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「いいか、中将が受けた王命はこうだ。『陽界で〈鍵〉を持つ者を探し出し、その者を使い、〈狭間〉を正常化させろ。ついでに、陽界に逃げ出した敵を殲滅してこい』とな」
エミリはため息をつく。
「……あの王は、あっさり言ってくれるが、決して簡単ではないぞ? 〈鍵〉を発動する前に敵を殲滅しておかないと、陽界に敵が残ってしまう。かといって長引くと、敵が〈鍵〉を奪おうと次々に〈狭間〉を通り抜けて攻めてくるってわけだ」
「そんなむちゃくちゃな命令、あのエリスが受けたんだ。……あ、でも、王命だから絶対か」
よくわからないが、歴史の授業で王国での王の権力が絶対であることは聞いたことがある。
「それはそうだが、ただ、陽界での作戦など、誰もやりたくはない。リスクが高すぎるからな。だから、あの時の中将には拒否することは許されていたはずなんだが。……あれ? そういえば、むしろ中将の方から志願したと聞いたな。……うむ、確かにな。言われてみれば、もうそこから始まっていたのかもしれないな。中将の不思議は。……だが、そうなると、私の仮説とは異なるということか?」
拓磨の問いに、しかし、エミリは意外にも考え込む。
ついで、「ま、いっか」と呟くと、エミリはおもむろに顔を上げた。
「中将は、こちらに来る前は、作戦行動は3日で終わらせる、と言っていた。まず、〈鍵〉を持つ陽界人を探し出し、手元に置く。そして、そいつを囮にし、敵をおびき寄せて、殲滅する。その後、〈鍵〉を発動させ、作戦終了だと。あちらの世界でも色々あって、中将の疲労は、ピークに達していたと思われる。にもかかわらず、その作戦は誰もが納得できる、完璧な物であった。……しかし、こちらに来て事態は急変した」
恐ろしい作戦が知らない所で立案されていたことに、拓磨は半ば恐怖を感じながら、しかし、先日涼しい顔をして敵を消滅させたエリスなら、任務のためならやりかねない、と納得した。
ただ、それにしては、エリスの行動が矛盾していたことに気づく。
何かやむを得ぬ事情があったと言うことだ。
「作戦に問題があったのか?」
エミリは拓磨を見ると、口の端を上げた。
「エリス中将自身の変化だ」
「!」
拓磨はエミリを凝視した。何やら嫌な想像が拓磨の奥底から沸き上がってくる。
「〈鍵〉を持つ陽界人は、あっさり見つかった。拓磨、お前のことだ。……ところが、その途端中将は、拓磨の身の安全と権利を保証する、と言い出した。作戦はちゃんと遂行できるから問題ない、とは言っていたがな」
拓磨は、初めての日のテントでの出来事を思い出した。
「しかも、自らその役を買って出た。当然、中将としての業務もあるのにな。更に、夜は自室にこもり、何かをずっと調べていた。恐らく、今日まで、ほとんど寝ていまい。……良いか、部隊を守りつつ、作戦を指揮し、同時に拓磨まで守る、それがどれだけ無茶なことか分かるか?」
拓磨は、学校でのエリスの姿を思い出しながら、胃の辺りがチリチリと痛むのを感じていた。
「そして、中将は、何故か拓磨を囮に使おうともしなかった。逆に、敵の手から拓磨を遠ざけていたのだ。それどころか、まるで〈鍵〉の発動そのものも、わざわざ先延ばしにしているように見えた。延ばせば延ばすほど、戦局は困難になっていくのにな……」
エミリは虚空を見つめる。
「どんどん変わっていく中将を、我々は内心不安な思いで見守っていた。だが、中将の下す判断は、相変わらず一分の狂いもなく、部隊への影響も皆無であった。つい先ほどまではな」
エミリは一瞬口を閉ざしたが、低い声を出した。
「私は、今日、初めて、中将が論理的思考を放棄して感情で思考し、判断ミスを犯すところを目撃することになった。同時に、第十三科学系戦術師団が、師団史上初めて戦闘で敗退するという重大事件もな」
拓磨は、身体の感覚が無くなっていくのを感じ、続きを聞くのが怖くなる。
エミリの声は、落ち着いてはいるが、やや怒りが含まれているように感じた。
「本来、ここに来ると言う判断はあり得なかったのだ。今までの中将ならな。理由はさっき説明した通りだ。敵は、拓磨の母親の危機を知らせれば、必ず、拓磨が駆けつける、と考えたのだろう。唯一、拓磨は陽界の人間だからな。だから、母親の死は、……残念ながら、電話の時点で確定していたのだ。ついでに言うと、上官の命令を無視し、単独行動をとった拓磨は、どちらにせよ、何があっても自業自得だったと言うことだ。……通常ならな」
拓磨は、のどが渇くような感覚に襲われていた。
「そして、先ほどの作戦行動に、少なくとも中将が行かなければ、かなり高い確率で、タケトの部隊が壊滅するであろう事も、分かっていたはずだ」
「だ、だけど、僕は〈鍵〉なんだろ? 言ったじゃないか、敵に奪われると困るって。だから……」
拓磨の必死の反論に、エミリは目を細める。
「そりゃ、多少は作戦から外れるが、そもそも敵よりも先に拓磨を見つけ出せたことを棚ぼたと考えるのなら、それを再び敵から奪取することは、作戦に織り込み済みだったと言えなくもない。要は、〈鍵〉が有れば良いのだ、この際、拓磨自身の生死は問わないとすればな……」
衝撃が拓磨を襲う。
エミリは拓磨の肩を掴み、エミリの方に向かせた。
「いいか、中将は、すべて判っていたんだ。……はずなのだ。奴らの行動は、奴らにとって、我々の作戦の弱点を引き出す、唯一の可能性だと。つまり、扇動して拓磨を部隊から引き離し、中枢を混乱させると言う作戦だ。そして、……恐らく、中将は、拓磨をおびき寄せたこと自体が、中将を部隊から引き離す作戦だと言うことも、知っていたのだろうな。何故、『そのこと』が敵の知るところとなったのかは、不明だが」




