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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第4章]エリス
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(3)母親

「母さん!」

 庭木が生い茂る中を、拓磨は走る。

「くそっ。よりによって庭の端っこに出現するとは」

 拓磨は、苛立たしげに、まだ青白い光を残す円陣を一瞥すると、母屋へと急ぐ。


 16年間慣れ親しんだはずなのに、こんなにも庭が広いと思ったことなど無かった。

 16年間慣れ親しんだはずなのに、こんなにも庭が不気味に思えたことなど無かった。

 鼓動が早いのは、走っているためだけではないと思う。

 やがて、永遠に感じる庭の小道が終わり、母屋が見えてくる。

「母さん?」

 拓磨の顔に安堵の色が浮かんだ。

 視線の先には縁側があり、そこに佇む女性の姿。

「エリスのやつ。間に合わないだなんて! いい加減なことをっ」

 拓磨の鼓動が、さらに速くなる。

 拓磨は急ぐ。

 16年間愛情を注いでくれた母の元へと。

 拓磨は急ぐ。

 敵よりも早く、母親の元へと。

「母さんっ! 大丈夫? あのねっ、時間がないんだ。ここにいたら――」

 拓磨は縁側にたどり着くと、由衣の腕を掴む。


 瞬間、拓磨の周りで刻の流れが止まった。


 色も、音も、空気の感触さえも、拓磨の周りから消えた。

 音のない濃淡だけの世界の中、由衣はゆっくりと、拓磨の手を離れ、倒れていった。

「――――――――――っ!」

 空間を劈くような異様な音で拓磨が我に返ると、それが自分の口から発せられているのだと分かる。

 拓磨は夢中で由衣を引き起こす。

 まだ肌は、ほんのりと紅く染まっている。

 まるで、今でも、ただ眠っているかのように。

 まるで、今でも、声をかければ、いつものように優しい笑みを向けてくれるかのように。

 しかし、その由衣が生きていると思い込むには、残念ながら、16歳の拓磨は色々なことを知りすぎていた。

 16年間連れ添ってきた、女手一つで育ててくれた、由衣の身体に脈はなく、拓磨の腕の中で、急速に体温が失われていくのが分かった。

 いや、正確には、既に冷たく、その身体は硬直していたのだ。

「母さん! 母さん! どうして! 母さんっ! どうして……」

 拓磨は、しかし、目の前の現象を受け入れまいと、受け入れてたまるかと、震える声で、狂ったように母に呼びかける。

「まあ! キサの言うとおりね。本当に来たよ。でも、1人だけど……まあいっか」

 突然、楽しげな声と共に、拓磨の後ろに気配が生じる。

 慌てて振り向くと、春日高校の制服を着た女性が佇んでいた。

 拓磨がよく知っている女性。しかし、その醜悪な表情は、直前の考えをすぐに否定するのに十分すぎた。

「千紗……じゃないな? ……お前が、やったのか?」

 乾いた声を出す拓磨に、女性は肯定の意味で口の端を上げる。

「『拓磨』サンだっけ? おとなしく言うことを聞けば危害は加えないわ……私はね」

「……お前が……やったのか? と聞いている」

 答えず、笑みを浮かべた女性は、さっと髪をかき上げた。

「恨むんなら、お宅のとこの中将サンを恨みなさいよ。普通ならこんなことしないんだけど、この人間サンは中将サンに協力していた。だから、敵と同格なの。わかる?」

「何だよそれ! 確かに、あの時……でも、エリスはただ挨拶がしたいって……母さんは何も知らないのに!」

「ふふふ。本当に何も知らないんだ、キミ」

「フレイム!」

 拓磨はハンドブックをポケットから引っ張り出し、『フレイム』と書かれたページを広げる。

 拓磨の右腕の赤色の石が輝き、虚空から炎が飛び出す。

 炎が、女性を包み込む。

 しかし、一瞬表情を緩ませた拓磨の顔が、再び強ばった。

「まったく~。危ないことしちゃだめでしょ? 王国サンのおままごとが、私に効くわけないじゃ~ん」

「!」

 驚愕の眼差しで見つめる拓磨の視線の先で、女性はまるで埃でも払うかのように、たった今発生した炎を払い落とした。

 その時、軽い音がし、薄ピンク色の物体が落ちる。

 拓磨がよく知っている、由依の携帯電話。

「お前……」

「この人間サンも、キミを呼び出せって言ったのに、言うこと聞かなかったから。……さすがは親子ってトコか。ふふ、まあいいわ。言うことを聞かない子は……」

 女性の目がスッと細くなり、同時に、拓磨の身体から自由が奪われる。

 拓磨の手から、ハンドブックが地面にゆっくりと落下していった。

「……えっと、そうか! 要は〈鍵〉を手に入れさえすればいいのだから、本人の生死は問わないんだよね~。面倒だし、やっちゃおっか」

 女性は楽しげに呟くと、スッと右手を広げ、前に突き出した。

 その右手の中に青白い光が現れる。

「痛くないからね~」


 ――やられる!


 人間とは、こういう時、何と無力なことか。

 かつて無い恐怖が拓磨の身体を満たし、思わず目を閉じる。


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