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第十三科学系戦術師団  作者: みずはら
[第3章]はじまり
34/64

(4)-3


「ウォーター」

 拓磨は呟き、ハンドブックを開く。

『ウォーター』と書かれたページが現れる。

「おっ、出来た!」

 ――なるほど、身体で覚える……か。

 先ほど、エリスに動かされた指の感触が印象に残っており、これだけは文字通り、身体が覚えたのだろう。

「う……」

 エリスの声にハッとなり、拓磨はエリスを見た。

 しかし、エリスは再び寝息を立てる。

「エリスと言えば、当初より、大分変わってきたな」

 拓磨は、笑みを浮かべる。

 目につく変化と言えば、まず、弁当の量が減っていると言うこと。

 今現在で、4人分ぐらいか。

 実際、1人分は拓磨が食べるから、3人分をエリスが食べている計算になる。当初の10人分の時とは大違いである。

 さすがに呆れた拓磨は、誰もいないのを見計らい、作戦室で指摘したのだ。

『たくさん食べるのは……、その、やはりおかしな事か?』

 と言うエリスの問いに、

『少なくとも高校生の女の子はそんなに食べないし、そこまで多いと、さすがに引くね』

と拓磨は答えたのだ。

 そのときは、エリスは特に何をするとも言わず、ただ曖昧な表情をしていたが、いきなり、量が激減したのだ。

『学校に来ると、ほとんど座っているからな。確かに、あまり腹も減らない。少尉の指摘は理に適っている』と、エリスは説明していたが、そういう問題なのか、真意について拓磨は分からない。

 もっとも、あの日の後だったら、そのことを指摘出来ていたのかどうか自信がないが……。

 そして、『寝る』と言う行為。

 最初の数日は、『任務だから』とか何とかで、明らかに寝不足でふらふらしているのに、寝ようとしないエリスを拓磨が説得し、僅かな時間でも睡眠を確保させようと、躍起になっていた。

 しかし、最近は、昼食後に『寝る』のが1つの習慣となりつつあり、むしろ、今日のように、エリスの方から催促してくるようになった。

 もちろん、本心は、合理的な判断に基づいているのだろうが、と自分に注釈をつけた上で、しかし、拓磨が言ったことに、結果的には従う形になっているエリスが、そのように変化していくエリスが、最近は見ていて喜ばしい。

 まるで、棘だらけの殻に閉じこもっている女性を、少しずつ懐柔しているような、そんな達成感さえ感じている。

 ただし、と、拓磨は表情を改めた。

「まあ、今のままじゃ、僕がエリスを守ると言うことは、あり得ないな。残念ながら。それに……」

 エリスの寝顔をぼんやりと眺めていた拓磨は、目の前で、いとも容易く、まるで、蟻でも潰すかのように『敵』を消滅させた姿を思い出す。

 エリスは、この寝顔からは想像も出来ないほどの、ある種の残酷さというか冷酷さを秘めており、それを可能にする力を持っているのだ。

 あのとき、何の躊躇もなく目の前の『敵』を消してしまった、さらに、恐らく一撃で消せるほどの力を持っていながら、敢えてそうしなかったエリスの残酷さを垣間見たことによって、拓磨は、根本的な『住む世界の違い』を再認識させられたのだ。

 ただし、その後、拓磨がエリスに対る感情を隠しきれなかったとき、エリスが一瞬見せた表情――後悔にも似た感情――を確認出来たことが、辛うじて、拓磨とエリスとの距離を現状のままに保てたのだが。

 まあ、少なくとも、エリスが敵でなかったことに感謝するべきであろうか……。

 拓磨は再び本に視線を落とした。

「これをマスターすれば、何かの時に役に立てるかもしれないな。その前に、まずは、自分の身は自分で守れるように……が先決か。エリスなら、そう言うな」

 そう呟くと、すっと指を入れ、本を開く。

『ウィンド』と書かれたページが現れる。

 拓磨は、額に手を当て、天を仰いだ。


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