(4)真実
円陣がひときわ強い光を発すると、辺りに静けさが戻る。
しばらく鳴き止んでいた虫が、再び空間をそれぞれの音で満たす。
「拓磨」
声に拓磨が顔を上げると、エミリが手を差し出していた。
拓磨は目を反らし、エミリの手を握る。
「僕は謝らないぞ。殺すなら殺せよ」
エミリは拓磨を立ち上がらせると、口元に笑みを浮かべる。
「いや、命令だからな。拓磨を処分することは出来ない。……残念ながらな」
「……」
拓磨は赤く染まったつばを吐き捨て、そのまま地面を眺める。
口の中が鉄の味で満たされ、時折鈍い痛みが襲う。
その様子を見ていたエミリは、小さくため息をつき、再び口を開いた。
「残念ついでに、面白い話を聞かせてやろう」
「悪いけど、笑う気分じゃないんでね」
拓磨は地面を睨んだまま呟く。
「聞くか聞かないかは拓磨の自由だ。だが、聞かなかった場合、君は一生後悔することになるかもしれないな。まあ、聞いたとしても、後悔する可能性はあるが」
「何なんだよ」
拓磨はエミリの意味深な言葉に顔を上げた。
エミリは、あごで玄関を示し、拓磨を促す。
拓磨は首を傾げながら、エミリについて自分の家の玄関へと向かった。
○
エミリは、拓磨が自分の隣に腰を下ろすのを確認すると、ぼんやりと宙を眺めながら、呟いた。
「まず、タケトは……タケト大佐は、……おそらく、助からないだろうな。無論、カイ中佐もだが。『殲滅される前に破壊陣を使用する。だから、心配無用』と言っていたからな」
拓磨の身体を、衝撃が突き抜ける。
「さっきのは、僕の知らないコードだ。そういう意味だったのか」
何となくその言葉から、タケトが何をしようとしているのか、想像がついた。
「な~にが『心配無用』、だ。あの大バカ野郎が。……最初からそのつもりだったのだ」
エミリは呟くように付け加えると、拓磨を見た。
その表情は、笑っているように見えたが、肩が小刻みに震えていることに気づく。
「じゃあ、なんで、……駆けつけないんだ? って顔してるな。エリス中将は、もう駆けつけても間に合わない、それよりも、さらなる犠牲の発生を防ぐことが責務だ、と考えているのだ。……2度目の判断ミスは、もう許されないとな」
エミリは軽く息を吐いた。
「解ってはいるんだ。中将は……いつも、いつでも、時には冷酷ささえ感じる。だが、その判断は常に正しく、おかげで、中将と作戦行動を共にする兵士に、反逆者を除き、未だかつて犠牲者が発生したことはない。誰かに嫌われても良い、恨まれても仕方がない、自分の部下を1人犠牲にするよりはましだ。国益を守るという成果を上げ続けている以上、誰も公式に批判は出来まい、と、全責任を1人で背負いつつ、我々では、とても耐えられない判断をしてきたのだ。無論……」
ここで、エミリは表情を改める。
「私は、現時点でも中将を信頼しているし、慕っている」
「……」
拓磨は、エミリが何を言わんとしているのか、必死に考えていた。
エミリは、視線を宙に戻す。
「……しかし、私は、こちらの世界に来てから、様々な『不思議』に遭遇してきた」
「……」
「エリス中将のことだ」
『来た!』拓磨は身構えた。
その心の動きが、強ばった表情に表れる。
「まあ、そう構えなさんなって」
エミリが笑みを浮かべ、拓磨を見る。
「我々は、中将とは、長い付き合いだが……、いや、私は回りくどい話が嫌いでね。端的に話すことにする」
「……」
無言の拓磨を見、エミリは、ため息をついた。
「結論から言うと、拓磨の連絡を受けた時点で、中将は、拓磨の母親が既に殺されているであろう、つまり、絶対間に合わないということを判っていた」
「!」
拓磨の顔に驚きの表情が映る。
「そんな馬鹿な! とでも言いたげだな」
エミリは拓磨の顔をのぞき込んだ。
「だって、だったら何でエリスがここに、じゃあタケトだって、……第一、何でそんなことが分かるんだよ」
もしそうなら、エリスがここに来たことが矛盾している。拓磨は、エミリを見返す。
エミリは、クスリと笑った。
「ここまで来たら、はっきり言おう。我々の任務は、『拓磨の警護と移送』などではない」
「?」
拓磨の鼓動が早くなる。
「正確には、拓磨が持つ〈鍵〉を発動させ、〈狭間〉を正常化させることが真の任務だ」
「だ、だって、初めて会ったときに、エリスは確かに言ったぞ『警護と移送』だって」
再び聞きなれない言葉に突っ込む余裕もなく、目眩を感じながら反論する拓磨に、エミリは何度も頷いた。
「そう、そこなんだよ。中将の不思議の始まりだ」
エミリは一息つき、玄関の外を見た。
兵士達が、敵の遺留品を集めている。




