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「千紗ぁーーーーっ!」
拓磨は無我夢中でジャンプし、手を伸ばす。
手に僅かな感触があり、同時に、ぐんと引っ張られる。
「拓磨?」
目を開けると、拓磨の眼前で、壁の無くなった校舎の4階からぶら下がり、揺られながら拓磨を見上げる千紗がいた。
その千紗をつなぎ止めているのは、拓磨の左腕。
――間に合った!
千紗の後ろで、4階の廊下にあった壁が、バラバラになり中庭に落ちていく。
「千紗っ!」
しかし、千紗は拓磨を確認すると、微笑み、口を動かした。
「拓磨、ありがと。でも、手を離して」
「千紗? 何言ってるんだ? 出来るわけ無いだろ?」
千紗は首をゆっくり振ると、再び口を動かす。
「どうせ、助からないわ。このままじゃ、拓磨まで巻き込んじゃう」
「絶対に助ける! あきらめるんじゃないっ!」
大きく頭を振る拓磨。
とはいえ、既に、手がしびれてきていた。
突然、拓磨の脇でもぞもぞと動く感触がし、続いて、拓磨を呼ぶ声。
「少尉!」
気づくと、拓磨の横でエリスが腹這いになり、『くそっ』と呟きながら、腕を伸ばしていた。
「エリス?」
「やはりな、私では無理か」
エリスは呟き、ひとしきり腕を伸ばしていたが、ハッと気づき、いきなり立ち上がる。
拓磨は、エリスを見上げた。
エリスの通常より2回りも小さい身体のおかげで、拓磨のように手を伸ばしても、千紗に届くことが出来ないのだろう。
「……かなみちゃんも、逃げて! 拓磨を、……お願い」
千紗は、複雑な表情を浮かべながら、エリスに向かって声をかける。
「少尉、残念だが……」
エリスは言いかけ、拓磨を見、口を閉ざす。
拓磨は泣きそうな顔で、エリスに懇願するように、
「エリス。……お願いだ。千紗は、僕の……たった1人の幼なじみなんだ。じいちゃんも死んで、千紗も死んだら、僕は、……もう生きていけない!」
うわずった声を出した。
――わかっているんだ。だけど、エリスなら、〈力〉を使えるだろ?
拓磨の目が、そう訴えている。
エリスは、何かに耐えるように天井を見上げ、再び拓磨を見ると、首を横に振った。
「少尉。私には、……どうしてやることも出来ない」
「どうしてやることも出来ないって……何もせずに!」
拓磨の瞳に絶望の色が映り、直後、エリスを睨み付け、吐き捨てた。
拓磨は、おもむろに右手でポケットを探る。
何かを探し当て、それを取り出す。
紺色の表紙の手帳サイズの本。
ハンドブック。
「少尉! それは駄目だ」
エリスの声に耳を貸さず、片手で親指を入れ、開く。
千紗が、その様子をぼんやりと見上げている。
『フライ』と書かれたページが開かれる。
エリスは、いきなりそのページを引き当てた拓磨に、少なからず驚きの表情を見せる。
――ちゃんと、練習はしていたんだな
その一瞬が、エリスの状況分析能力を鈍らせた。
「フライっ!」
拓磨は叫ぶと、そのままエリスの視界から消えた。
「少っ……!」
生まれて初めての感覚が、全身を突き抜けるエリス。
エリスは、スカートのポケットから紙を数枚取り出すと、震える手で乱暴に折りたたむ。
「馬鹿者! 石がなければ、発動しない!」
一瞬で形を変えた紙を、思いっきり下に向かって投げつける。
「くそっ、何故だっ!」
エリスは叫ぶと、そのまま飛び降りた。




