(1)記憶
「退役申請書だ」
机の上の書類に目を落とす拓磨に、エリスはやや疲れた顔で言った。
「何で? これが、処分ということなの?」
拓磨の問いに、エリスは首を横に振る。
「先ほど、本国に申請していた全面撤退の許可が下りた。作戦は中止だ。タケト中将、カイ少将の部隊がない今、このまま作戦行動を続けることは、リスクが高すぎるからな。作戦を遂行しない以上、少尉の我々に対する存在前提が無くなる」
二階級特進と言う言葉を思い出しながら、拓磨は、タケトやカイが、もうこの世にいないのだろうと言うことを悟る。
「つまり?」
「少尉は自由だ。ここに署名して以降、我々とは無関係になる。タケト中将達のおかげで、こちらの敵は殲滅。当分の間次の行動に出られない。従って、少尉の身の安全も、問題ない。以後、通常の生活に戻ることが出来るというわけだ。……母親は、元に戻してはやれぬが」
最後の方は、呟くような声でエリス。
エリスの顔を見ながら、拓磨は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「母さんのことは、必然だったんだろ?」
エリスは、拓磨の顔を見上げる。
「いや、私の落ち度だ。そもそも私が――」
「違う!」
拓磨の声に、エリスは口を閉ざす。
「いつもそうだ! 何で、そういう大事なことを言わない? 千紗の時だってそうだ! おかげで、僕は2回もエリスを憎んでしまった。その結果……。何で! ……何で、全て自分で、自分だけで背負い込もうとする?」
「何事ですか!」
突然大声を上げる拓磨に、近くの兵士がテントの戸を開ける。
「いや、何でもない。大丈夫だ」
エリスが兵士に声をかけると、兵士は敬礼をし、そのまま外へ出て行った。
「……言い訳しても、何の解決にもならない」
エリスは、兵士が出て行くのを確認すると、視線を落とし、呟いた。
拓磨は周りを見渡し、そして、エリスに視線を戻す。
「2人だけで……話がしたい。退役はその後だ」
拓磨の言葉に、エリスは少し考え、頷いた。
「わかった、では、私のテントへ来てくれ」
エリスは立ち上がり、拓磨を促す。
拓磨がエリスについて作戦室から出ようしたところで、ドンとエリスにぶつかる。
「中将! それは危険です」
「その男は……」
エリスの肩越しに前を見ると、数人の兵士がエリスを制止していた。
「大丈夫だ。少尉程度の力では、私に傷一つつけられぬ」
エリスは兵士を一瞥すると、道を空けるように手を動かす。
「しかし……」
なおも制止する兵士達。
その脚が震えている。
その姿が、兵士達のエリスに対する想いを拓磨にも理解させた。
エリスはため息をつくと、制止する若い兵士を見渡す。
「お前達の心配は……解っているつもりだ。だから、約束しよう。少なくとも、私が少尉による死を受け入れることはしないと。……だから、道を開けてくれないか」
エリスの言葉に、兵士は姿勢を正し、両脇に寄る。
「わかりました、中将。しかし、何かあったら、すぐに呼んでください」
後ろから聞こえる兵士の声に答えず、エリスは、自分のテントへと向かった。




