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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第5章]過去と現在(いま)と……
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(1)-2


 拓磨は、テーブルの脇にある木製の椅子に腰を下ろした。

 拓磨の前では、質素なベッドに腰を下ろしたエリスが、床を眺めている。

 ベッドの脇には、木製の棚が置かれており、様々な色の本が並んでいる。その中に、『数学I』や『漢文I』と言う文字も見える。何故か『春日市伝承』『白峰神社史観』のような春日市関連の歴史書がやたら多い。

 ハンガーには、初めてエリスに会ったときに着ていた、草色のワンピースが掛けられている。

 言うまでもなく、エリスは現在、春日高校の制服を着ているが。

 それ以外の調度品らしい物は何もない、殺風景な部屋。

 ベッドの布団もきっちりとしわが伸びており、およそ生活臭を感じさせない。

 変な話であるが、拓磨は何となく緊張していた。

 まるで、友達になった女の子の部屋へ初めて入るときのような感じ。

「私の部屋がそんなに珍しいのか?」

 声の方に振り向くと、エリスが無表情で拓磨を見ていた。

「いや、何て言うか……普通の部屋なんだなあって」

「当たり前であろう。おかしな部屋があってたまるものか」

 ため息と共に呟くエリスに、拓磨は口の端を上げた。

「ううん。『中将』の部屋だから、もっと、その、地図とか、何かの作戦が書いてある資料とか、武器とか、そう言うのを想像していた」

 その言葉にエリスは目を伏せる。

「うちには、優秀な参謀がいたからな。私自身がそういう作業を行う必要がなかった」

『いた』という過去形に、タケトのことを言っているのだろうと拓磨は思った。


 拓磨は様々な感情を整理し、少し深呼吸すると、口を開いた。

「エミリから色々聞いた。タケトのことは、僕が原因なんだろ?」

「いや、私の落ち度だ」

 目を伏せたまま、エリス。

「母さんがさ、死ぬ前にメールを送っていたんだ。それによると、母さんはああなることを知っていたみたいなんだ」

「いや、私の落ち度だ」

「でもさ、何で僕達のことが敵にバレたんだろう? やっぱり、あのとき、僕が学校でエリスに〈力〉を使わせてしまったからかな?」

「いや、私の落ち度だ」

 拓磨は、思わずプッと吹き出した。

「何だ?」

 エリスが怪訝そうな顔で拓磨を見上げる。

 拓磨は何で可笑しくなるのか自分でも解らなかったが、この緊張している空間で、エリスの返答が、僅かなツボを刺激してしまったのだろう、と考える。

 拓磨は笑いを収めると、椅子から降り、エリスの前にしゃがむと、顔をのぞき込んだ。

「僕はね、中将としての答えじゃなくて、エリスとしての答えを聞きたいんだけどね」

「ど、どういう意味だ?」

 エリスの鼓動が急に跳ね上がる。

 動揺を悟られまいと、エリスは無表情を保つ。

「エリス、皆の前では冷静沈着なのに、僕に対しては結構感情的になるよね。何故?」

「そ、それは、上官は部下を教育することが義務づけられているからだ。指導の過程で多少なりとも感情的になるのは普通であろう!」

「ふーん。じゃあさ、自分で言うのも何だけど、僕の態度って、中将に対する態度じゃないよね。それは良いの?」

「しょ、少尉はこちらの世界の人間だ。便宜上師団に所属してはいるが、本来であればゲストという扱いも考えられる。だ、大体、学校で命令無視をしたときは厳罰に処したではないか」

「うーん、ちょっと矛盾しているけど。まあいいや。じゃあさ、……これはエミリから聞いたんだけど、本来の作戦では、僕はとっくに〈鍵〉として利用されて、エリス達はとっくに国に帰っていたはずなんだよね。未だに僕を利用しないのは何で?」

「し、試験が有るから、2週間待ってほしいと言ったのは、少尉の方であろう!」

 まるで、エリスの心情を全て知っているかのように、的確に内面の矛盾を追及してくる拓磨に、エリスは動揺を押さえるのに必死で、思考がうまく出来なくなっていた。

「でもさ、〈鍵〉として利用された後、僕はどうなるか分からないんだよね? じゃあ、試験そのものが意味がなかったんじゃあ……。これも変な話だけど、僕は生き続ける前提で話をしていたからね。エリスらしく無い、合理性に欠ける判断だよね?」

「死ぬとは、決まってないであろう!」

「じゃあ、どうなるの?」

「いや、……その、……ぐ、軍事機密だっ!」


 エリスは平静を装っているつもりだろうが、明らかに内心穏やかでないことは、拓磨にもよく分かった。高校生をなめないで欲しいものだ……と、拓磨は思う。

 ――そろそろだな。

 今までのは、これを聞くための前振りだ

 冷静な時に聞いてもうまくはぐらかされるだろうから、既に返答が支離滅裂の今こそ、聞くときだ。

 拓磨はエリスの様子を伺うと、かねてからの疑問を口にする。

「じゃあさ、何で僕の名前を呼んでくれないの? タケトにもエミリにも名前で呼ぶよね。何で僕だけ? ……ちなみに、これは、どう考えても軍事機密じゃないよね?」

「!」

 返答に詰まるエリス。

 エリスの顔が紅潮するのを、拓磨は見逃さなかった。


 しばしの沈黙の後、エリスはため息をつき、ぽつりと漏らした。

「少尉は……、本当に何も覚えていないのだな」

「え?」

 今度は拓磨が驚く番。

 覚えているともさ! エリスに出会ってからの刺激的な毎日は、忘れろって言う方が無理だ。

 つまり、エリスの言っているのは、その事ではないということ。

 その様子を見ていたエリスは、口の端を上げた。

「これは、私の思い出話だが……」

 ここで、エリスは右手をドアに向かって差し出す。

 カチリと言う音に、どうやったのか不明だが、拓磨はドアをロックしたのだと分かる。

 つまり、ここからの話が、拓磨が聞き出そうとしていた、エリス自身の本当の気持ちに最も近い内容だと言うこと。

 拓磨の鼓動が、徐々に速くなっていく。

 顔を上げると、エリスも拓磨同様に緊張しているように見えた。

「10年前……、私は〈狭間〉から陽界に誤って転落したことがある」

「!」

 拓磨の鼓動が一気に跳ね上がる。

『10年前』……拓磨が生死の境を彷徨ったという、どうしても思い出せない、あの日。

 しかし……、と、拓磨は考え直す。

 年単位での出来事など、どこにでもあることだ。まして、地球上のどこかというレベルで一致率はきわめて低い。

「当時、まだ幼かった私には帰る術もなく、ただ飢えをしのいで日々を生きていた。もっとも、帰れる見込みなど無く、そこで生涯を終えるのも止むなしと考えていた。我々の世界では、たまにそう言うことがあり、『神隠し』などと呼ばれていたが、実際は、私のように、どういう理由だか、誤って〈狭間〉を通り抜けてしまい、帰れなくなってしまう現象だったのだ」

 エリスは、遠くをぼんやりと眺める。


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