(1)学生
赤い光が、ぼんやりと視界を満たす。
拓磨は目を開けようとしたが、うまく周りが見えないことに気づく。
「気がついた?」
エミリの声。
拓磨は、自分が、多分衛生科のテントにいるのだろう、と考える。
努力して、もう少し目を開くと、心配そうな顔でのぞき込むエミリの顔が見えた。
(エミリ?)
喋ろうとしたが、口が動かない。
同時に、顔中からズキズキと痛みが襲ってくる。
口の中が、鉄の味で満たされている。
拓磨は痛みに目を閉じるが、再び目を開け視線をさまよわせる。
その行為にエミリは、
「中将なら、あそこにいるわよ」
と、指を指す。
視界の端に、金色の髪の少女がちらりと見えた。
表情は、分からない。
(エリス)
再び喋ろうとしたが、口からは空気しか漏れない。
「いやー、しかし、こんな顔になって帰ってくるとは、一体中将に何したんだ?」
ひときわ明るい声と共に、タケトの顔が目の前に現れる。
「……だから、忠告しておいたろ? 中将は強いって。力づくは駄目だぞ」
これは、耳元で囁いた。
――ご、誤解だっ。僕は、何もしていないっ
いや、何もしていないことはないのだが、だから、……そういうことじゃないっ。
意味のない弁解を、拓磨は心の中でしていた。
「少尉に反逆行為があったので、処罰したまでだ」
抑揚の無いエリスの声。
「反逆……ですか。と言いましても、彼のは、今に始まった事じゃないはずですが、何か、よほどお気に障ることがあったとしか、考えられないのですが……」
タケトは首を傾げながら、疑問をぶつける。
「大佐、とにかく、手当をしておけ。恐らく、今晩から明日にかけて、始まるぞ」
エリスは答えず、がさがさと音を立て、テントから出て行った。
ふぅ、と、2カ所からため息が漏れる。
「痛い?」
エミリの声。
拓磨は頷こうとしたが、あいにく首もしびれて動かない。
「そりゃ、痛えだろ。見ているこっちが痛くなってくるぜ」
――そんなに大変なことになっているのか?
拓磨は、昼間の場面を思い出す。
あのとき、心底エリスを怖いと思った。
本当に、殺されるのかと思った。
今まで、色々と酷いことをされてきたような気がするが、そんなものは、エリスにとっては、じゃれているうちに入っていたのであろう。
――まあ、死ぬよりましか
もし、エリスが助けてくれなければ、千紗と共に地面にめり込み、文字通り生涯を終えていたことだろう。
――だけど、何であそこまで怒ったんだろう
今まで見たことがない、怒りに支配されたエリスの表情を思い出す。
――まあ、エリスの言うことに従わず、その上迷惑をかけたからだろうな
刺すような痛みや、鈍い痛みに耐えながら、拓磨は考えていた。
「ねえ、タケト、これって効くと思う?」
エミリがタケトに何かを聞いている。
「やってみるしかないんじゃないか? なんせ、この部隊で、怪我をするような兵士は滅多に出ないからなぁ、さっぱりだ」
小さな視界の中で、タケトとエミリが何かをのぞき込んで、話している。
「だけど、本当に中将が、あそこまで殴ったのかしら」
「冷静な状態であれば、しねぇだろうな」
「何よ、あの中将が、冷静さを失ったとでも言うの? タケトの冗談は、いつも新鮮で退屈しないわ」
エミリがくすくすと笑う。
「それは光栄だ。まあ、しかし、拓磨が相手だからな、何が起こるかは未知数だ」
「確かに、学校へ行くと言い出したときはびっくりだったわ」
「ああ、だけどよ、せっかく制服を調達してきたのに、『なんだこの動きにくい服は、もっと機能的な物はないのか』と怒られたしな」
「ふふ、それが、制服だって、説得するのに苦労してたわね」
――学校に来るときにも一波乱あったみたいだな
拓磨は、赤い光を見ながら、ぼんやり考える。
「そうだよ、まったく~、渋々着た後も、『何か気持ち悪い。早く2週間が終わらないものか』とかぶつぶつ言っていたし」
タケトが、ため息をつきながらのエリスの口まねをすると、エミリが声を押し殺して笑う。
「でも、よく一晩で学生の振る舞いを身につけたわね。私なら、絶対にぼろを出すわ」
「ああ、よくわかんねぇが、とにかく、中将のそういうところは、さすがと言うべきだな。拓磨にも聞いたが、弁当が多い以外おかしな所はなかったと言っていたし」
「弁当と言えば、いきなり量を減らしたみたいだけど、大丈夫だったの? 中将の食べる量は、使用している力からすると必要な量よ。危険じゃないの?」
「それはな……」
タケトが、エミリに顔を寄せ、声を潜めて、何かを話している。
エミリが、タケトの声に合わせて時折頷いたり、えっ? と言う表情をしたりしている。
時々ちらりとこちらを見るのが、気になるが……。
――何か、2人とも良い雰囲気だな
やがて、拓磨は、再び意識が遠のくのを感じていた。




