって……」
なおも首輪を外そうとする拓磨。
「鍵が無いと無理だ。それに、これは金属製だ。子供の力ではどうにもならない」
少女は、首輪についている南京錠を摘んで見せる。
「どうしよう」
「だから、お前は早く逃げろ!」
「出来ないよっ!」
いきなり拓磨が引っ張り上げられた。
「おい、お前か? 弟を突き飛ばしたやつは」
「だって、弱い物いじ……」
瞬間、拓磨の目から火花が飛ぶ。
そのまま少女の足下に倒れ込み、拓磨は自分が殴られたのだと分かる。
途端に足ががくがくと震え出す。
「鬼をかばうやつは、鬼だ。鬼は退治しないとなぁ」
「退治しろ~」
拓磨が視線を動かすと、6年生の後ろで、先ほどの少年達がにやにや笑いながら、拓磨を見下ろしていた。




